跡取りはいずこへ~美人に育ってしまった侯爵令息の転身~

芽吹鹿

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11音と声


 昨日の調子が嘘みたいに宮殿内は重々しい空気が流れている。朝靄が晴れ渡った頃になると、教会の大鐘楼が地を揺らすほどの音を鳴らし立てた。記念式の開催が大仰に告げられる。


「我が帝国の繁栄を祝うべしとのお告げが今、神より下された!!これよりは大陸統一の偉業を成し遂げた大いなる我が帝国を褒め称えようではないか」


 教会から遣わされた坊主の讃美歌が唱えられ、神への祝詞が並べ立てられる。この日に限っては侍従や女官も動くことをしない。ただ与えられた位置で突っ立っていることに専念する。うたた寝でもしてしまえば即刻首を落とされることもあるのだから、邪念を捨て、疲労や睡魔といった敵にも相手取る。


「ここにおわすは、ロイスの安寧を見守る皇后陛下である!!全員起立せよ!!」


 帝国宰相の鋭い声が広間を包みこむ。それに対して参加者側はどうかというと、これがなんとも間抜けな絵面だった。列席が予定されている貴族が未だほとんど見えていない。何重にも並べられた椅子がちょこんと置かれてあるだけ。無駄に声を張ったおかげで反響音が壇上側にそのまま返ってくる始末だ。


 ハヤセは主催者と同じ側に立って、貴族が悠長に入場してくる光景を窺うことができていた。


 列席者の入場順序は家格の高さで決まっていた。これは古くからの慣習である。初めは低級爵位の家柄の、家長や代表者たちがぞろぞろと入ってきて後列の椅子を埋め尽くした。この時点で大半の諸侯が式に遅刻している。だがあくまで慣習通りだということを付言しておかなければならない。


 続けて中流貴族たちが慌ただしく席に案内され、それからごくごく微妙な時差があってから上澄みの大貴族たちが顔を出すようになってくる。


ストロガノフ候爵、カンテ候爵、レプニン侯爵


 富と威信を独占する侯爵家の家長がずらりと姿を現わす。彼らの登場のたびにハヤセは心臓の鼓動が早くなっていくのを感じた。立場上、いつかは出会うことが決まっていたのだ。もはや逃げも隠れもできないことは承知の上であった。


レイフィールド侯爵


 その名前を扉前の守衛が一斉に叫ぶ。昨日の前夜祭でもそれなりの覚悟をしていたのだが、最悪の再会は今日果たされることとなった。頑強な大男が悠然と歩いてくる。武人の証ともいえる盛り上がった筋肉が、かしこまった服の上からでもわかる。


 オックス・レイフィールド。ハヤセの父である彼は広間に着いてからは特に目立った挙動もとらず侍従の招きに応じていた。他の貴族と同じく呑気にもあてがわれた椅子にゆっくりと腰を下ろす。


 しかし座りこんで早々のことだ。彼が壇上を眺めては人の顔を物色するように目を素早く配しているのがわかった。

 こちらを探している。

 その対象は紛れもなくハヤセ本人だろう。見てはいけないと視線を逸らしても最前列に座る侯爵のことだ。嫌でも互いが視界に入ってくる。


 黒髪、小柄、容貌。これらの条件さえ当てはめられてしまえばオックスの目から逃れることはできなかった。対面するハヤセとはたと目が合った途端、父は挨拶代わりといわんばかりに不気味な笑みを浮かべてくる。胸が締め付けられる。あの顔で見られたのはいつぶりであろう。自分の腹の底が見透かされているのではないかと怖くなる。


 女装の上、限りなく雰囲気を昔から遠ざけたはずなのに。見つかるのが早すぎた。
 その後もユンター公爵、デイナイン公爵、ブレノフ公爵と最有力諸侯の名が呼ばれていくがハヤセには知ったことではなかった。


 対人関係には殊更気を遣う父のことである。きっと実の子が女官に転身していたとしてもわざわざ暴こうとはしないだろう。たとえ性別詐称とわかったとしても、父は黙っていてくれる。冷静に考えれば大丈夫だ。ハヤセが宮廷に仕えると知った時の父の喜び顔を思い出せば良い。初めて間近で見た最初で最後の満面の笑みである。


 しかしあれが万が一にも、嘘偽りの笑顔だとしたら。


 もしも自分の正体をバラすようなことがあったら。廃嫡子は用済みだと強硬な態度に出てこられたら、自分は居場所を失ってしまうことだろう。男と暴かれてこの場で糾弾され、やはり性別を偽ったことで帝宮を追われるという最悪のシナリオがよぎってしまう。あの不気味な笑いを思い出すと、父に心底畏怖して、冷や汗が止まらなくなる。


 ハヤセが胸中悶え苦しんでいる間、宮殿の外では騒々しさが増しつつあった。遠方から聞こえる微かな歓呼の声。それがしだいに豪雨のような爆音として打ち響いてくる。刻限とは関係のない鐘の音、雑多に奏でられる勇ましい詩歌が聞こえる。まるで勝利の凱旋を祝うかのように。昨日の宴の熱気がぶり返してくるかのようでもあった。こだまするけたたましい声がこちらへと近づいてくる。


