19 / 49
【第二部】戦士覚醒
6.幻
しおりを挟む
その頃、涼は屋上に向かっていた。
あの少女が若者たちを先導しているとしたら、アンテナの役になっているのかもしれない。
そこを叩けば一気にかたがつく可能性がある。
最上階の屋上に続く階段の前の廊下には炎が轟々と燃え盛り、行く手を阻んでいた。
「くそっ」
燃え盛る炎は幻影だ。
熱いと、精神に訴えているだけで実態ではない。
涼は炎の中に飛び込んだ。
これはヒプノシス―催眠術と同じだ。
暗示に抵抗するようにして一歩一歩進む。
しかし、幻影はいつまでたっても消えず、涼の身体を熱く焦がす。
「つっ……」
普通ならこんなまやかしにはかからない。
けれどこの幻影は涼が外部暗示を解除するために自己にかける暗示と同じ波長を持っていた。
それを作れるのは一人しかいない。
「……蓮」
涼は方膝を折った。
身体中が青白い炎に包まれた。
「……くっ」
熱いと思ったら術にはまる。
実際に身体に熱がこもり、呼吸器官を焼いてしまうだろう。
意識を手放す以外に、逃れる方法はない。
床に崩れる瞬間に、近付いてくる靴音を聞いた。
倒れかけた背に腕が回され、抱きかかえられる。
誰だ。
声ではなく、思念で問いかけたが、返事を聞く前に涼は意識を失った。
「タケル…?」
瞼を閉じる前に自分がそう口にしたこともわかっていない。
涼の身体が沈むのを、下のフロアから駆けつけた九郎は白い煙の中に見た。
「涼!」
けれど、煙が左右に散って視界が開けたときには、涼の姿は消えていた。
***
夢を見た。
まだ子供だった頃の夢。
蓮がいた。
両親が離婚するまで、涼はいつも蓮と一緒だった。
楽しい思い出は少ない。
物心がついてからずっと自分たちは異端だった。
力を使っちゃいけない。人と違うことをしては駄目。
何度両親にそう言われても、涼と蓮にとって力は、普通の人間が危険に直面したときに考える前に逃げるのと同じで、制御することの方が難しかった。
あまりに周囲の子供とは違う双子を不安に思った両親は、二人を心療内科に入院させたことがある。
その病院は人里離れたひどい山奥にあり、滅多に面会人もない寂しい病院だったが、緑豊かな森に囲まれ、自然の中を自由に駆け回るのは幼い子供には楽しかった。
都会にいて、常に大人たちに気味悪がられたり、知りたくもない人の醜い心を覗いてしまう日常に比べれば、そこはまるで天国のような場所だった。
『化物』と言って石を投げつける子供もいない。
病院に入院している大人たちには滅多に会うことはなかったが、たまに院内で会っても、精神を病んでいるせいか幼い子供のように無邪気で、悪意のある人間は少なかった。
二人はそういう環境の中で、自分たちの持つ特種な能力を抑制することを子供なりに考え、訓練していた。
「人の心は勝手に覗いたりしちゃいけないんだよね」
膝を抱えて泣きながらそう言った蓮に、涼は頷いて「そうだよ」と答えた。
病院のロビーで蓮がぶつかった見舞客の女の人は、入院している自分の父親の死を待ち望んでいた。
哀れな男のために蓮は力を使い、女の人のスカートのファスナーを壊した。
一瞬だけ胸がすっとしたけれど、すぐに後悔した。
罪悪感にどうしようもなくなって、森の中に逃げ込んで泣いていた。
涼は蓮を追いかけて、泣いている蓮に言ったのだ。
「傷つけてもいけないんだよ。普通の人は、怒っただけで相手を傷つけたりしないんだ」
「うん、わかった。もう仕返ししようなんて思わないようにする。心の中も、覗かないようにする」
本当は普通の人間と同じように生きたかった。
無理をしても、自分を隠しても。偽っても。
けれど、あのとき――。
蓮の感情の暴走を止めることは出来なかった。
蓮が発狂したように「あの男」を殺そうとしたのは、自分が傷つけられたせいではなく、涼が傷つけられたことが原因だったのだと、涼は、何年も立ってから気づいた。
蓮だけに重い罪を背負わせてしまったことで、今も自分を責めている。
あの少女が若者たちを先導しているとしたら、アンテナの役になっているのかもしれない。
そこを叩けば一気にかたがつく可能性がある。
最上階の屋上に続く階段の前の廊下には炎が轟々と燃え盛り、行く手を阻んでいた。
「くそっ」
燃え盛る炎は幻影だ。
熱いと、精神に訴えているだけで実態ではない。
涼は炎の中に飛び込んだ。
これはヒプノシス―催眠術と同じだ。
暗示に抵抗するようにして一歩一歩進む。
しかし、幻影はいつまでたっても消えず、涼の身体を熱く焦がす。
「つっ……」
普通ならこんなまやかしにはかからない。
けれどこの幻影は涼が外部暗示を解除するために自己にかける暗示と同じ波長を持っていた。
それを作れるのは一人しかいない。
「……蓮」
涼は方膝を折った。
身体中が青白い炎に包まれた。
「……くっ」
熱いと思ったら術にはまる。
実際に身体に熱がこもり、呼吸器官を焼いてしまうだろう。
意識を手放す以外に、逃れる方法はない。
床に崩れる瞬間に、近付いてくる靴音を聞いた。
倒れかけた背に腕が回され、抱きかかえられる。
誰だ。
声ではなく、思念で問いかけたが、返事を聞く前に涼は意識を失った。
「タケル…?」
瞼を閉じる前に自分がそう口にしたこともわかっていない。
涼の身体が沈むのを、下のフロアから駆けつけた九郎は白い煙の中に見た。
「涼!」
けれど、煙が左右に散って視界が開けたときには、涼の姿は消えていた。
***
夢を見た。
まだ子供だった頃の夢。
蓮がいた。
両親が離婚するまで、涼はいつも蓮と一緒だった。
楽しい思い出は少ない。
物心がついてからずっと自分たちは異端だった。
力を使っちゃいけない。人と違うことをしては駄目。
何度両親にそう言われても、涼と蓮にとって力は、普通の人間が危険に直面したときに考える前に逃げるのと同じで、制御することの方が難しかった。
あまりに周囲の子供とは違う双子を不安に思った両親は、二人を心療内科に入院させたことがある。
その病院は人里離れたひどい山奥にあり、滅多に面会人もない寂しい病院だったが、緑豊かな森に囲まれ、自然の中を自由に駆け回るのは幼い子供には楽しかった。
都会にいて、常に大人たちに気味悪がられたり、知りたくもない人の醜い心を覗いてしまう日常に比べれば、そこはまるで天国のような場所だった。
『化物』と言って石を投げつける子供もいない。
病院に入院している大人たちには滅多に会うことはなかったが、たまに院内で会っても、精神を病んでいるせいか幼い子供のように無邪気で、悪意のある人間は少なかった。
二人はそういう環境の中で、自分たちの持つ特種な能力を抑制することを子供なりに考え、訓練していた。
