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【第二部】戦士覚醒
7.北城誠
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目が覚めて最初に視界に写ったのは見覚えのある男の顔だった。
「大丈夫ですか。どこか痛みますか」
「ここは…」
「安全な場所ですよ」
ベッドの脇に越しかけ、ワイシャツにきちんとネクタイを絞めた男の、自分を見つめる眼差しには危険を知らせるような色はない。
端整でノーブルな顔立ちも決して嫌味にならないくらいの甘さを含み、クールな印象の中にどこか情熱的なものを感じさせる。
女性なら誰もが理想の恋人にあげるような男だ。
それとも完璧すぎて現実味に欠けると言うだろうか。
「またお会いできましたね」
先日、アミューズメントパークで涼に接触してきた男だった。
「おまえは……」
「北城誠と言います」
「北城?」
その名前は涼の記憶にあった。
「そうか、おまえ、蓮の家庭教師の」
北城は微笑することで肯定した。
両親が離婚したあと、母親に引き取られた蓮は学校には行かず、母親は蓮に家庭教師をつけた。
警戒心が強く、いつまでも打ち解けようとしない蓮に、どんな教師も長くもたなかったが、一人の大学生だけが何年も続いた。
それが北城誠という名前だった。
涼と蓮は離れて暮らしていても精神の交感が出来たので、北城のことは蓮から聞いていた。
蓮は北城のことをとても信頼しているようだった。
臆病な蓮が、涼以外ではじめて心を開いた人間だった。
「蓮はどこにいる」
「蓮のことは心配する必要はありません。それより自分の心配をしたほうがいい」
「オレを、どうするつもりだ」
涼はベッドに寝かされているだけで、どこも拘束されていない。
しかし、目が覚めてすぐ、身体が動かせないことに気づいていた。
暗示のせいか薬のせいかはわからないが、まるで目に見えない縄で縛られているように、自分の身体が自由にならない。
北城は唇の端で笑った。
「さあ、どうしましょうか」
おかしそうに言って、指で涼の髪に触れた。
「ふざけるなっ!」
涼は北城を睨んだ。
「おまえが、おまえが蓮を組織に引きづりこんだんだな」
***
「涼、僕は進むべき道を見つけたよ」
ある日、蓮は涼にそう思念を送ってきた。
それがすべてのはじまりだった。
涼はこの世界の矛盾を感じたことはない?
どうして世の中はこんなに間違いだらけなのか。
平等なんて口先だけで、この世界にはそんなものはない。
だったら、そんなもの、なくてもいいんじゃないのかな。
一部の富める人間がいる同じ星に、飢餓に苦しむ人間が8億もいる。
そしてそのことを知りながら、今日も明日も先の見える未来にその問題を解決しようとすらしない。
目先の利益のために環境破壊を止めることも出来ない。
そんな無能な人間に任せていたら、人類は、星ごと滅んでしまうよ。
だから、正しい指導者が、正しい世界に導いて、この狂った世界を修正しなくちゃいけない。
地球が生き残る道はそれしかない。
「ねえ、涼。僕たちには、力がある。もしかしたら僕たちはそのために生まれてきたのかもしれない。世界を、支配し、導くために」
「ありえない」
蓮の言葉を思い出しながら、涼は吐き出すようにそう口にした。
「人間は支配なんか望んでない。過ちは自分たちで気づく以外に、ないんだ」
何度蓮にそう思念を送っても無駄だった。
蓮は、涼と一緒に人類を支配する側に立とうと、メッセージを送りつづけてきた。
やがて、それが途絶えて蓮と交信出来なくなった。
涼が地球防衛軍に入ることを決めたのはそれがきっかけだった。
唯一、組織の存在を把握している地球防衛軍にいるしか、蓮の所在が掴めないと思ったからだ。
組織に対抗出来るようサイキック戦士を募っていた防衛軍に、涼はすんなり入ることが出来た。
忌み嫌った能力を使って戦う。
それ以外に蓮を探す方法がない。
涼は皮肉な選択を選ぶ他なかった。
「人間が自らの愚かさを知るのは最後の審判の日ですよ。それを待ってる猶予はありません」
「なんで蓮を巻き込んだ。蓮を利用するな」
