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2.高杉光太郎の優雅な一日
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高杉は決して怠惰ではない。
勤めにでるわけでもないのに毎朝きちんと6時半に起きてジョギングに出かけるのを日課にしている。
帰ってきてシャワーを浴びて朝飯の仕度をする。
朝飯といっても、どこかの農家から産直した無農薬栽培の野菜と果物を使ったスムージーだ。
パンや米は滅多に口にしない。
無職に等しいのに、無駄に意識が高い。
スムージーを飲んだあと、掃除、洗濯、ゴミ捨てをテキパキとこなして、やっと本業の執筆作業に入る。
オレは高杉の仕事用に、それまで衣装部屋に使っていた西向きの窓のある洋間を一つわけた。
おかげでしばらくクローゼットに入りきれない服で寝室が溢れていたが、それも高杉が片付けた。
オレの服は前に2丁目のクラブで働いていたときの客からの貢物がほとんどだ。
今は限りなく裸に近いユニホームを店が用意してくれるので、通勤着以外は必要なくなった。
もともとオレは着るものには頓着しない方で、どんな高級な服をもらっても、たいしてありがたくもなかった。
だけどアクセサリーは好きだ。
手首をジャラジャラさせるのも、首の回りにブラブラさせるのも。
とくにゴールドがいい。
あの黄金の輝きは金そのものだ。
誰が見ても価値がある。
要するにオレは金が好きだ。
金だけがこの世の中で信用できるものだと思っている。
夜の仕事をしているオレの起床時間はだいたい午後1時頃で、起きてシャワーを浴びたあと、高杉が作った昼飯を一緒に食べる。
オレも高杉も晩飯は食べないので、昼飯だけは高カロリーなメニューが並ぶ。
高杉は料理が上手いだけでなく、家庭料理とは思えないような凝ったものを作る。
スパイシーなエスニック料理とか牛肉のカツレツとかを、オレは生まれてはじめて食べた。
キッチンには見たこともなかったスパイスが並び、冷蔵庫も常に食材で一杯だ。
しかし、意識の高い高杉が厳選したそれらは、驚くほど高かった。
うちの食費は高杉が来てから2倍どころか4倍にもなった。
今日の昼飯は、桜海老のかき揚げと蕎麦だ。
酔狂なことに高杉は自分で蕎麦を打つ。
手打ち蕎麦はもちろん、桜海老のかき揚げも、サクサクしてめちゃくちゃうまかった。
「うまかったなあ。おまえさ、なんか、店とかできるんじゃないか?」
腹一杯になって、リビングのソファーでごろごろしてると、片付けを終えた高杉が側に来た。
「椎名、のんびりしてるけど、支度しなくていいの?」
「オレ、今日休みだよ。だから、もう一回、寝るな」
「え、休み?そうなの?」
ふああああ、と欠伸をしながらオレは寝室に戻った。
肌触りのいい毛布に潜り込むと、すぐに眠気がやってきた。
午後2時半の昼寝はたまらない。
気持ちよく落ちかけたオレの眠りを邪魔するように、ベッドの脇でごそごそと音がする。
煩い。
高杉が、寝室でなにか探し物でもしているのだろう。
文句を言ってやろうとして肩越しに振り返ると、なんと、高杉が素っ裸で立っていた。
広い肩幅、綺麗な筋肉、引き締まった腰、素人にしておくのは勿体無いようなしなやかな肉体美。
違う、そうじゃなくて。
「な、なんだよ!」
「休みならさ、しようよ」
「おことわりだね!」
休みのときまでセックスなんかしたくない。
週に1日くらいは、清らかな身体でいたい。
「そんなこと言うなよ。寂しいじゃん」
言って高杉はベッドの中に潜りこんできた。
「うわあ、ヤメロって。なんで、おまえ、こんなことすんだよ!ホモでもないくせに」
高杉は別に男と寝るのが好きなわけじゃない。
はじめてこの部屋にきてはじめてオレをヤッたときひどい下手クソで、男と経験がないことなんかすぐにわかった。
「だってオレは椎名のヒモだしね」
高杉がオレとの肉体関係をそういうふうに捉えることがそもそもオレは気に入らない。
それが世話になってることの代償になる、なんて考えるのはお門違いってモンだ。
それじゃあまるでオレが高杉に、居候させてやるからセックスしろと強要してるみたいじゃないか。
セックスの対価で金を払えと言いたいのはむしろオレの方なのに。
「別にいいんだよっ、そんなサービスしてくれなくても!」
