カラダの恋人

フジキフジコ

文字の大きさ
上 下
23 / 91
カラダの恋人【第二部】

7.痴話喧嘩

しおりを挟む
僕たち三人は歩いて僕の家に向かう間も、家にあがってからも弾むような話題があるわけでもなく、重い空気だけを分け合っている。

居間に落ち着き、二人にインスタントコーヒーを出したあとは、僕もすることがなくて、佐倉君と紺野君を交互に見ながらビクビクしていた。

あんまり沈黙が重くて、ふと紺野君の荷物の中に住宅情報誌が入っているのが見えたので、深く考えずにうっかり口を滑らせてしまった。

「あれー、紺野君、引越しすんの」
僕のその一言が、停滞していた問題を掘り起こすきっかけになってしまったらしく、紺野君は佐倉君の方を見ながら、あくまで口調は僕に対して返事をする。

「引っ越したいのはやまやまなんだけどさあ、同居人がグズでなかなか決まらないんだよ。困ってんだよね、オレ」
僕はカオから血の気が引いた。
「そう、た、た、たいへんだねえ」

「なにもグズなヤツと一緒に住まなくてもいいじゃねえか、なあ、四ノ宮」
鼻で笑いながら佐倉君が言う。
「そ、そ、そうかも…ね」

二人は睨み合いながら、見えない火花を散らしている。
「ああ、そうかよ!結局おまえはオレと一緒に住みたくないってことか、トモ!だったらそう言えよ、回りくどいことばっか言いやがって!」

………とうとう紺野君がキレたらしい。
まあ、時間の問題だとは思っていたけど。

「だから、そうじゃないって何度も言ってるだろ。おまえこそ、なんでそんなに急ぐんだよ。アレもコレもって、人のこと勝手に決めんじゃねえよ」
「勝手にってことねえだろっ!オレはおまえがッ」

「ちょっと、二人ともやめてよ、やだよお、もう」
「なんだよ四ノ宮!なんでいんだよ、おまえ!」
なんでって、ここ僕の家なんですけど…。

一瞬、邪魔者を見るような目つきで僕の方を見た二人は、次の瞬間にはまた僕の存在を忘れて、二人で向かいあって睨みあっている。
無言のまま、しばらくそうしていて、紺野君が根負けしたように視線をふっと逸らした。

「結局、おまえはオレがおまえのことを想ってるほど、想ってないんだよな、オレのこと」
「紺野」
「わかってるって思ってたのはオレだけ。そうなんだな、トモ」
「わかるわけ、ないだろ。おまえは何でも自分で決めちゃって、オレに相談したりしねえじゃねえか。カンボジアのことだって、オレは聞いてない」
「え?なんで知ってんの、カンボジアのこと」

やっぱり、そうだったんだ。
紺野君、カンボジアに行く気なんだ。
「本当、なんだな?本当に行くんだな?どうして、そんな大事なこと一人で決めて…」
「だって、しょうがねえじゃん。トモ、飛行機乗れないだろ?船で行けるようなとこじゃねえよ?」
「そういう問題じゃねえだろ!馬鹿っ!」
「馬鹿ってなんだよ!オレだってどうせならおまえと一緒にアンコールワット見てえよ!おまえが飛行機さえ乗れれば、一緒に卒業旅行出来たじゃねえか!」
「あ?アンコールワット?卒業旅行?」

佐倉君が、思い出したように僕の方をみた。
四ノ宮、どういうことだよってカオして。
仕方なく、僕は紺野君に聞いた。

「えっと、紺野君、海外青年協力隊の一員として、カンボジアに井戸掘りに行くんじゃないの?2年契約で」
「井戸ぉ?四ノ宮、おまえ、何言ってんだ。なんで卒業旅行で井戸掘んだよ」
「だって!この前大学の掲示板見てたじゃない。メモもとってたし、なんか思いつめた表情で」
「は?大学の掲示板?見たよ、そういえば。家庭教師のアルバイト募集のやつな。前の女子高生、クビになったんだよ。テストで赤点取りやがってさ、オレのせいじゃないのに、あったまくるよなあ。で、新しい口探してるんだけど?」

ははははは、と爽快に笑う紺野君に、僕も佐倉君も言葉を失った。
よくよく考えれば、海外青年協力隊なんて、すごい強引な勘違いって気がするよ、僕も。
いたたまれなくて、僕は出来ることなら二人の前から消えたかった。

「なんだよ、トモもオレが2年もカンボジアに行くと思ったの?そんなわけないじゃん。オレ、今おまえと離れるつもりないから」
「…紺野」

佐倉君は顔を真っ赤にした。
そしてちょっと困ったように、言う。
「どうして、おまえはそういうことはっきり言えんだよ」
「オレはおまえと違って自分の気持ちに自信があるんだよ。なあ、トモ。オレだけなの?ずっとトモと一緒にいたいって思ってるの、オレだけなのかよ?言ってくれないとわかんないことだってあるんだぜ」
「紺野…。オレだってそりゃ、一人でいるとき、時々は今おまえがいたらなって、思うことはあるよ。でも、でもさあ、しょっしゅう一緒にいたら息が詰まることだってあるかもしれないだろ。おまえだって、オレのことを鬱陶しいと思うことだってあるに決まってる。そういうの、やなんだよ、オレは」
「トモ。はじめてだな、そういうこと言ってくれたの。やべえ、オレ、超ウレシイかも」

紺野君が佐倉君の両腕を掴んだ。
なんか今にも抱き合いそうだよ、この二人。
頼むから僕の存在、思い出してよね。
「ばか、紺野」
佐倉君もそんな可愛く恥らうような態度とらないでってば!
紺野君の顔がニヤついてるよ!どんどんその気になってるよ!

「…トモ」
紺野君が佐倉君を引き寄せようとしたとき、たまらず僕はコホンと小さな咳払いをした。
瞬間、二人はお互いから飛ぶように離れた。
そして同時に言った言葉がこれ。
「四ノ宮!なんでいんの、おまえ」
あーあ、やってられません。
しおりを挟む
1 / 4

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

キスだけ、できない

BL / 連載中 24h.ポイント:14pt お気に入り:23

先生、おねがい。

BL / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:187

エリート先輩はうかつな後輩に執着する

BL / 連載中 24h.ポイント:3,551pt お気に入り:1,694

ネームレスセックス

BL / 完結 24h.ポイント:49pt お気に入り:28

春に落ちる恋

BL / 連載中 24h.ポイント:28pt お気に入り:658

出逢えた幸せ

BL / 連載中 24h.ポイント:63pt お気に入り:463

そして全てが奪われた

BL / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:205

処理中です...