「これは……何事か!?」


 式どころではない。ごごごと外気が唸っている。天変地異の前触れか。
 そんな帝国宰相の戸惑いは明白であった。彼ののべつ幕無しに帝国を称える演説が途切れた。じわじわと宮殿を囲いだす人の声に、ハヤセですら、ただ事ではない何かが起こっていることには察知できた。


「皇太子殿下の帰還であります!!!!アルベール・ロイゼン皇太子殿下の帰還であります!!!」


 この時を待ちわびていたかのように番兵の一人がそう叫んだ。この人の波に乗ってやって来たのは、もしや皇太子か。一気に宮殿内がざわつき出す。ほとんどそれと同時に宮殿の門をくぐり抜ける人影。ハヤセはそれを捉えることもしなかった。


~~~~~


「全員起立せよ!!ロイス帝国は皇太子、アルベール・ロイゼン殿下のお成りである!!!!」


 壇の中央にその人は腰掛ける。場内を圧倒する彼の風貌に主催者側も参加者側も黙ってはいられなかった。宰相やランドルフ、オックスですら鳥肌の立つ思いがした。
 成人の儀やデビュタントで見た若かりし獅子は、あれからまた見違えるほどに大人びて成長している。

 縦に長かった体躯はさらに肉を付けて逞しくなった。各国諸邦を巡った足腰は鍛えに鍛え抜かれた武人のものと大差がない。黄金の髪の下から覗く眼は、力強く雄々しい鷹を想わせる。


 ロイスの伝統的な軍服をまとった皇子の立ち居。それを見ると誰もが光り輝く未来を予感せずにはいられなかった。


 ただ一人、ハヤセはわかりやすく当惑している。幼馴染はどこに視点を落としても男らしい顔かたちをしている。とてつもない美丈夫なのは言わずもがなであろう。

 均整のとれた身体は立派としか言いようがなかった。男であれば一度は憧れてしまう強靭な肉体に、ハヤセは軽く嫉妬も漏らした。ただし見覚えがあるのは金髪碧眼なこととくっきりとした鼻の形のみ。まさか彼が八年前に野山を共に駆け回った友人だとは思えなかった。俯き黙っている皇太子の面だけでは、在りし日の記憶すら蘇ってはこなかったのだ。


 皇太子が凱旋のように祝われながら帰ってきたことがまずかった。ざっと見積もって千と数百。
 守衛の手に負えない数の群衆が宮殿の周りを取り囲むようにしている。ほとんどが民衆。式に出られなかった下級役人もいることだろう。


 そのままの数で宮殿に雪崩れ込まれでもしたら、式典どころか神聖なる帝宮が汚されてしまいかねない。恐ろしいのは、この永遠に続く騒がしさもそうである。
 皇太子を熱望する純粋な声だろうから止めるのも忍びない。しかし彼らの声が止まない限り、改めて式の再開などできるはずがないのだ。宰相ら、式典の責任者たちは頭を抱えた。このまま民衆がしつこく留まるようであれば、式自体の延期か中止の可能性すら見えてくる。厄介なものだが最優先事項は民衆を落ち着かせることだ。


「ひとまず式は一時中断とする。列席者たちには個室でしばし休憩してもらうようにいたせ。空き部屋であれば大小は問わん。諸々迅速に対応せよ」


 守衛の兵たちは外の騒ぎを鎮静化させるために全員が出張っていった。侍従長の不在を見るに、男手は外へ駆り出されるらしい。宰相の一声に従って、ハヤセは部屋の割り当てを使用人たちに事細かく指示していった。貴族諸侯一人一人を個室に入れるなど初めての試みで、まったく手探りの状態だ。


 宮殿の全体図をしがみつくようにして見ていると、父のことなどもはや気にもならない。目の前にある自分の役目を果たすことで精一杯だった。油断も隙も与えず素早く丁寧に部屋を振り分けていく。
順次使用人たちを解き放ち、手あたり次第に貴族の誘導を開始させる。空いてさえいれば部屋の大小は問わない。

 宮殿の未使用な空間をひたすら人で埋めていかせた。


「ハヤセ」


こちらも動き始めようかという矢先に背後から名前を呼ぶ声がした、気がする。外の絶え間ない音のせいではっきりと聞き取れなかった。


「ハヤセ!!おい、俺だよ」


「え?」


 一度は知らないふりをしたが、次は間違いなかった。振り返ると、目の前には分厚い胸板。その上にのる理想通りの男の顔に呆気にとられてしまった。


「皇太子…………殿下?」


「ハヤセ、ずいぶんと綺麗になったな」


 自分の背丈が相手の胸ほどしかないことに愕然としながらもようやく会えた幼馴染の姿を目に焼き付ける。喩えようもない胸の高ぶりを抑えるのに必死だった。これからやるべきことが山積しているというのにだ。この八年越しの再会を手放しに喜んでいいものか。


ハヤセは苦渋を飲まされたみたいな苦笑いを浮かべてしまった。

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