「人の心は勝手に覗いたりしちゃいけないんだよね」
膝を抱えて泣きながらそう言った蓮に、涼は頷いて「そうだよ」と答えた。
病院のロビーで蓮がぶつかった見舞客の女の人は、入院している自分の父親の死を待ち望んでいた。
哀れな男のために蓮は力を使い、女の人のスカートのファスナーを壊した。
一瞬だけ胸がすっとしたけれど、すぐに後悔した。
罪悪感にどうしようもなくなって、森の中に逃げ込んで泣いていた。
涼は蓮を追いかけて、泣いている蓮に言ったのだ。
「傷つけてもいけないんだよ。普通の人は、怒っただけで相手を傷つけたりしないんだ」
「うん、わかった。もう仕返ししようなんて思わないようにする。心の中も、覗かないようにする」
本当は普通の人間と同じように生きたかった。
無理をしても、自分を隠しても。偽っても。
けれど、あのとき――。
蓮の感情の暴走を止めることは出来なかった。
蓮が発狂したように「あの男」を殺そうとしたのは、自分が傷つけられたせいではなく、涼が傷つけられたことが原因だったのだと、涼は、何年も立ってから気づいた。
蓮だけに重い罪を背負わせてしまったことで、今も自分を責めている。
0
あなたにおすすめの小説
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ
零
BL
鍛えられた肉体、高潔な魂――
それは選ばれし“供物”の条件。
山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。
見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。
誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。
心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。
BL 男達の性事情
蔵屋
BL
漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。
漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。
漁師の仕事は多岐にわたる。
例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。
陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、
多彩だ。
漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。
漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。
養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。
陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。
漁業の種類と言われる仕事がある。
漁師の仕事だ。
仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。
沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。
日本の漁師の多くがこの形態なのだ。
沖合(近海)漁業という仕事もある。
沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。
遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。
内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。
漁師の働き方は、さまざま。
漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。
出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。
休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。
個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。
漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。
専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。
資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。
漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。
食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。
地域との連携も必要である。
沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。
この物語の主人公は極楽翔太。18歳。
翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。
もう一人の主人公は木下英二。28歳。
地元で料理旅館を経営するオーナー。
翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。
この物語の始まりである。
この物語はフィクションです。
この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。
バツイチ上司が、地味な僕を特別扱いしてくる
衣草 薫
BL
理性的でクールなバツイチ上司・桐原恒一は、過去の失敗から、もう誰も必要としないと決めて生きてきた。
男が好きだという事実を隠し、「期待しなければ傷つかない」と思い込んできた部下・葉山直。
すれ違いと誤解の果てに、直が職場を去ろうとしたとき、恒一は初めて“追いかける”ことを選ぶ。
選ばれないと信じてきた直と、逃げないと決めた恒一。
二人の距離が近づくことで、直は「ここにいていい」と思える場所を見つけていく。
元ノンケ上司×自己肯定感低め部下の社会人BL。※ハッピーエンド保証。
オッサン課長のくせに、無自覚に色気がありすぎる~ヨレヨレ上司とエリート部下、恋は仕事の延長ですか?