もともと淡白だったうえに、職業にしてしまってからオレは他人とのセックスに興味がなくなった。
いくら甘いものが好きな人間でも毎日ケーキが食えるわけはない。
それと同じで肉欲にも限りがある。
だいたい「出す」だけならネットでエロ動画見るだけでコトは足りるのだ。
なにもわざわざ服を脱いで、他人と濃密に触れ合う必要なんかない。
「でもさあ、ヒモはヒモらしく、ね」
包丁捌きと同じように器用な指で、オレのパジャマ代わりのTシャツを脱がしながら高杉が言う。
カーテンを閉めた窓でも、外の明るさがはっきりわかる。
お天道様は中空にあり、世の中はまだ真昼間だ。
男同志がイチャイチャと睦み合うような時間帯じゃない。
何時なら許されるってもんでもないけど。
オレの内心の憂鬱も知らず、高杉はどんどんコトをすすめていく。
手をオレのスウェットの中に入れて、探り出したものを握りながら剥き出しになった背中にキスしてくる。
段々、感じていく。
高杉の手の中で、オレのアレが堅くなっていく。
「…感じてきた?」
ばか、そういうふうに触られたらなあ、大抵の男は勃つんだよ。
オトコの身体は悲しいほどシンプルに出来てるんだ。
慣れすぎた感覚に、身体とは反対に萎えていくオレの心を、高杉はちっともわかってない。
「…キス」
オレは高杉の腕の中で回転して、高杉と向かい合った。
「キスしろよ」
「…シイナ」
一瞬、戸惑ったような目をして、それからオレをあやすように微笑して、高杉はゆっくり唇を重ねてきた。
キスしながら高杉の手がオレのスウェットをパンツもろとも下げる。
オレも自分で足をごそごそ動かしながらすっかり裸になった。
お互いの素足を絡め、下半身を押しつけ合いながら濡れたキスをする。
高まっていく身体とは裏腹に、オレの頭の中は結構冷静だったりする。
オレには、客とするセックスと、高杉とするセックスの違いがわからない。
高杉が下手クソなのが悪い。
はじめてのときはサイアクだった。
高杉はゴムも潤滑油もなしでいきなり挿れてきて、おかげでオレは久し振りに出血して、しばらくの間仕事で不自由な思いをした。
あのときに比べれば最近はマシにはなったけど、前戯はともかく、挿れたあとは相変わらずがむしゃらに突いてくるので傷つかないように身体を庇うことばかりに気を取られて、そのせいでなんだかほんと、不慣れな客としてるような気になる。
かといって、手取り足取り教えてやるのも、違うような気がする。
だって高杉はオレの客なわけじゃないから。
高杉とするセックスと客とするセックスが違わなくったってそんなのはオレのせいじゃないのに、なんでだかひどく自分が情けなく感じる。
だから、高杉とは寝たくない。
「…シイナ…好きだよ。シイナ」
深く、貪るようなキスをして、耳元に囁く。
オレの分身が堅さを増す。
好き。
いつからか高杉はセックスの最中にそう言うように、なった。
見え透いた嘘だってことはわかってる。
高杉がここで暮らすようになってしばらくして、なんであんなソープにいたのか聞いた。
高杉の話はいっこうに要領がえなかったけど、要するに借金取りに追われて部屋に帰れなくなり、情の厚そうなソープ嬢をたらし込んで転がり込む算段だったようだ。
ドロップアウトする男の末路っていうのはなんでこうワンパターンなんだろう。
一応作家の端くれならもっと独創的なアイデアを考えろと、呆れ果てたオレはそんな的の外れた説教をかましてまった。
だけど何の因果かソープ嬢のかわりに高杉のカモになったのはオレだったというわけだ(もっともオレもソープ嬢には違いない)。
高杉がオレを抱いたり「好き」だなんて言うのは、生活していくための方便で、もし、あのときオレが高杉に会わなかったら高杉は今頃どっかのソープ嬢を抱きながら同じ言葉を言ってるはずだった。
そうわかっていても好きだなんて言われると、なんか泣きたくなるような、心をくすぐられたような気持ちになる。
そのときだけ、高杉に抱かれてるんだって、思う。
店の客は金で買った男に「好きだ」なんて言わないから。
オレはぎゅっと高杉の身体を抱きしめた。
「…もっと言って」
こんなオレのことを好きだなんて言うのはおまえくらいだ。
風俗で男相手に身体を売ってるオレだって、そういう言葉を嬉しいと感じる心は持っている。
嘘だってわかっていても、嬉しいもんは嬉しい。
「好きだよ…椎名」
