56 / 81
56かりそめの妃③
しおりを挟む
王宮に住んで8年が経とうとしている。細々とだが、ルイはその間でも活動を続けている。
楽しいことも寂しいこともひとしおで、レオポルドが居てくれたら文句はいらない。シオン家の一員として、あるいは第三王子の妻としての肩書きを忘れたことはない。嫁入り前に嫌というほど覚えさせられた口上を、出会う人に繰り返すのだから。
「かりそめ」
マルクス王子、王国の後継者はかく言うのである。ルイの年月をそのように言い表してくる。自分の行ないや、成し遂げてきたことが雲散霧消するかのようだった。
「私はなにか?レオポルド様の本当の妻ではないということですか?」
断定された側は、実に不本意なことであった。どこを向いて話すべきだろう、前に立つ男に精いっぱい食い下がるべきなのか。それともレオポルドに視線を合わせるのがよいだろうか。
「そうだ」
「違う!!兄上っ、いいかげんなことを言うのはもうやめろ!!」
身体の内から熱が湧いてくる。なぜかルイは心の芯が定まらなくなり、震えが止まらなかった。
そうだ。ルイは今になって思い出す。マルクス王子は、自分とレオポルドの婚礼に出席していなかったではないか。
「私は……なら、どうして今まで」
「野放しだった理由を知りたいか?簡単な話さ、レオポルドがあんたにいつまでも肩入れしていたせいだ」
なんていう、いいかげんな理屈だろう。さらりと言い流してくるが、その内容はルイにとって非常に厄介であった。自分が好き勝手にできていた、王宮を我が物顔で歩けた要因。これまでの8年間を守り続けてくれた存在がいることを、ルイは敏速に感じ取っていく。
(彼が私に関心を寄せてくれていなかったら)
きっと、自分は王宮にいられなかったのだろう。ルイはつまびらかにされていく真実に触れた。レオポルドが異常なほどに執着してくる理由もそこに隠されていたのだ。王族のめんどうな陰謀に巻き込まれるのを、レオポルドは未然に防いでくれていたのだ。
「俺と母上の予定ではな、婚礼が終わりしだいルイ妃には宮を退いてもらうはずだったのだ。そしてその後には」
「もうしゃべるな」
殺意を膨らませた声が、場を強引に引き寄せていく。
レオポルドが、ずかずかと兄王子の前に立ちふさがっていた。怒り心頭のもと、彼の右手がわなないているのが横からでも認められた。
「レオポルド。いいかげん目を覚ませ。お前がやっていることは、ままごとみたいなものなんだよ」
「口を閉じろ。ルイの前だからと大人しくしていた俺が馬鹿だった」
足場を揺らすほどの衝撃に、ルイは一瞬よろついた。何が起こったかを判断するより前に、レオポルドが前に向けて突進していた。
大男が互いに譲るまいと体をぶつけ合う。手傷も疲れも特に気にしていないように、両者とも倒れることがない。意識が続くまで殴り蹴るような気配があった。
ルイはまた置いてけぼりとなってしまう。二人がどうやら自分のことで揉めているとわかっただけ。場を収めるために来たのに、このままでは喧嘩を焚き付けただけになってしまった。
「離縁してしまえ!!この朴念仁が、お前のために言ってやってるんだぞ」
「黙れ!!俺がルイと離れられるわけないだろ!!」
言葉の応酬。尊い身分の彼らは実力行使に打って出ている。今どき、幼児でもこんな暴れ方はしない。
肉と骨がぶつかる鈍い音に、誰もが耳を塞ぎたくなることであった。ただ唯一、ルイはその音を聞き続けて不思議な想いを巡らせていた。
悔しかった。無性に悔しくて、自分自身に苛立ちを覚える。レオポルドを狂人だと少しでも勘違いしていた自分を呪ってやりたい。彼の隠しきれない愛情に戸惑っていた過去の自分を、思いっきりぶん殴ってやりたくなる。
悔しかったけど、なぜか、それと同じくらい心が満たされている。レオポルドがどれだけ真剣に自分を考えてくれているか。どんな花より言葉よりも説得力がある、この殴り合いの現場が、ルイにとっては新鮮すぎた。
「やめてください!!これ以上はっ、レオ様!!」
けれども心と身体には厳しく鞭を打たなければ。ルイはレオポルドに後ろから飛びかかり、彼の手足に抱き着いていた。拘束するには非力で、まったく心許ないのは承知の上である。
「ルイ!!」
「もう十分です、やめてください!!」
憎しみを抑えろと、ルイは夫に必死に語りかける。自分のために怒ってくれている彼。健気に兄に抵抗を示す姿には、どうしても頼みづらい。
できればルイもマルクス王子には相応の報いを与えてやりたかった。このまま、梯子を外そうとしてくる張本人をめった打ちにしたい。
「離縁なんて命じられて黙っていられるか!!危ないからどけって!!」
「兄君を、素手で殴っていい道理なんてありません」
でもそんな子どもじみた気持ちでいるわけにはいかない。大人になったレオポルドなら、それがわかっているだろう。どうか落ち着いてほしい。彼自身の将来のため、長男を足蹴にしたと噂を広めるわけにはいかないのだ。
楽しいことも寂しいこともひとしおで、レオポルドが居てくれたら文句はいらない。シオン家の一員として、あるいは第三王子の妻としての肩書きを忘れたことはない。嫁入り前に嫌というほど覚えさせられた口上を、出会う人に繰り返すのだから。
「かりそめ」
マルクス王子、王国の後継者はかく言うのである。ルイの年月をそのように言い表してくる。自分の行ないや、成し遂げてきたことが雲散霧消するかのようだった。
「私はなにか?レオポルド様の本当の妻ではないということですか?」
断定された側は、実に不本意なことであった。どこを向いて話すべきだろう、前に立つ男に精いっぱい食い下がるべきなのか。それともレオポルドに視線を合わせるのがよいだろうか。
「そうだ」
「違う!!兄上っ、いいかげんなことを言うのはもうやめろ!!」
身体の内から熱が湧いてくる。なぜかルイは心の芯が定まらなくなり、震えが止まらなかった。
そうだ。ルイは今になって思い出す。マルクス王子は、自分とレオポルドの婚礼に出席していなかったではないか。
「私は……なら、どうして今まで」
「野放しだった理由を知りたいか?簡単な話さ、レオポルドがあんたにいつまでも肩入れしていたせいだ」
なんていう、いいかげんな理屈だろう。さらりと言い流してくるが、その内容はルイにとって非常に厄介であった。自分が好き勝手にできていた、王宮を我が物顔で歩けた要因。これまでの8年間を守り続けてくれた存在がいることを、ルイは敏速に感じ取っていく。
(彼が私に関心を寄せてくれていなかったら)
きっと、自分は王宮にいられなかったのだろう。ルイはつまびらかにされていく真実に触れた。レオポルドが異常なほどに執着してくる理由もそこに隠されていたのだ。王族のめんどうな陰謀に巻き込まれるのを、レオポルドは未然に防いでくれていたのだ。
「俺と母上の予定ではな、婚礼が終わりしだいルイ妃には宮を退いてもらうはずだったのだ。そしてその後には」
「もうしゃべるな」
殺意を膨らませた声が、場を強引に引き寄せていく。
レオポルドが、ずかずかと兄王子の前に立ちふさがっていた。怒り心頭のもと、彼の右手がわなないているのが横からでも認められた。
「レオポルド。いいかげん目を覚ませ。お前がやっていることは、ままごとみたいなものなんだよ」
「口を閉じろ。ルイの前だからと大人しくしていた俺が馬鹿だった」
足場を揺らすほどの衝撃に、ルイは一瞬よろついた。何が起こったかを判断するより前に、レオポルドが前に向けて突進していた。
大男が互いに譲るまいと体をぶつけ合う。手傷も疲れも特に気にしていないように、両者とも倒れることがない。意識が続くまで殴り蹴るような気配があった。
ルイはまた置いてけぼりとなってしまう。二人がどうやら自分のことで揉めているとわかっただけ。場を収めるために来たのに、このままでは喧嘩を焚き付けただけになってしまった。
「離縁してしまえ!!この朴念仁が、お前のために言ってやってるんだぞ」
「黙れ!!俺がルイと離れられるわけないだろ!!」
