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第三部
3.助け
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【達也】
美神君が必死で取ってきたゴールデン枠のレギュラーは、事務所の方であっさりと売り出し中の後輩に回された。
社長と話をしてくると出かけて行って、帰って来たときはボロボロだった。
何度裏切られたら美神君は理解するんだろう。
事務所がもうとっくに僕たちに見切りをつけているってことを。
いや、そうじゃない。
もうすぐ僕たちの時代が終わる、ということを。
そのすべてが事務所のせいじゃない。
たまたま時流に乗って国民的なんて言い方までされるようになったタレントは、永い時間の中のほんの一瞬だけ輝くから他より光ることが出来るんだと僕は思う。
人々の飽きっぽさを軽薄だと嘆いても仕方ない。
誰も僕たちの将来にほんの一握りの責任なんてないんだし。
きっともうすぐ僕たちは人々の記憶の中だけに存在するようになる。
ああそんなグループがいたね、と昔話に語られる。
でも、そんなこと悲しむべきでもないんだ。
だって誰もがそうだったんだから。
僕たちだけが特別である必然も偶然もあるわけないんだよ、美神君。
そのことを、君は、どれだけ傷つけば理解するんだろう。
僕は、どれだけ君が傷つくのを、見なければいけないんだろう。
◇◇◇
ドラマの撮影が終わって控え室に向かい歩いていると、通りすがりに不意に肩を叩かれた。
目を伏せて早足で歩くのが癖になっているせいで、すれ違ったくらいでは誰かわからない。
顔を向けると、以前一緒に番組を作ったことのある制作プロデュサーだった。
「高野君、相変わらず忙しそうだねえ」
言葉の中に揶揄が混じっていると感じるのは、最近強くなった猜疑心のせいかと自分自身を疑ってみる。
「ええ、おかげさまで」
笑って答えると皮肉の通じなかったプロデューサーは顎を逸らして鼻白んだ。
「そりゃあね、あそこまでして仕事とってきてくれるリーダーがいればMUSEはまだしばらく安泰だよね」
「どういう意味ですか」
司は語気を強めて、怒りを含んだきつい眼差しで男を睨みつけた。
「ど、どういう意味って美神君に聞きなさいよ」
そう言い捨てると、走るように司の前から姿を消す。
その後姿に舌打ちして、司は沸々と煮えたぎる怒りの持ってゆき場所がないことに苛立った。
聖にまつわるよくない噂を、わざわざ教えてくれるお節介な人間に、ここ最近立て続けに遭遇する。
多分、聖の行動が目立ち過ぎるからだ。
人気があるうちはたとえそういうことがあったとしても、表立って人の口に上ることはないが、一旦落ち目だと囁かれれば、悪行はあっというまに広まる。
もちろんそのすべてが真実ではない。
けれど。
聖なら、MUSEを続けるために身体を売るようなこともするだろうと、司は悲しい気持ちで思う。
それくらい、聖のMUSEに対する想い入れは強いと知っている。
愛されたかった人から愛されず、自分を必要とする人間はいないと思い込んだ聖にとって、はじめて自分に向けられた視線や歓声は一番わかりやすい愛情の表現だった。
それを失うことは孤独な子供時代に還るということだ。
けれどもう、アイドルグループとしての自分たちの時代は終わった。
この世界で生きていくなら、別の可能性を探して違う方向性を決めなければならない。
それなのに聖はMUSEに見切りをつけることが出来ない。
司は今回の契約の終了と共に事務所を辞めるつもりだった。
他の事務所からの誘いもあったし、独立してもいいと思っている。
辞めたあとの事務所からの圧力は予想できるが、MUSEを終わらせる、それは自分に出来る聖への、最後の役目だと思っていた。
このまま続けていたら事務所にいいように利用され、どこまでも堕ちて、気がついたときはボロボロになって放り出されるようなことになりかねない。
聖はもっと別の世界で、確かな愛情を見つけて生きていったほうがいい。
聖の寂しさは虚飾や欲望が生み出した幻のような愛情では癒しきれない。
けれどMUSEを失ったとき、聖はどうなるだろう。
そのとき聖を支えるのが自分ではないということが、司をまだ辛くさせる。
複雑な感情を抱えたまま家に戻ると、オートロックの玄関をどうやって突破したのか、部屋の前に蹲る人影があった。
大きな身体を人目につかないように、せいいっぱい小さくして膝を抱えるように座っている。
「達也」
呼びかけると、顔をあげ泣きそうな表情を向けてきた。
いくつになっても感情をストレートに顔に出す達也を子供だからだとは思わない。
人に傷つけられることを恐れていない、それは達也の強さだと思う。
「高野君、お願い、助けて。美神君を、助けて」