どうやらオレは高杉から「好き」という言葉と偽りの愛情を金で買っているらしい。
勤めにでるわけでもないのに毎朝きちんと6時半に起きてジョギングに出かけるのを日課にしている。
帰ってきてシャワーを浴びて朝飯の仕度をする。
朝飯といっても、どこかの農家から産直した無農薬栽培の野菜と果物を使ったスムージーだ。
パンや米は滅多に口にしない。
無職に等しいのに、無駄に意識が高い。
スムージーを飲んだあと、掃除、洗濯、ゴミ捨てをテキパキとこなして、やっと本業の執筆作業に入る。
オレは高杉の仕事用に、それまで衣装部屋に使っていた西向きの窓のある洋間を一つわけた。
おかげでしばらくクローゼットに入りきれない服で寝室が溢れていたが、それも高杉が片付けた。
オレの服は前に2丁目のクラブで働いていたときの客からの貢物がほとんどだ。
今は限りなく裸に近いユニホームを店が用意してくれるので、通勤着以外は必要なくなった。
もともとオレは着るものには頓着しない方で、どんな高級な服をもらっても、たいしてありがたくもなかった。
だけどアクセサリーは好きだ。
手首をジャラジャラさせるのも、首の回りにブラブラさせるのも。
とくにゴールドがいい。
あの黄金の輝きは金そのものだ。
誰が見ても価値がある。
要するにオレは金が好きだ。
金だけがこの世の中で信用できるものだと思っている。
夜の仕事をしているオレの起床時間はだいたい午後1時頃で、起きてシャワーを浴びたあと、高杉が作った昼飯を一緒に食べる。
オレも高杉も晩飯は食べないので、昼飯だけは高カロリーなメニューが並ぶ。
高杉は料理が上手いだけでなく、家庭料理とは思えないような凝ったものを作る。
スパイシーなエスニック料理とか牛肉のカツレツとかを、オレは生まれてはじめて食べた。
キッチンには見たこともなかったスパイスが並び、冷蔵庫も常に食材で一杯だ。
しかし、意識の高い高杉が厳選したそれらは、驚くほど高かった。
うちの食費は高杉が来てから2倍どころか4倍にもなった。
今日の昼飯は、桜海老のかき揚げと蕎麦だ。
酔狂なことに高杉は自分で蕎麦を打つ。
手打ち蕎麦はもちろん、桜海老のかき揚げも、サクサクしてめちゃくちゃうまかった。
「うまかったなあ。おまえさ、なんか、店とかできるんじゃないか?」
腹一杯になって、リビングのソファーでごろごろしてると、片付けを終えた高杉が側に来た。
「椎名、のんびりしてるけど、支度しなくていいの?」
「オレ、今日休みだよ。だから、もう一回、寝るな」
「え、休み?そうなの?」
ふああああ、と欠伸をしながらオレは寝室に戻った。
肌触りのいい毛布に潜り込むと、すぐに眠気がやってきた。
午後2時半の昼寝はたまらない。
気持ちよく落ちかけたオレの眠りを邪魔するように、ベッドの脇でごそごそと音がする。
煩い。
高杉が、寝室でなにか探し物でもしているのだろう。
文句を言ってやろうとして肩越しに振り返ると、なんと、高杉が素っ裸で立っていた。
広い肩幅、綺麗な筋肉、引き締まった腰、素人にしておくのは勿体無いようなしなやかな肉体美。
違う、そうじゃなくて。
「な、なんだよ!」
「休みならさ、しようよ」
「おことわりだね!」
休みのときまでセックスなんかしたくない。
週に1日くらいは、清らかな身体でいたい。
「そんなこと言うなよ。寂しいじゃん」
言って高杉はベッドの中に潜りこんできた。
「うわあ、ヤメロって。なんで、おまえ、こんなことすんだよ!ホモでもないくせに」
高杉は別に男と寝るのが好きなわけじゃない。
はじめてこの部屋にきてはじめてオレをヤッたときひどい下手クソで、男と経験がないことなんかすぐにわかった。
「だってオレは椎名のヒモだしね」
高杉がオレとの肉体関係をそういうふうに捉えることがそもそもオレは気に入らない。
それが世話になってることの代償になる、なんて考えるのはお門違いってモンだ。
それじゃあまるでオレが高杉に、居候させてやるからセックスしろと強要してるみたいじゃないか。
セックスの対価で金を払えと言いたいのはむしろオレの方なのに。
「別にいいんだよっ、そんなサービスしてくれなくても!」
もともと淡白だったうえに、職業にしてしまってからオレは他人とのセックスに興味がなくなった。
いくら甘いものが好きな人間でも毎日ケーキが食えるわけはない。
それと同じで肉欲にも限りがある。