「利用してるわけじゃない。蓮は、人を憎むことで自分を許した。妃咲涼、あなたは自分を否定することで人を許している。愚かなことだ」
「…違う」
「受けた傷は同じだった。それなのに、選ぶ道が違ったのは不思議です。いえ、不自然だ。あなたはもっと自分を誇りなさい。あなたと蓮の能力は素晴らしい。そして美しくもある」
北城の手が、そっと、肩の上に置かれる。
それだけで涼は息を飲んだ。
「触るな…っ」
「やはり神経性外傷になってるんですね。そんなに怯えて、可哀想に。でも蓮はその傷からはもう立ち直ってますよ」
意味深に笑う北城の言葉の意味を、涼は驚愕とともに悟る。
「おまえ…」
この男は自分たちの過去を知っている。
そして今は蓮と関係している。
「あんな男は死んで当然です。あなたにも、蓮にも非はない。自分を責めるのは、もうやめなさい」
「黙れ………」
心療内科の催眠技師。
心を読んでいれば、あんなことにはならなかった。
いつからあいつが蓮を玩具にしていたのか、涼は知らない。
催眠療法を利用して、その男は蓮を弄んだ。
蓮なら一人でも精神的攻撃をかければ、逃れることが出来たはずだ。
けれどそのときの二人には、そこ以外に行くところがなかった。
だから蓮は堪えた。
けれど男が涼に同じことをしたとき、蓮の怒りは、蓮にも涼にも止められないほど暴走した。
照明、ガラス棚、グラスが次々に割れて飛び散った。
二人の前で、口から泡を吹いて悶え苦しむ男。
治療室の机の上の医療危惧を床にバラまいたときの金属音と男の断末魔の叫び声。
蓮の冷ややかに笑った顔――。
あのときのことが、しばらく涼の記憶の中からは綺麗に消えていた。
自分自身で消したものだと涼が自分で気づいたときはもう、蓮とは離れて暮らしていた。
「…蓮を、止められなかった…だけじゃない…オレはあのとき、確かに蓮と、精神をシンクロさせていたんだ。殺意を同調させていた。あの男を、殺そうとしたんだ。いや、殺したんだ、オレが…!」
高校時代、再び同じような場面でその力を使ったとき、はっきり思い出した。
そうだ、自分は確かにこの力を使って人を殺めたことがある。
人間は自分が傷つけられたから相手のことも傷つけていいというものじゃない。
あの男は死んで当然だったろうか。
今でも他人と接触出来ないほど、自分の心に傷を残した男。
憎む気持ちは今もある。
けれど、人を殺めるということは一人の人間の全人生を終わらせるということだ。
そんなこと、同じ人間がしていいはずがない。
償わせる方法は他にいくらでもあった。
冷静なときは充分わかっているはずの理論も、いったん、怒りに身を任せたら通用しない。
相手を殺すまで、止められない。
忌まわしい能力を持った自分たちは存在自体が危険だ。
「オレたちの能力は人を殺すための道具じゃない…」
どうして自分にそんな力があるのか、それを悩まなかったことはない。
正しい使い方なんか出来るほど自分は出来た人間でもない。
判断を誤まらないことが大事だと教えた父は、涼に、力を使うなとは言わなかった。
おまえのその力にはきっと意味がある。
間違った使い方をしないように精神を鍛えろ。
けれど自分はいつも正しい道を選べるのだろうか。
一度でも間違うことは許されない。
そんな重い責任を背負いながら生きていくのは、なんのためだろう。
考えるたびに涼は救いのない真っ暗な孤独の海に溺れそうになる。
誰とも分かり合えない、深い深い永遠の孤独に。
「いいえ、わかりますよ。あなたの気持ちは、私にはよくわかります」
そう言って、北城は涼の頬に触れた。
その瞬間、身体の拘束感が少しだけ薄らいだ。
かけられた言葉と控えめな温もり。
それが不快ではないことに不安を感じて、北城を睨んだ。
「オレを、どうする…」
「あなたが欲しいんです。蓮とあなたの二人の力が揃えば、この世界を支配することは容易くなる。私を、信じてくれませんか」
強張った身体から力が抜けるように、瞼が落ちた。
返事をすることは出来なかった。
この声の導く通りに進めば、楽になれるのだろうか。
孤独から逃れられるのか。
自分で正しい道を選ばなければならない、重い責から解放されるのか。
涼!