中岡 始
BL
「新しい営業課長は、超敏腕らしい」
そんな噂を聞いて、期待していた橘陽翔(28)。
しかし、本社に異動してきた榊圭吾(42)は――
ヨレヨレのスーツ、だるそうな関西弁、ネクタイはゆるゆる。
(……いやいや、これがウワサの敏腕課長⁉ 絶対ハズレ上司だろ)
ところが、初めての商談でその評価は一変する。
榊は巧みな話術と冷静な判断で、取引先をあっさり落としにかかる。
(仕事できる……! でも、普段がズボラすぎるんだよな)
ネクタイを締め直したり、書類のコーヒー染みを指摘したり――
なぜか陽翔は、榊の世話を焼くようになっていく。
そして気づく。
「この人、仕事中はめちゃくちゃデキるのに……なんでこんなに色気ダダ漏れなんだ?」
煙草をくゆらせる仕草。
ネクタイを緩める無防備な姿。
そのたびに、陽翔の理性は削られていく。
「俺、もう待てないんで……」
ついに陽翔は榊を追い詰めるが――
「……お前、ほんまに俺のこと好きなんか?」
攻めるエリート部下 × 無自覚な色気ダダ漏れのオッサン上司。
じわじわ迫る恋の攻防戦、始まります。
【最新話:主任補佐のくせに、年下部下に見透かされている(気がする)ー関西弁とミルクティーと、春のすこし前に恋が始まった話】
主任補佐として、ちゃんとせなあかん──
そう思っていたのに、君はなぜか、俺の“弱いとこ”ばっかり見抜いてくる。
春のすこし手前、まだ肌寒い季節。
新卒配属された年下部下・瀬戸 悠貴は、無表情で口数も少ないけれど、妙に人の感情に鋭い。
風邪気味で声がかすれた朝、佐倉 奏太は、彼にそっと差し出された「ミルクティー」に言葉を失う。
何も言わないのに、なぜか伝わってしまう。
拒むでも、求めるでもなく、ただそばにいようとするその距離感に──佐倉の心は少しずつ、ほどけていく。
年上なのに、守られるみたいで、悔しいけどうれしい。
これはまだ、恋になる“少し前”の物語。
関西弁とミルクティーに包まれた、ふたりだけの静かな始まり。
(5月14日より連載開始)
人族は一人で生きられないらしい――獣人公爵に拾われ、溺愛されて家族になりました
よっちゃん
BL
人族がほとんど存在しない世界に、
前世の記憶を持ったまま転生した少年・レオン。
獣人が支配する貴族社会。
魔力こそが価値とされ、
「弱い人族」は守られるべき存在として扱われる世界で、
レオンは常識の違いに戸惑いながらも必死に生きようとする。
そんな彼を拾ったのは、
辺境を治める獣人公爵アルト。
寡黙で冷静、しかし一度守ると決めたものは決して手放さない男だった。
溺愛され、守られ、育てられる日々。
だが、レオンはただ守られるだけの存在で終わることを選ばない。
学院での出会い。
貴族社会に潜む差別と陰謀。
そして「番」という、深く重い絆。
レオンは学び、考え、
自分にしかできない魔法理論を武器に、
少しずつ“並び立つ覚悟”を身につけていく。
獣人と人族。
価値観も、立場も、すべてが違う二人が、
それでも選び合い、家族になるまでの物語。
溺愛×成長×異世界BL。
読後に残るのは、
「ここに居場所があっていい」と思える、あたたかな幸福。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる