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推薦状が欲しい女

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新年の祭に、カレン・フォルトネラーは参加をするらしい。

だから新年には会えると期待していたが、そのチャンスは年末に訪れた。

屋敷に客が来たなと思うと、それはお嬢の両親である侯爵夫婦だった。

お嬢に連れられて玄関までいくと、パパ君とママさんは俺を見て嫌な顔をする。

ママさんが言う。

「糞尿を撒き散らしてないでしょうね? レイチェ、ちゃんと躾はしているの?」
「大丈夫です。ちゃんとお外でするか、部屋のゲージの中でするように躾をしています」

失礼な女だ。

俺を誰だと思っている?

魔王様だぞ?

トイレもお手も伏せも完璧なんだよ!

誇らしげに胸をはってみせたが、ご両親はスルーして屋敷の奥に進んで行った。

廊下に爺も現れて、息子夫婦の後ろに続いて奥へと向かう。正装をしているからちゃんとした大人に見える。酒飲みの隠居爺なのに……。

そういえば、お嬢もドレスだな。

客が来るのか?

「ロイ」

なんだ? お嬢。

「わたしの部屋でいい子にしててね」

部屋に帰れと?

まぁいい。

だが、ここで俺の耳は爺の声を聞いた。

「カレンが何をしに来るのか?」

カレン?

その名は偽勇者の名前!?

「父上に挨拶に来られるそうですよ」

パパ君の声だ。

「王太子殿下のお相手への推薦、お父様にお願いしたいということなの」

偽勇者が王太子の相手?

推薦状?

爺、その話を詳しく聞きたいぞ。

俺は気配を消し、三人が消えた屋敷の奥、中庭の真ん中に経つ離れへと向かうと、前方にゆっくりと歩きながら、離れを目指す彼らがいた。

俺は後をつける。

「わしはそんなもの書きたくないのぅ」
「父上、カレン様に恥をかかせてはだめです。たしかに教え子であったかもしれませんが、今では勇者様ですよ?」
「そうですよ、お父様。フォルトネラー家は聖騎士を何人も出している名門の武家、にらまれるのは私ども侯爵家といえども得策ではありませんのよ」
「そうです。それに今では南ゴート会社の筆頭出資者ですよ。父上が推薦状を書いてくだされば、我が侯爵家も助かるんです」
「しかし、推薦状なんてものを書くと、わしが推薦したことになるだろう?」
「なんの問題があるんですか? 父上の教え子だった女性ですよ」
「推薦したくないんだ」
「父上、父上が魔法使いとして国内で大きな影響をもっていたのは過去のことです。また、父上では魔王の部下にも勝てなかったではありませんか。その尻拭いをしてくれたカレン様が頼ってくださるというのに何を言っているのです!?」

親子喧嘩だ。

パパ君はさらにまくしたてる。

「父上が魔王の部下討伐失敗で、我が侯爵家は苦境に陥ったのを、私が苦労して今の状況までもってきたのです! 私のために書いてください!」

爺、気の毒に。

俺の部下?

誰だろう?

俺は爺が困っているように感じたから、助けてやることにした。

指示絶対オレノイウコトヲキケ

俺の魔法は発動し、パパ君とママさんが俺の指示――爺に従えとなる直前、爺によって魔法は解除された。

爺、どうしてだ?

「それは駄目だ」

爺の声は、きっと俺に向けてのものだった。

しかし、お嬢のご両親には理解できない。

「父上、どうしたのです?」
「お父様?」

爺、どうして俺の魔法を解除した?



待て。

俺の魔法を解除できるほどの力をもつ爺が、俺の仲間であった魔族討伐を失敗?

ありえない。

俺は今こそ可愛らしく毛並みも艶々で触れればサラサラのビーグル犬だが、元魔王だ。

魔王だった時今の俺、魔力の差はない。

だが爺はそれをかき消す。

俺は魔王だった時、身体能力も魔力も同胞のなかで最高だった。だから皆を守っていたのだ。その俺と同等の魔力をもつ爺が、俺の仲間を討伐できなかった?

その討伐話、本当か?

爺、俺に秘密があるな?

水くさいぞ!

一の仲間なのに!

「閣下! カレン・フォルトネラー様がお見えになられました!」

クレアの声だ。

振り返れば、お嬢が女性を案内して離れへと向かっている。

離れから、爺と侯爵夫婦が姿を見せた。さっきまで喧嘩していたとは思えない笑顔!

爺が、中庭の草むらに伏せをして隠れる俺を見つけた。

ぐふっふっふ……。

さすが俺の一の仲間だ。

「先生! お久しぶりですぅ!」

お嬢に連れられた女が、喜びの声をあげて爺に駆け寄る。

こいつがカレン・フォルトネラーか。

俺を倒した勇者ではない。

では、どうしてこの女が勇者になっている?
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