世界で一番可愛い君!

フジキフジコ

文字の大きさ
4 / 12
恋するチェリーボーイズ

4.ラブホテル

しおりを挟む
その部屋に入ってドアを閉めたときは、智哉も翔平も、50メートルを全力で走ったあとのように、はあはあと息を切らしていた。

二人は円山町を、入りやすそうなラブホテルを探して歩き回った。
勇気を振り絞ってヒラヒラのビニールの暖簾をくぐった最初のホテルでは、入り口で、ことを済ませて出てきたカップルと鉢合わせてしまい、向こうも若い男同士の二人組にあんぐりと口を開いて驚いていたが、智哉と翔平も、そのカップルがかなり高齢者だったので、度肝を抜かれて思わず逃げ出してしまった。

二軒目のホテルでは、無人のフロントで部屋を選ぶ方法がわからず、あたふたしていると、横にあった事務所の小窓が開いて「18歳未満はお断りだよ!」と怒られて、追い払われた。

三軒目のホテルで、なんとか部屋を選んで小さなエレベーターに乗り、必要もないのに廊下を走って転がるように部屋に入った。

二人は額に浮かんだ汗を手で拭って、「ふー」と深呼吸した。
ラブホに入ることがこんなに難しいことだったとは。
困難なミッションに成功したような達成感に浸っている二人は、お互いの健闘を称えあうように満足そうに顔を見合っているうちに、あれ、なにしに来たんだっけ?と、一瞬、目的を見失なった。

そうしているうちに「目的」を思い出し、急にそわそわと落ち着かなくなる。

「と、とりあえず、靴脱いで、上がろう。あれ、電気どこだろう」

翔平が壁のスイッチを適当に押して智哉が内ドアを開けると、天井のミラーボールが作動して、部屋の中を妖しい赤い光が回転しながら照らした。

その部屋は、大きな円形の、ド派手な色合いのカバーがかかったベッド以外はなにもなかった。
よく見れば、ベッドの横に小さな冷蔵庫、反対側に小さなテーブル、その上にドリップ式コーヒーやお湯を沸かすポット、メニュー表やリモコン、壁にかけられたテレビなどもあるにはあるのだが、あまりにベッドの主張が強すぎて、二人にはそれ以外のものは目に入らなかった。

ベッドの前で固まった智哉と翔平を、ゆるりと回転するミラーボールがキラキラと明滅しながら照らす。

「なんか…す、すげえな。ヤルためだけの部屋って感じが」
智哉が素直な感想を口にして、翔平も「だな」
と同意した。

「翔平、こういうとこ、来たことあるの?」
なにしろ翔平は童貞ではない。
ラブホも経験済かもしれない。
「オレ?ねーよ!はじめて、入った。だからさ、段取りわかんなくて、なんかゴメン」
「別に…謝らなくても、いいよ」

部屋の隅で、「さあ、どうぞ!はじめてください」と言ってるような大きなベッドの前で立ったまま、二人はちょっとどうしていいかわからなくて、戸惑っていた。

「さっきさ、別のとこで会ったカップル、かなり年配だったよな。中年っていうより、高齢者だったじゃん。あと道で会った女装した男と普通の会社員のカップルとか、女子高生とおっさんの援交みたいなカップルもいたな。あの人たち、みんな、こういうとこで、ヤッてたんだよな」
そう言った智哉がそれについてどう思ったのか、翔平は気になった。

なにしろ智哉は清らかなるチェリーだ。
不潔だとか、汚らわしいとか思っただろうか。

「べ、別にセックスは若者だけの特権じゃないからな。中年も、高齢者も、後期高齢者だってしてるかもしれねーし、男同士、女同士の同性カップルだって、トランスジェンダーの女の外見をした男と、男の外見をした女がやってる可能性だってあるだろうな!」
翔平は、智哉が「セックスって、なんか汚い」とか言い出さないように、セックスの多様性を力説した。

「なにしろセックスっていうのは、めちゃくちゃ気持ち良くて、素晴らしいもんだから」
多様性だけでは足りないと思い、素晴らしさも、つけ加える。

「オレ、今までなにしてたんだろ。童貞なんか守って、馬鹿みたいだ。だって、みんなしてるのに」
智哉は自嘲するように、言った。

「おまえの童貞を守ってたのは、オレと西園寺だけどな」
「は?どういう意味?」
聞かれて、翔平は言葉に詰まった。

智哉にちょっかいを出しそうなヤツがいたら、裕と二人で片っ端から陰で妨害していたとは言い難い。
女でも男でも、智哉に告白しようとする人間がいたら、そうさせないように邪魔してきた。
もっとも智哉は、晶に本気で恋していたので、誰に告白されても、その気になるとは思えなかったが。

「いや、だからそれは、オレたちが、我慢したからって意味。本当は、ずっと前から、智哉としたかったから。辛かったんだぜ?」

それも、まあ、本当のことだが、智哉が信じるかな、とちらっと横目で見ると、智哉は顔を赤らめていた。

なんでこう、純情なんだチクショウめ!
翔平は、もう我慢出来なかった。
智哉を、ギュッと抱きしめて言った。
「智哉!好きだよ。ずっと、好きだった。智哉は、世界で一番、可愛い。心配すんな。智哉の童貞は、オレがきっちり、卒業させてやる。オレに任せろ」

智哉は、翔平に抱かれたまま、こくん、と頷いた。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

巻き戻りした悪役令息は最愛の人から離れて生きていく

藍沢真啓/庚あき
BL
11月にアンダルシュノベルズ様から出版されます! 婚約者ユリウスから断罪をされたアリステルは、ボロボロになった状態で廃教会で命を終えた……はずだった。 目覚めた時はユリウスと婚約したばかりの頃で、それならばとアリステルは自らユリウスと距離を置くことに決める。だが、なぜかユリウスはアリステルに構うようになり…… 巻き戻りから人生をやり直す悪役令息の物語。 【感想のお返事について】 感想をくださりありがとうございます。 執筆を最優先させていただきますので、お返事についてはご容赦願います。 大切に読ませていただいてます。執筆の活力になっていますので、今後も感想いただければ幸いです。 他サイトでも公開中

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

執着

紅林
BL
聖緋帝国の華族、瀬川凛は引っ込み思案で特に目立つこともない平凡な伯爵家の三男坊。だが、彼の婚約者は違った。帝室の血を引く高貴な公爵家の生まれであり帝国陸軍の将校として目覚しい活躍をしている男だった。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

処理中です...