カラダの恋人

カラダの恋人【第一部】

4.ドビッシューってロックバンド？

結局、途中で紺野の後を追いかけるのが馬鹿らしくなってオレと間宮は中庭の噴水の前のベンチに落ち着いた。
天気が良くて、十二月のわりには寒くない。
喫茶室に行くのはやめて、缶ジュースですますことにしたのだ。
缶コーヒーを片手に漏れそうになるため息を必死に堪えていたら間宮が含み笑いをしながら言った。

「紺野君と喧嘩したの？」
「まあね。でも、いつものことだよ。あいつとは腐れ縁で付き合い長いし、喧嘩なんかしょっちゅうだ」
「そうなんだ。でも、喧嘩が出来る友達がいるなんて羨ましいな」
間宮は変なことを羨ましがる。

「なんで？間宮にはそういう友達いないの？」
「そう、友達っていないんだ。あまり学校に行ってないから仕方ないんだけど」
「身体弱かったりしたの？」
「そうじゃないんだけど…」

それ以上はなんとなく話したくなさそうな雰囲気だったんで、オレは話題を変えることにした。
趣味だよな、趣味のハナシがいい。
「そうだ音楽…間宮はどんな音楽が好きなの？」
「音楽はなんでも好きだよ。とくに好きなのをあげるのは難しいけど最近はよくドビュシューを聞いてるよ」
「なにそれ、洋楽か？ロック系？間宮って見た目のイメージと違うんだなあ。もっと気だるい系なのが好きなのかと思った」

何か変なこと言ったのか、間宮は一瞬困ったような顔をして俯いて、遠慮がちな声で佐倉君は？と聞いた。
「オレ？オレは実は音楽とかにはあんまり興味なくて、紺野が勝手に部屋に置いていくＣＤを聴くくらいかなあ」
話を盛り上げようと思い、勢いよく喋ったオレの言葉を間宮はただ微笑を含んだ不思議な表情で聞いているだけで、全然話にノッてこない。

昨日も思ったんだけど、なんか間宮は普通の人間とテンポが違う。
今時の大学生という感じがまったくしない。
浮世離れしてるというか。

だけど間宮の回りには独特の暖かくて柔らかい空気が流れてるみたいで、それは一緒にいて決して気分の悪いものじゃなかった。
こう見えてもオレって結構人見知りで、そのくせお調子者だったりするからすぐ相手のテンポに合わせようとして、すごく気疲れしたりする。
でも、まだ知り合ったばかりの間宮とは、肩の力を抜いて自然体でいられた。

間宮も、器用に人付き合い出来るタイプには見えないから、こういうのはやっぱり相性なんだと思う。

その後の会話で間宮がオレ以上に最近流行の音楽を知らないことが発覚して、オレたちは講義が終わったら一緒にCDを買いに行く約束をした。
「そうだ、間宮の好きなドビッパ？だっけ。それも教えてくれよ。オレも聴いてみるから」
やっぱり困ったような曖昧な笑顔で、間宮は「いいよ」と言った。



***



オレの部屋の中古品一万円ぽっきりで買ったＣＤラジカセから格調高いピアノの音が流れている。
『月の光～ドビュシューのピアノ練習曲』のＣＤジャケットを手に取って、オレはうーんと唸った。
間宮秋一。
やっぱ、よくわかんねえヤツ。

ピアノの演奏なんか聴いても、オレには子守唄にもならないらしく眠気さえやってこない。

チラッと横に置いたスマホを見た。
眠れないのは、電話を待っているからかもしれない。
ごめん、ってもう一度言ってくれたら「うるさいなあ、もういいよ」って言ってやるのに。
それとも紺野はオレと喧嘩したことなんてどうでもよくて、今頃はミキちゃんとよろしくやってるのかもしれない。
やってる最中に間違っても「ナオコさん」なんて言うなよ、おまえ。

頭の中に浮かべる、嫌味な位整った紺野の顔に向かって言ってやる。
おまえが謝んなきゃ、もう絶対やらしてやんねえからな。
カラダの恋人解消だ。
恋煩いで切なくて熱くてたまんない夜は自分で抜け。
はああああ、とため息を吐いてオレは目をつむった。