君は永い夢を見ている

フジキフジコ

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第二部

22.首位

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「MUSEに足りないものってなんだろう…」
音のない部屋、同じベッドで一つの毛布に包まりながら聖が言う。
静寂を壊さない程度の音量と、ほんの少し掠れた聖の声は、耳に心地よく響く。

「……ん?どういうこと」
情熱の赴くままに貪りあったあと、向かいあって横になっている聖の頬の輪郭に見惚れていた司は、我慢できずに指を伸ばした。

「たとえばさ、祥也はクールでカッコいいよな。絵になる、っていうか、静のイメージがある。達也は正反対で、動のイメージだろ。明るくて活発で、親しみやすい。海斗は今はまだ目立たないけど、人をほっとさせるっていうか、癒す、っていうの?なんかそんな魅力があると思うんだ」
考えに集中している聖は、司に顔を触られていることも気にならないようで、真剣な眼差しを司に向ける。

「じゃあ、オレは?」
「司は…、人を、人の気持ちを動かす。見ているとドキドキするし、ハラハラする」
「それって、聖だけがそう思うんじゃないの」
「違う、きっとみんながそう思う」
ムキになって言う聖に、司は笑みをこぼして頬に触れていた指で髪を撫でた。

「じゃあ、聖は?聖の魅力はなに」
「オレは…オレには、何もないよ。歌も演技も、半端だ」
真剣な顔をしていたと思えばそんなことを思い悩んでいたのかと思う。
「オレが言ってあげる。聖はね、MUSEの象徴だよ」
「象徴?」
「そう、シンボル。だから大丈夫、聖が微笑すればオレたちは勝利する。聖がオレたちの美の神ミューズだ」
聖は呆れたように目を見開いて司を見た。

「それより教えてよ。なんでオレ、今まで聖に触れずにいられたんだろう。こんなに好きなのに。こんなに好きな気持ちを、どうやって我慢していたのか、自分で自分がわからない。ねえ、なんでだと思う?」
側にある裸の身体を引き寄せて腕の中に囲って言う。
「そんなこと…わからない」
困惑気味に真面目に答える聖に、司は笑みをこぼした。
「いいんだ、答えなんかないんだから。恋はさ、答えのない疑問の連続だよ。さっき抱いたのに、もう抱きたい。ねえ、きりがないよ。いっそ、ひとつになれたらいいのにな」

甘い囁きに慣れない聖は、司からそんなふうに言われるたびに何も答えられない自分がもどかしい。
本当は、司が自分を想うよりもずっと、自分の方が司を想っているのに。

気持ちを伝えるのがこんなに難しいことだとは思わなかった。
愛している。
言葉に出来ないくらい、司を愛している。
想いが叶えばそれで充分だと思っていた。
愛する人の腕に抱かれ、愛されているとわかっているのに胸が苦しいのはどうしてだろう。

想いが強くなればなるだけ欲が深くなる。
愛されたい、誰よりも愛されたい、貪りたい、なにもかもを貪りたい。
離れたくない、ずっと側にいたい、司を失いたくない。
自分の中に未だ育ち続ける想いが、聖は怖かった。

司の腕の中で自分から身体を寄せて、首に腕を回す。
「…何度でも抱けよ。オレも、何度でも司に応えるから」
「聖……」
吐息のように名前を紡いだ唇で唇を塞ぐ。
脚を絡ませ、腕で互いの身体を抱いて深く。
人は肉体の境界線が寂しくて抱きしめあうのかもしれない。



◇◇◇



聖は明石と面談し、MUSEを続けたいと自らの意思を伝えた。
「いいだろう。だが、次の曲の結果次第では解散もありうる。それは変わらない」
明石の答えは簡潔だった。

この世界では重要なのは結果だけでプロセスではない。
けれど心中未遂事件を起したタレントをそのまま置いてくれるだけで聖は素直に感謝した。
「必ず、結果を出します」
そう約束した。

はじめてのバラード調の曲に、振りをつけるのは逆に難しかった。
派手な動きの出来ない分、フォーメイションを複雑にする必要と、今まではあまり要求されることのなかった指先の優雅さだの表現力だのを求められたからだ。

「あー、達也、ダメだダメ!さっきから何回も言ってるだろ!」
とくに達也は振り付けの先生から同じ箇所を何度も注意されていて、意気消沈気味だ。
休憩時間に聖が声をかけると情けない顔を向けてくる。
「オレ、出来ないよ、自信ない」
「勘がつかめないだけだよ、大丈夫」
「オレ…みんなに迷惑かけてるよね」

メンバーの中で一番年下のせいか、達也は他のメンバーの顔色や機嫌を伺う。
練習に集中出来ないのはそういった余計な気を遣うせいもあるのかもしれない。

「じゃあ、残って一緒に練習していくか?オレが付き合うから」
「本当に?」
沈んでいた表情がぱっと明るくなった。
大人の中で仕事をしていても所詮まだ高校生の達也は、他人に構ってもらったり気遣ってもらえることが嬉しい。

年齢がひとつしか違わない海斗には張り合う気持ちの方が強いし、祥也はなんだか何を考えてるのかよくわからない。
本当は理史が一番話しやすくて懐いていたのだが、その理史がいなくなって心細く感じていたときだったので、聖の気遣いを素直に受け取った。
「よろしくお願いします!」
ケロッとして頭を下げる達也に「現金なヤツだな」と笑って額を指で弾く。顔を見合わせて笑った。

MUSEは本格的に活動を再開した。
同時に、聖は司の部屋を出て自分の部屋に戻った。
新曲のプロモーションのため、発売前からすべての歌番組にゲスト出演し、ラジオ局を回った。
しばらく活動を休止していたことと、理史が抜けて5人になってはじめての曲ということもあり、大きな話題になった。

そして新曲の発売週、『rebirth』は2位に大きく差をつけてセールスランキングの首位を獲った。


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