だいたい「出す」だけならネットでエロ動画見るだけでコトは足りるのだ。
なにもわざわざ服を脱いで、他人と濃密に触れ合う必要なんかない。
「でもさあ、ヒモはヒモらしく、ね」
包丁捌きと同じように器用な指で、オレのパジャマ代わりのTシャツを脱がしながら高杉が言う。
カーテンを閉めた窓でも、外の明るさがはっきりわかる。
お天道様は中空にあり、世の中はまだ真昼間だ。
男同志がイチャイチャと睦み合うような時間帯じゃない。
何時なら許されるってもんでもないけど。
オレの内心の憂鬱も知らず、高杉はどんどんコトをすすめていく。
手をオレのスウェットの中に入れて、探り出したものを握りながら剥き出しになった背中にキスしてくる。
段々、感じていく。
高杉の手の中で、オレのアレが堅くなっていく。
「…感じてきた?」
ばか、そういうふうに触られたらなあ、大抵の男は勃つんだよ。
オトコの身体は悲しいほどシンプルに出来てるんだ。
慣れすぎた感覚に、身体とは反対に萎えていくオレの心を、高杉はちっともわかってない。
「…キス」
オレは高杉の腕の中で回転して、高杉と向かい合った。
「キスしろよ」
「…シイナ」
一瞬、戸惑ったような目をして、それからオレをあやすように微笑して、高杉はゆっくり唇を重ねてきた。
キスしながら高杉の手がオレのスウェットをパンツもろとも下げる。
オレも自分で足をごそごそ動かしながらすっかり裸になった。
お互いの素足を絡め、下半身を押しつけ合いながら濡れたキスをする。
高まっていく身体とは裏腹に、オレの頭の中は結構冷静だったりする。
オレには、客とするセックスと、高杉とするセックスの違いがわからない。
高杉が下手クソなのが悪い。
はじめてのときはサイアクだった。
高杉はゴムも潤滑油もなしでいきなり挿れてきて、おかげでオレは久し振りに出血して、しばらくの間仕事で不自由な思いをした。
あのときに比べれば最近はマシにはなったけど、前戯はともかく、挿れたあとは相変わらずがむしゃらに突いてくるので傷つかないように身体を庇うことばかりに気を取られて、そのせいでなんだかほんと、不慣れな客としてるような気になる。
かといって、手取り足取り教えてやるのも、違うような気がする。
だって高杉はオレの客なわけじゃないから。
高杉とするセックスと客とするセックスが違わなくったってそんなのはオレのせいじゃないのに、なんでだかひどく自分が情けなく感じる。
だから、高杉とは寝たくない。
「…シイナ…好きだよ。シイナ」
深く、貪るようなキスをして、耳元に囁く。
オレの分身が堅さを増す。
好き。
いつからか高杉はセックスの最中にそう言うように、なった。
見え透いた嘘だってことはわかってる。
高杉がここで暮らすようになってしばらくして、なんであんなソープにいたのか聞いた。
高杉の話はいっこうに要領がえなかったけど、要するに借金取りに追われて部屋に帰れなくなり、情の厚そうなソープ嬢をたらし込んで転がり込む算段だったようだ。
ドロップアウトする男の末路っていうのはなんでこうワンパターンなんだろう。
一応作家の端くれならもっと独創的なアイデアを考えろと、呆れ果てたオレはそんな的の外れた説教をかましてまった。
だけど何の因果かソープ嬢のかわりに高杉のカモになったのはオレだったというわけだ(もっともオレもソープ嬢には違いない)。
高杉がオレを抱いたり「好き」だなんて言うのは、生活していくための方便で、もし、あのときオレが高杉に会わなかったら高杉は今頃どっかのソープ嬢を抱きながら同じ言葉を言ってるはずだった。
そうわかっていても好きだなんて言われると、なんか泣きたくなるような、心をくすぐられたような気持ちになる。
そのときだけ、高杉に抱かれてるんだって、思う。
店の客は金で買った男に「好きだ」なんて言わないから。
オレはぎゅっと高杉の身体を抱きしめた。
「…もっと言って」
こんなオレのことを好きだなんて言うのはおまえくらいだ。
風俗で男相手に身体を売ってるオレだって、そういう言葉を嬉しいと感じる心は持っている。
嘘だってわかっていても、嬉しいもんは嬉しい。
「好きだよ…椎名」
どうやらオレは高杉から「好き」という言葉と偽りの愛情を金で買っているらしい。
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