再び眠りに落ちる前に、自分を呼ぶ終夜の声を聞いた気がした。
その声はとても必死で、直向きだった。
「大丈夫ですか。どこか痛みますか」
「ここは…」
「安全な場所ですよ」
ベッドの脇に越しかけ、ワイシャツにきちんとネクタイを絞めた男の、自分を見つめる眼差しには危険を知らせるような色はない。
端整でノーブルな顔立ちも決して嫌味にならないくらいの甘さを含み、クールな印象の中にどこか情熱的なものを感じさせる。
女性なら誰もが理想の恋人にあげるような男だ。
それとも完璧すぎて現実味に欠けると言うだろうか。
「またお会いできましたね」
先日、アミューズメントパークで涼に接触してきた男だった。
「おまえは……」
「北城誠と言います」
「北城?」
その名前は涼の記憶にあった。
「そうか、おまえ、蓮の家庭教師の」
北城は微笑することで肯定した。
両親が離婚したあと、母親に引き取られた蓮は学校には行かず、母親は蓮に家庭教師をつけた。
警戒心が強く、いつまでも打ち解けようとしない蓮に、どんな教師も長くもたなかったが、一人の大学生だけが何年も続いた。
それが北城誠という名前だった。
涼と蓮は離れて暮らしていても精神の交感が出来たので、北城のことは蓮から聞いていた。
蓮は北城のことをとても信頼しているようだった。
臆病な蓮が、涼以外ではじめて心を開いた人間だった。
「蓮はどこにいる」
「蓮のことは心配する必要はありません。それより自分の心配をしたほうがいい」
「オレを、どうするつもりだ」
涼はベッドに寝かされているだけで、どこも拘束されていない。
しかし、目が覚めてすぐ、身体が動かせないことに気づいていた。
暗示のせいか薬のせいかはわからないが、まるで目に見えない縄で縛られているように、自分の身体が自由にならない。
北城は唇の端で笑った。
「さあ、どうしましょうか」
おかしそうに言って、指で涼の髪に触れた。
「ふざけるなっ!」
涼は北城を睨んだ。
「おまえが、おまえが蓮を組織に引きづりこんだんだな」
***
「涼、僕は進むべき道を見つけたよ」
ある日、蓮は涼にそう思念を送ってきた。
それがすべてのはじまりだった。
涼はこの世界の矛盾を感じたことはない?
どうして世の中はこんなに間違いだらけなのか。
平等なんて口先だけで、この世界にはそんなものはない。
だったら、そんなもの、なくてもいいんじゃないのかな。
一部の富める人間がいる同じ星に、飢餓に苦しむ人間が8億もいる。
そしてそのことを知りながら、今日も明日も先の見える未来にその問題を解決しようとすらしない。
目先の利益のために環境破壊を止めることも出来ない。
そんな無能な人間に任せていたら、人類は、星ごと滅んでしまうよ。
だから、正しい指導者が、正しい世界に導いて、この狂った世界を修正しなくちゃいけない。
地球が生き残る道はそれしかない。
「ねえ、涼。僕たちには、力がある。もしかしたら僕たちはそのために生まれてきたのかもしれない。世界を、支配し、導くために」
「ありえない」
蓮の言葉を思い出しながら、涼は吐き出すようにそう口にした。
「人間は支配なんか望んでない。過ちは自分たちで気づく以外に、ないんだ」
何度蓮にそう思念を送っても無駄だった。
蓮は、涼と一緒に人類を支配する側に立とうと、メッセージを送りつづけてきた。
やがて、それが途絶えて蓮と交信出来なくなった。
涼が地球防衛軍に入ることを決めたのはそれがきっかけだった。
唯一、組織の存在を把握している地球防衛軍にいるしか、蓮の所在が掴めないと思ったからだ。
組織に対抗出来るようサイキック戦士を募っていた防衛軍に、涼はすんなり入ることが出来た。
忌み嫌った能力を使って戦う。
それ以外に蓮を探す方法がない。
涼は皮肉な選択を選ぶ他なかった。
「人間が自らの愚かさを知るのは最後の審判の日ですよ。それを待ってる猶予はありません」
「なんで蓮を巻き込んだ。蓮を利用するな」
「利用してるわけじゃない。蓮は、人を憎むことで自分を許した。妃咲涼、あなたは自分を否定することで人を許している。愚かなことだ」
「…違う」
