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1.リハーサル
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午前11時半。
リハーサルのために会場入りすると、まだ開演まで7時間近くもあるというのに、付近には気の早い女の子のグループがいくつも出来ていた。
関係者専用の入口に車を止めたが、心得ている入り待ちしていたファンの少女たちが黄色い声をあげた。
ワゴン車から降りてきたのは、二十代前半の背の高い青年だった。
黒髪にサングラス、ビンテージのジーンズにTシャツを重ね着し、その上にデニムのジャケットを着ている。
ガードマンにブロックされている少女たちを一瞬だけ振り返って片手をあげると、黄色い声は切ない悲鳴にかわった。
「おはようございます」
すれ違うスタッフと業界特有の挨拶を交わしながら控え室に向かう。
立ち止まった控え室の入口には「FakeLips様」と書かれた紙が貼られていた。
「拓人!遅いじゃない。今日はスポンサーがお見えになるから開演遅らせられないって言ったでしょう」
入るなりチーフマネージャーの宮崎里美に叱られて、樫野拓人は素直に謝った。
「悪い、寝坊した」
「樫野くん、外の女の子に投げキッスでもしたの?すごい声が聞こえてきたけど」
床の上でストレッチをしていた圭太が冷やかすように言う。
「バーカ、ちょっと手を振っただけだよ」
控え室にはFake Lipsのメンバーの、花沢芳彦、森尾圭太、大沢悠希の3人がいて、それぞれ音楽を聴いたり雑誌を読んだりしている。
「那智は?」
そこにいないメンバーの名前を出して樫野が聞くと、圭太に「まーた、樫野くんの『那智は?』がはじまった!」とからかうように言われた。
「うっせー。まだ来てねえの?」
「来てるよ。拓人じゃあるまいし、那智が遅刻するわけないでしょう」
軽く嫌味を言ったあとで、芳彦は言葉を続けた。
「さっきまでここにいたんだけど。那智のことだから、いつもの場所じゃないかな」
「そっか」
納得したようにと答えると、樫野は入ってきたばかりの控え室を出て行く。
「樫野くんって、本当にわかりやすいよね」
「だよね。インタビューで好みのタイプとか聞かれても、まんま那智くんだし。あれで、よくバレないよね」
圭太と悠希がそう言って、残されたメンバーは顔を見合わせて笑った。
◆◆◆
探していた相手は、会場のスタンド席の一番前で、手摺に持たれて立ち、ステージを見ていた。
ステージ上やアリーナ席ではスタッフが忙しく動きまわり、マイクを通して指示が飛び交っている。
音響のテストと照明のテストが同時進行で行われ、時間が押しているせいか、誰の声も半分怒鳴り声だ。
けれど樫野はこの雰囲気が嫌いじゃない。
みんな真剣で一生懸命だから力が入るのだ。
ここにいる全員が最高のものを作りたいという同じ目的を持っている。
その情熱が目に見えるような、緊張感を含んだ本番前のこの空気は自分の気分をも引き締めてくれる。
「那智」
背中に声をかけると、Tシャツにコットンパンツ姿の青年が振り返った。
身長は樫野より頭半分ほど低いが、顔が小さいせいでバランスがいい。
髪は柔らかそうな茶色。
振り返った顔はアーモンド型の大きな瞳が印象的なベビーフェイスだった。
「樫野、遅刻だぞ。里美が怒ってた」
笑いながら、千原那智は言った。
「昨夜興奮して眠れなかったんだ」
「おまえが?冗談だろ、心臓に毛がはえてるくせに」
「マジだって。ここ、どこだと思ってんの。天下の東京ドームだよ?そこで3日間もライブやるんだと思ったら、寝られなかった」
樫野の言葉に目を細めて笑う。
「よく、ここまで来れたな、オレたち」
那智は、感慨深げにそう言ってスタンドの最前列の席に腰掛けた。
樫野も隣に座る。
那智はライブのはじまる前に、まだ観客の誰もいない準備中の会場からステージを眺めるのが好きだ。
那智なりのテンションの上げ方でメンバーには周知だった。
2ケ月間続いたツアーも、今日からはじまる東京ドーム3DAYSで終わる。
気のせいか、ステージを見つめる那智の横顔が寂しそうに見えた。
「どうした、那智。ツアーが終わるのが寂しいのか。どうせまたすぐに来年のツアーの準備がはじまる」
コンサートツアーの準備は実際にスタートする何ケ月も前からはじまる。
ファンにとっては次のツアーは1年後でもFakeLipsや関わるスタッフにとっては半年先の話で、合間は短い。
「次のツアーか…。出来る、のかな」
樫野には、那智が何を心配しているのかわからなかった。
確かに人気に左右される仕事である。
人の関心は移ろいやすく、音楽業界の流行のスピードは目まぐるしい。
けれどFakeLipsは今が頂点だった。
来年この同じ場所に立てないとは、樫野には思えない。
「出来るさ。でも、もし、オレたちの人気が急に落ちて、来年ここで出来なかったとしてもさ、踊る場所は公民館だっていいだろ。オレたち、路上からスタートしたんだから、なんならもういっぺん路上に戻ってもいい。別に、失うものなんかなにもない。後悔しないために、今日のステージを一生懸命やれば、それでいいじゃん」
那智は、樫野の言葉に目を瞠った。
そして、微笑して見せた。
「おまえって時々、すげえまともなこと言うよな。ビックリする」
「時々って失礼だな!」
ふざけて笑いあう。
『リハーサルはじまります。FakeLipsは集合してください!』
マイクで呼ばれて、慌てて二人は立ち上がった。
「ガンバロウな、那智。っていうか、楽しもう」