言葉の応酬。尊い身分の彼らは実力行使に打って出ている。今どき、幼児でもこんな暴れ方はしない。
肉と骨がぶつかる鈍い音に、誰もが耳を塞ぎたくなることであった。ただ唯一、ルイはその音を聞き続けて不思議な想いを巡らせていた。
悔しかった。無性に悔しくて、自分自身に苛立ちを覚える。レオポルドを狂人だと少しでも勘違いしていた自分を呪ってやりたい。彼の隠しきれない愛情に戸惑っていた過去の自分を、思いっきりぶん殴ってやりたくなる。
悔しかったけど、なぜか、それと同じくらい心が満たされている。レオポルドがどれだけ真剣に自分を考えてくれているか。どんな花より言葉よりも説得力がある、この殴り合いの現場が、ルイにとっては新鮮すぎた。
「やめてください!!これ以上はっ、レオ様!!」
けれども心と身体には厳しく鞭を打たなければ。ルイはレオポルドに後ろから飛びかかり、彼の手足に抱き着いていた。拘束するには非力で、まったく心許ないのは承知の上である。
「ルイ!!」
「もう十分です、やめてください!!」
憎しみを抑えろと、ルイは夫に必死に語りかける。自分のために怒ってくれている彼。健気に兄に抵抗を示す姿には、どうしても頼みづらい。
できればルイもマルクス王子には相応の報いを与えてやりたかった。このまま、梯子を外そうとしてくる張本人をめった打ちにしたい。
「離縁なんて命じられて黙っていられるか!!危ないからどけって!!」
「兄君を、素手で殴っていい道理なんてありません」
でもそんな子どもじみた気持ちでいるわけにはいかない。大人になったレオポルドなら、それがわかっているだろう。どうか落ち着いてほしい。彼自身の将来のため、長男を足蹴にしたと噂を広めるわけにはいかないのだ。
241
あなたにおすすめの小説
完結|好きから一番遠いはずだった
七角@書籍化進行中!
BL
大学生の石田陽は、石ころみたいな自分に自信がない。酒の力を借りて恋愛のきっかけをつかもうと意気込む。
しかしサークル歴代最高イケメン・星川叶斗が邪魔してくる。恋愛なんて簡単そうなこの後輩、ずるいし、好きじゃない。
なのにあれこれ世話を焼かれる。いや利用されてるだけだ。恋愛相手として最も遠い後輩に、勘違いしない。
…はずだった。
【完結】おじさんはΩである
藤吉とわ
BL
隠れ執着嫉妬激強年下α×αと誤診を受けていたおじさんΩ
門村雄大(かどむらゆうだい)34歳。とある朝母親から「小学生の頃バース検査をした病院があんたと連絡を取りたがっている」という電話を貰う。
何の用件か分からぬまま、折り返しの連絡をしてみると「至急お知らせしたいことがある。自宅に伺いたい」と言われ、招いたところ三人の男がやってきて部屋の中で突然土下座をされた。よくよく話を聞けば23年前のバース検査で告知ミスをしていたと告げられる。
今更Ωと言われても――と戸惑うものの、αだと思い込んでいた期間も自分のバース性にしっくり来ていなかった雄大は悩みながらも正しいバース性を受け入れていく。
治療のため、まずはΩ性の発情期であるヒートを起こさなければならず、謝罪に来た三人の男の内の一人・研修医でαの戸賀井 圭(とがいけい)と同居を開始することにーー。
何も知らない人間兄は、竜弟の執愛に気付かない
てんつぶ
BL
連峰の最も高い山の上、竜人ばかりの住む村。
その村の長である家で長男として育てられたノアだったが、肌の色や顔立ちも、体つきまで周囲とはまるで違い、華奢で儚げだ。自分はひょっとして拾われた子なのではないかと悩んでいたが、それを口に出すことすら躊躇っていた。
弟のコネハはノアを村の長にするべく奮闘しているが、ノアは竜体にもなれないし、人を癒す力しかもっていない。ひ弱な自分はその器ではないというのに、日々プレッシャーだけが重くのしかかる。
むしろ身体も大きく力も強く、雄々しく美しい弟ならば何の問題もなく長になれる。長男である自分さえいなければ……そんな感情が膨らみながらも、村から出たことのないノアは今日も一人山の麓を眺めていた。
