スリーピングドール

フジキフジコ

文字の大きさ
2 / 23

1.リハーサル

しおりを挟む
午前11時半。
リハーサルのために会場入りすると、まだ開演まで7時間近くもあるというのに、付近には気の早い女の子のグループがいくつも出来ていた。

関係者専用の入口に車を止めたが、心得ている入り待ちしていたファンの少女たちが黄色い声をあげた。

ワゴン車から降りてきたのは、二十代前半の背の高い青年だった。
黒髪にサングラス、ビンテージのジーンズにTシャツを重ね着し、その上にデニムのジャケットを着ている。
ガードマンにブロックされている少女たちを一瞬だけ振り返って片手をあげると、黄色い声は切ない悲鳴にかわった。

「おはようございます」
すれ違うスタッフと業界特有の挨拶を交わしながら控え室に向かう。
立ち止まった控え室の入口には「FakeLipsフェイクリップス様」と書かれた紙が貼られていた。

拓人たくと!遅いじゃない。今日はスポンサーがお見えになるから開演遅らせられないって言ったでしょう」
入るなりチーフマネージャーの宮崎里美みやざきさとみに叱られて、樫野拓人かしのたくとは素直に謝った。
「悪い、寝坊した」

「樫野くん、外の女の子に投げキッスでもしたの?すごい声が聞こえてきたけど」
床の上でストレッチをしていた圭太けいたが冷やかすように言う。
「バーカ、ちょっと手を振っただけだよ」
控え室にはFake Lipsのメンバーの、花沢芳彦はなざわよしひこ森尾圭太もりおけいた大沢悠希おおさわゆうきの3人がいて、それぞれ音楽を聴いたり雑誌を読んだりしている。

「那智は?」
そこにいないメンバーの名前を出して樫野が聞くと、圭太に「まーた、樫野くんの『那智は?』がはじまった!」とからかうように言われた。

「うっせー。まだ来てねえの?」
「来てるよ。拓人じゃあるまいし、那智が遅刻するわけないでしょう」
軽く嫌味を言ったあとで、芳彦は言葉を続けた。
「さっきまでここにいたんだけど。那智のことだから、いつもの場所じゃないかな」
 「そっか」
納得したようにと答えると、樫野は入ってきたばかりの控え室を出て行く。

「樫野くんって、本当にわかりやすいよね」
「だよね。インタビューで好みのタイプとか聞かれても、まんま那智くんだし。あれで、よくバレないよね」
圭太と悠希がそう言って、残されたメンバーは顔を見合わせて笑った。



◆◆◆



探していた相手は、会場のスタンド席の一番前で、手摺に持たれて立ち、ステージを見ていた。

ステージ上やアリーナ席ではスタッフが忙しく動きまわり、マイクを通して指示が飛び交っている。
音響のテストと照明のテストが同時進行で行われ、時間が押しているせいか、誰の声も半分怒鳴り声だ。
けれど樫野はこの雰囲気が嫌いじゃない。
みんな真剣で一生懸命だから力が入るのだ。
ここにいる全員が最高のものを作りたいという同じ目的を持っている。
その情熱が目に見えるような、緊張感を含んだ本番前のこの空気は自分の気分をも引き締めてくれる。

「那智」
背中に声をかけると、Tシャツにコットンパンツ姿の青年が振り返った。
身長は樫野より頭半分ほど低いが、顔が小さいせいでバランスがいい。
髪は柔らかそうな茶色。
振り返った顔はアーモンド型の大きな瞳が印象的なベビーフェイスだった。

「樫野、遅刻だぞ。里美が怒ってた」
笑いながら、千原那智ちはらなちは言った。
「昨夜興奮して眠れなかったんだ」
「おまえが?冗談だろ、心臓に毛がはえてるくせに」
「マジだって。ここ、どこだと思ってんの。天下の東京ドームだよ?そこで3日間もライブやるんだと思ったら、寝られなかった」
樫野の言葉に目を細めて笑う。