樫野が握手のために差し出した右手を握って、那智は微笑んで頷いた。
リハーサルのために会場入りすると、まだ開演まで7時間近くもあるというのに、付近には気の早い女の子のグループがいくつも出来ていた。
関係者専用の入口に車を止めたが、心得ている入り待ちしていたファンの少女たちが黄色い声をあげた。
ワゴン車から降りてきたのは、二十代前半の背の高い青年だった。
黒髪にサングラス、ビンテージのジーンズにTシャツを重ね着し、その上にデニムのジャケットを着ている。
ガードマンにブロックされている少女たちを一瞬だけ振り返って片手をあげると、黄色い声は切ない悲鳴にかわった。
「おはようございます」
すれ違うスタッフと業界特有の挨拶を交わしながら控え室に向かう。
立ち止まった控え室の入口には「FakeLips様」と書かれた紙が貼られていた。
「拓人!遅いじゃない。今日はスポンサーがお見えになるから開演遅らせられないって言ったでしょう」
入るなりチーフマネージャーの宮崎里美に叱られて、樫野拓人は素直に謝った。
「悪い、寝坊した」
「樫野くん、外の女の子に投げキッスでもしたの?すごい声が聞こえてきたけど」
床の上でストレッチをしていた圭太が冷やかすように言う。
「バーカ、ちょっと手を振っただけだよ」
控え室にはFake Lipsのメンバーの、花沢芳彦、森尾圭太、大沢悠希の3人がいて、それぞれ音楽を聴いたり雑誌を読んだりしている。
「那智は?」
そこにいないメンバーの名前を出して樫野が聞くと、圭太に「まーた、樫野くんの『那智は?』がはじまった!」とからかうように言われた。
「うっせー。まだ来てねえの?」
「来てるよ。拓人じゃあるまいし、那智が遅刻するわけないでしょう」
軽く嫌味を言ったあとで、芳彦は言葉を続けた。
「さっきまでここにいたんだけど。那智のことだから、いつもの場所じゃないかな」
「そっか」
納得したようにと答えると、樫野は入ってきたばかりの控え室を出て行く。
「樫野くんって、本当にわかりやすいよね」
「だよね。インタビューで好みのタイプとか聞かれても、まんま那智くんだし。あれで、よくバレないよね」
圭太と悠希がそう言って、残されたメンバーは顔を見合わせて笑った。
◆◆◆
探していた相手は、会場のスタンド席の一番前で、手摺に持たれて立ち、ステージを見ていた。
ステージ上やアリーナ席ではスタッフが忙しく動きまわり、マイクを通して指示が飛び交っている。
音響のテストと照明のテストが同時進行で行われ、時間が押しているせいか、誰の声も半分怒鳴り声だ。
けれど樫野はこの雰囲気が嫌いじゃない。
みんな真剣で一生懸命だから力が入るのだ。
ここにいる全員が最高のものを作りたいという同じ目的を持っている。
その情熱が目に見えるような、緊張感を含んだ本番前のこの空気は自分の気分をも引き締めてくれる。
「那智」
背中に声をかけると、Tシャツにコットンパンツ姿の青年が振り返った。
身長は樫野より頭半分ほど低いが、顔が小さいせいでバランスがいい。
髪は柔らかそうな茶色。
振り返った顔はアーモンド型の大きな瞳が印象的なベビーフェイスだった。
「樫野、遅刻だぞ。里美が怒ってた」
笑いながら、千原那智は言った。
「昨夜興奮して眠れなかったんだ」
「おまえが?冗談だろ、心臓に毛がはえてるくせに」
「マジだって。ここ、どこだと思ってんの。天下の東京ドームだよ?そこで3日間もライブやるんだと思ったら、寝られなかった」
樫野の言葉に目を細めて笑う。
「よく、ここまで来れたな、オレたち」
那智は、感慨深げにそう言ってスタンドの最前列の席に腰掛けた。
樫野も隣に座る。
那智はライブのはじまる前に、まだ観客の誰もいない準備中の会場からステージを眺めるのが好きだ。
那智なりのテンションの上げ方でメンバーには周知だった。
2ケ月間続いたツアーも、今日からはじまる東京ドーム3DAYSで終わる。
気のせいか、ステージを見つめる那智の横顔が寂しそうに見えた。
「どうした、那智。ツアーが終わるのが寂しいのか。どうせまたすぐに来年のツアーの準備がはじまる」
コンサートツアーの準備は実際にスタートする何ケ月も前からはじまる。
ファンにとっては次のツアーは1年後でもFakeLipsや関わるスタッフにとっては半年先の話で、合間は短い。
「次のツアーか…。出来る、のかな」
樫野には、那智が何を心配しているのかわからなかった。
確かに人気に左右される仕事である。
人の関心は移ろいやすく、音楽業界の流行のスピードは目まぐるしい。
けれどFakeLipsは今が頂点だった。
来年この同じ場所に立てないとは、樫野には思えない。
「出来るさ。でも、もし、オレたちの人気が急に落ちて、来年ここで出来なかったとしてもさ、踊る場所は公民館だっていいだろ。オレたち、路上からスタートしたんだから、なんならもういっぺん路上に戻ってもいい。別に、失うものなんかなにもない。後悔しないために、今日のステージを一生懸命やれば、それでいいじゃん」
那智は、樫野の言葉に目を瞠った。
そして、微笑して見せた。
「おまえって時々、すげえまともなこと言うよな。ビックリする」
「時々って失礼だな!」
ふざけて笑いあう。
『リハーサルはじまります。FakeLipsは集合してください!』
マイクで呼ばれて、慌てて二人は立ち上がった。
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樫野が握手のために差し出した右手を握って、那智は微笑んで頷いた。
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