「受けた傷は同じだった。それなのに、選ぶ道が違ったのは不思議です。いえ、不自然だ。あなたはもっと自分を誇りなさい。あなたと蓮の能力は素晴らしい。そして美しくもある」
北城の手が、そっと、肩の上に置かれる。
それだけで涼は息を飲んだ。
「触るな…っ」
「やはり神経性外傷になってるんですね。そんなに怯えて、可哀想に。でも蓮はその傷からはもう立ち直ってますよ」
意味深に笑う北城の言葉の意味を、涼は驚愕とともに悟る。
「おまえ…」
この男は自分たちの過去を知っている。
そして今は蓮と関係している。
「あんな男は死んで当然です。あなたにも、蓮にも非はない。自分を責めるのは、もうやめなさい」
「黙れ………」
心療内科の催眠技師。
心を読んでいれば、あんなことにはならなかった。
いつからあいつが蓮を玩具にしていたのか、涼は知らない。
催眠療法を利用して、その男は蓮を弄んだ。
蓮なら一人でも精神的攻撃をかければ、逃れることが出来たはずだ。
けれどそのときの二人には、そこ以外に行くところがなかった。
だから蓮は堪えた。
けれど男が涼に同じことをしたとき、蓮の怒りは、蓮にも涼にも止められないほど暴走した。
照明、ガラス棚、グラスが次々に割れて飛び散った。
二人の前で、口から泡を吹いて悶え苦しむ男。
治療室の机の上の医療危惧を床にバラまいたときの金属音と男の断末魔の叫び声。
蓮の冷ややかに笑った顔――。
あのときのことが、しばらく涼の記憶の中からは綺麗に消えていた。
自分自身で消したものだと涼が自分で気づいたときはもう、蓮とは離れて暮らしていた。
「…蓮を、止められなかった…だけじゃない…オレはあのとき、確かに蓮と、精神をシンクロさせていたんだ。殺意を同調させていた。あの男を、殺そうとしたんだ。いや、殺したんだ、オレが…!」
高校時代、再び同じような場面でその力を使ったとき、はっきり思い出した。
そうだ、自分は確かにこの力を使って人を殺めたことがある。
人間は自分が傷つけられたから相手のことも傷つけていいというものじゃない。
あの男は死んで当然だったろうか。
今でも他人と接触出来ないほど、自分の心に傷を残した男。
憎む気持ちは今もある。
けれど、人を殺めるということは一人の人間の全人生を終わらせるということだ。
そんなこと、同じ人間がしていいはずがない。
償わせる方法は他にいくらでもあった。
冷静なときは充分わかっているはずの理論も、いったん、怒りに身を任せたら通用しない。
相手を殺すまで、止められない。
忌まわしい能力を持った自分たちは存在自体が危険だ。
「オレたちの能力は人を殺すための道具じゃない…」
どうして自分にそんな力があるのか、それを悩まなかったことはない。
正しい使い方なんか出来るほど自分は出来た人間でもない。
判断を誤まらないことが大事だと教えた父は、涼に、力を使うなとは言わなかった。
おまえのその力にはきっと意味がある。
間違った使い方をしないように精神を鍛えろ。
けれど自分はいつも正しい道を選べるのだろうか。
一度でも間違うことは許されない。
そんな重い責任を背負いながら生きていくのは、なんのためだろう。
考えるたびに涼は救いのない真っ暗な孤独の海に溺れそうになる。
誰とも分かり合えない、深い深い永遠の孤独に。
「いいえ、わかりますよ。あなたの気持ちは、私にはよくわかります」
そう言って、北城は涼の頬に触れた。
その瞬間、身体の拘束感が少しだけ薄らいだ。
かけられた言葉と控えめな温もり。
それが不快ではないことに不安を感じて、北城を睨んだ。
「オレを、どうする…」
「あなたが欲しいんです。蓮とあなたの二人の力が揃えば、この世界を支配することは容易くなる。私を、信じてくれませんか」
強張った身体から力が抜けるように、瞼が落ちた。
返事をすることは出来なかった。
この声の導く通りに進めば、楽になれるのだろうか。
孤独から逃れられるのか。
自分で正しい道を選ばなければならない、重い責から解放されるのか。
涼!
再び眠りに落ちる前に、自分を呼ぶ終夜の声を聞いた気がした。
その声はとても必死で、直向きだった。
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