「よく、ここまで来れたな、オレたち」
那智は、感慨深げにそう言ってスタンドの最前列の席に腰掛けた。
樫野も隣に座る。

那智はライブのはじまる前に、まだ観客の誰もいない準備中の会場からステージを眺めるのが好きだ。
那智なりのテンションの上げ方でメンバーには周知だった。

2ケ月間続いたツアーも、今日からはじまる東京ドーム3DAYSで終わる。
気のせいか、ステージを見つめる那智の横顔が寂しそうに見えた。

「どうした、那智。ツアーが終わるのが寂しいのか。どうせまたすぐに来年のツアーの準備がはじまる」
コンサートツアーの準備は実際にスタートする何ケ月も前からはじまる。
ファンにとっては次のツアーは1年後でもFakeLipsや関わるスタッフにとっては半年先の話で、合間は短い。

「次のツアーか…。出来る、のかな」
樫野には、那智が何を心配しているのかわからなかった。
確かに人気に左右される仕事である。
人の関心は移ろいやすく、音楽業界の流行のスピードは目まぐるしい。
けれどFakeLipsは今が頂点だった。
来年この同じ場所に立てないとは、樫野には思えない。

「出来るさ。でも、もし、オレたちの人気が急に落ちて、来年ここで出来なかったとしてもさ、踊る場所は公民館だっていいだろ。オレたち、路上からスタートしたんだから、なんならもういっぺん路上に戻ってもいい。別に、失うものなんかなにもない。後悔しないために、今日のステージを一生懸命やれば、それでいいじゃん」
那智は、樫野の言葉に目を瞠った。
そして、微笑して見せた。

「おまえって時々、すげえまともなこと言うよな。ビックリする」
「時々って失礼だな!」
ふざけて笑いあう。

『リハーサルはじまります。FakeLipsは集合してください!』

マイクで呼ばれて、慌てて二人は立ち上がった。
「ガンバロウな、那智。っていうか、楽しもう」

樫野が握手のために差し出した右手を握って、那智は微笑んで頷いた。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい

マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。 最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡) 世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。

この胸の高鳴りは・・・

暁エネル
BL
電車に乗りいつも通り大学へと向かう途中 気になる人と出会う男性なのか女性なのかわからないまま 電車を降りその人をなぜか追いかけてしまった 初めての出来事に驚き その人に声をかけ自分のした事に 優しく笑うその人に今まで経験した事のない感情が・・・

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

あなたのいちばんすきなひと

名衛 澄
BL
亜食有誠(あじきゆうせい)は幼なじみの与木実晴(よぎみはる)に好意を寄せている。 ある日、有誠が冗談のつもりで実晴に付き合おうかと提案したところ、まさかのOKをもらってしまった。 有誠が混乱している間にお付き合いが始まってしまうが、実晴の態度はいつもと変わらない。 俺のことを好きでもないくせに、なぜ付き合う気になったんだ。 実晴の考えていることがわからず、不安に苛まれる有誠。 そんなとき、実晴の元カノから実晴との復縁に協力してほしいと相談を受ける。 また友人に、幼なじみに戻ったとしても、実晴のとなりにいたい。 自分の気持ちを隠して実晴との"恋人ごっこ"の関係を続ける有誠は―― 隠れ執着攻め×不器用一生懸命受けの、学園青春ストーリー。

消えない思い

樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。 高校3年生 矢野浩二 α 高校3年生 佐々木裕也 α 高校1年生 赤城要 Ω 赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。 自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。 そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。 でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。 彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。 そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。

オメガの復讐

riiko
BL
幸せな結婚式、二人のこれからを祝福するかのように参列者からは祝いの声。 しかしこの結婚式にはとてつもない野望が隠されていた。 とっても短いお話ですが、物語お楽しみいただけたら幸いです☆

職業寵妃の薬膳茶

なか
BL
大国のむちゃぶりは小国には断れない。 俺は帝国に求められ、人質として輿入れすることになる。

僕たち、結婚することになりました

リリーブルー
BL
俺は、なぜか知らないが、会社の後輩(♂)と結婚することになった! 後輩はモテモテな25歳。 俺は37歳。 笑えるBL。ラブコメディ💛 fujossyの結婚テーマコンテスト応募作です。

処理中です...