達也は司の顔を見て、縋るように立ち上がった。
美神君が必死で取ってきたゴールデン枠のレギュラーは、事務所の方であっさりと売り出し中の後輩に回された。
社長と話をしてくると出かけて行って、帰って来たときはボロボロだった。
何度裏切られたら美神君は理解するんだろう。
事務所がもうとっくに僕たちに見切りをつけているってことを。
いや、そうじゃない。
もうすぐ僕たちの時代が終わる、ということを。
そのすべてが事務所のせいじゃない。
たまたま時流に乗って国民的なんて言い方までされるようになったタレントは、永い時間の中のほんの一瞬だけ輝くから他より光ることが出来るんだと僕は思う。
人々の飽きっぽさを軽薄だと嘆いても仕方ない。
誰も僕たちの将来にほんの一握りの責任なんてないんだし。
きっともうすぐ僕たちは人々の記憶の中だけに存在するようになる。
ああそんなグループがいたね、と昔話に語られる。
でも、そんなこと悲しむべきでもないんだ。
だって誰もがそうだったんだから。
僕たちだけが特別である必然も偶然もあるわけないんだよ、美神君。
そのことを、君は、どれだけ傷つけば理解するんだろう。
僕は、どれだけ君が傷つくのを、見なければいけないんだろう。
◇◇◇
ドラマの撮影が終わって控え室に向かい歩いていると、通りすがりに不意に肩を叩かれた。
目を伏せて早足で歩くのが癖になっているせいで、すれ違ったくらいでは誰かわからない。
顔を向けると、以前一緒に番組を作ったことのある制作プロデュサーだった。
「高野君、相変わらず忙しそうだねえ」
言葉の中に揶揄が混じっていると感じるのは、最近強くなった猜疑心のせいかと自分自身を疑ってみる。
「ええ、おかげさまで」
笑って答えると皮肉の通じなかったプロデューサーは顎を逸らして鼻白んだ。
「そりゃあね、あそこまでして仕事とってきてくれるリーダーがいればMUSEはまだしばらく安泰だよね」
「どういう意味ですか」
司は語気を強めて、怒りを含んだきつい眼差しで男を睨みつけた。
「ど、どういう意味って美神君に聞きなさいよ」
そう言い捨てると、走るように司の前から姿を消す。
その後姿に舌打ちして、司は沸々と煮えたぎる怒りの持ってゆき場所がないことに苛立った。
聖にまつわるよくない噂を、わざわざ教えてくれるお節介な人間に、ここ最近立て続けに遭遇する。
多分、聖の行動が目立ち過ぎるからだ。
人気があるうちはたとえそういうことがあったとしても、表立って人の口に上ることはないが、一旦落ち目だと囁かれれば、悪行はあっというまに広まる。
もちろんそのすべてが真実ではない。
けれど。
聖なら、MUSEを続けるために身体を売るようなこともするだろうと、司は悲しい気持ちで思う。
それくらい、聖のMUSEに対する想い入れは強いと知っている。
愛されたかった人から愛されず、自分を必要とする人間はいないと思い込んだ聖にとって、はじめて自分に向けられた視線や歓声は一番わかりやすい愛情の表現だった。
それを失うことは孤独な子供時代に還るということだ。
けれどもう、アイドルグループとしての自分たちの時代は終わった。
この世界で生きていくなら、別の可能性を探して違う方向性を決めなければならない。
それなのに聖はMUSEに見切りをつけることが出来ない。
司は今回の契約の終了と共に事務所を辞めるつもりだった。
他の事務所からの誘いもあったし、独立してもいいと思っている。
辞めたあとの事務所からの圧力は予想できるが、MUSEを終わらせる、それは自分に出来る聖への、最後の役目だと思っていた。
このまま続けていたら事務所にいいように利用され、どこまでも堕ちて、気がついたときはボロボロになって放り出されるようなことになりかねない。
聖はもっと別の世界で、確かな愛情を見つけて生きていったほうがいい。
聖の寂しさは虚飾や欲望が生み出した幻のような愛情では癒しきれない。
けれどMUSEを失ったとき、聖はどうなるだろう。
そのとき聖を支えるのが自分ではないということが、司をまだ辛くさせる。
複雑な感情を抱えたまま家に戻ると、オートロックの玄関をどうやって突破したのか、部屋の前に蹲る人影があった。
大きな身体を人目につかないように、せいいっぱい小さくして膝を抱えるように座っている。
「達也」
呼びかけると、顔をあげ泣きそうな表情を向けてきた。
いくつになっても感情をストレートに顔に出す達也を子供だからだとは思わない。
人に傷つけられることを恐れていない、それは達也の強さだと思う。
「高野君、お願い、助けて。美神君を、助けて」
達也は司の顔を見て、縋るように立ち上がった。
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