だがある日、両親の会話を聞き、ノアは竜人ですらなく人間だった事を知ってしまう。人間の自分が長になれる訳もなく、またなって良いはずもない。周囲の竜人に人間だとバレてしまっては、家族の立場が悪くなる――そう自分に言い訳をして、ノアは村をこっそり飛び出して、人間の国へと旅立った。探さないでください、そう書置きをした、はずなのに。
人間嫌いの弟が、まさか自分を追って人間の国へ来てしまい――
あなたと過ごせた日々は幸せでした
蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。
地味メガネだと思ってた同僚が、眼鏡を外したら国宝級でした~無愛想な美人と、チャラ営業のすれ違い恋愛
中岡 始
BL
誰にも気づかれたくない。
誰の心にも触れたくない。
無表情と無関心を盾に、オフィスの隅で静かに生きる天王寺悠(てんのうじ・ゆう)。
その存在に、誰も興味を持たなかった――彼を除いて。
明るく人懐こい営業マン・梅田隼人(うめだ・はやと)は、
偶然見た「眼鏡を外した天王寺」の姿に、衝撃を受ける。
無機質な顔の奥に隠れていたのは、
誰よりも美しく、誰よりも脆い、ひとりの青年だった。
気づいてしまったから、もう目を逸らせない。
知りたくなったから、もう引き返せない。
すれ違いと無関心、
優しさと孤独、
微かな笑顔と、隠された心。
これは、
触れれば壊れそうな彼に、
それでも手を伸ばしてしまった、
不器用な男たちの恋のはなし。
わからないから、教えて ―恋知らずの天才魔術師は秀才教師に執着中
月灯
BL
【本編完結済・番外編更新中】魔術学院の真面目な新米教師・アーサーには秘密がある。かつての同級生、いまは天才魔術師として名を馳せるジルベルトに抱かれていることだ。
……なぜジルベルトは僕なんかを相手に?
疑問は募るが、ジルベルトに想いを寄せるアーサーは、いまの関係を失いたくないあまり踏み込めずにいた。
しかしこの頃、ジルベルトの様子がどうもおかしいようで……。
気持ちに無自覚な執着攻め×真面目片想い受け
イラストはキューさん(@kyu_manase3)に描いていただきました!
【完結】執着系幼馴染みが、大好きな彼を手に入れるために叶えたい6つの願い事。
髙槻 壬黎
BL
ヤンデレ執着攻め×鈍感強気受け
ユハン・イーグラントには、幼い頃から共に過ごしてきた幼馴染みがいる。それは、天使のような美貌を持つミカイル・アイフォスターという男。
彼は公爵家の嫡男として、いつも穏やかな微笑みを浮かべ、凛とした立ち振舞いをしているが、ユハンの前では違う。というのも、ミカイルは実のところ我が儘で、傲慢な一面を併せ持ち、さらには時々様子がおかしくなって頬を赤らめたり、ユハンの行動を制限してこようとするときがあるのだ。
けれども、ユハンにとってミカイルは大切な友達。
だから彼のことを憎らしく思うときがあっても、なんだかんだこれまで許してきた。
だというのに、どうやらミカイルの気持ちはユハンとは違うようで‥‥‥‥?
そんな中、偶然出会った第二王子や、学園の生徒達を巻き込んで、ミカイルの想いは暴走していく────
※旧題「執着系幼馴染みの、絶対に叶えたい6つの願い事。」
【完結】「奥さまは旦那さまに恋をしました」〜紫瞠柳(♂)。学生と奥さまやってます
天白
BL
誰もが想像できるような典型的な日本庭園。
広大なそれを見渡せるどこか古めかしいお座敷内で、僕は誰もが想像できないような命令を、ある日突然下された。
「は?」
「嫁に行って来い」
そうして嫁いだ先は高級マンションの最上階だった。
現役高校生の僕と旦那さまとの、ちょっぴり不思議で、ちょっぴり甘く、時々はちゃめちゃな新婚生活が今始まる!
……って、言ったら大袈裟かな?
※他サイト(フジョッシーさん、ムーンライトノベルズさん他)にて公開中。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる