跡取りはいずこへ~美人に育ってしまった侯爵令息の転身~

芽吹鹿

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22イヴの視界~男か女か②~

 会場の騒ぎが遠のいていく。
 女官長が退場しても混乱が大して収まらないのは、先の毒殺だの呪殺だのと騒いでいた人のせいであった。

 会場に並べられた菓子類、茶類、酒類の毒見はなされていない。全て市場から取り寄せたままの姿で出されていた。


 根も葉もない言い草だが、それらを口にしていた客人からすれば堪ったものではない。毒が入っているのかと皇后陛下に詰め寄る人々の多いことだった。倒れた女官長の心配よりも、自分の生死を不安がる人のほうが大多数であったのだ。


 騒ぎの渦中、会場を抜けて廊下を渡っていく。何人かの衛兵に出くわしたがこちらに気をかけてくる者はいない。あからさまに知らんぷりを決め込んでいる。人が倒れても無関心でいるエイナ宮の使用人を、イヴはあからさまに卑下した。


「あなたの名前は?それと、ハヤセとはどういう関係?」


 デイナイン公爵夫人は女官長を易々と運び歩きながら、そう訊ねてくる。


「イヴ・ハーツと申します。ハヤセ女官長直属の部下です」


「ふーん。全部知っているの?」


 「全部」と夫人は殊更にそこを強調してくる。イヴは若干引っかかりを感じたが、今日の出来事ならば「全部」知っていると、強く頷いてみせた。


「そう……ハヤセも信頼し合える人を見つけたのね」


「…………」


「また手紙を出さなくなっていたから、ハヤセ。心配だったけれど。取り越し苦労だったかしら」


 胸にしまった女官長に夫人はそっと呟いた。それでも横抱きにされた女性は昏々と眠り続けている。



 夫人とイヴが辿り着いたのは寝台を揃えた一室である。

 腕の痺れに耐えかねたように、女性をベッドに乗せ上げた瞬間、夫人は悶絶の声を漏らした。


「痛……」


 イヴの出る幕はほとんど無かった。運ぶことも道を先導することもせず、手持ち無沙汰に着いてきただけである。ひとまず部屋の扉は閉めて人目の心配は無くしておく。


 夫人がわざわざここまで来たことに理由を見出さずにはいられない。きっと女官長の根深い秘密を知っているのだろう。イヴは追及したがった。


「じゃあハヤセの服を脱がせましょう」


「あ……はい」


 フリル付きの前掛けを手早く取り外していく。黒一色に染まっても絶世の美女は変わらないとしみじみ思いながら、宮廷支給のワンピースにも手を掛け、下から順にボタンを取り去っていく。

 乱れた黒髪から覗く額からは、玉のような汗が吹き出していることがわかった。
 腹部の痛み。先日までは気にも留めていなかったが女官長はずっと痛みを感じていたのだろうか。


 ボタンを取り終えて顕わになった部分の肌は、やはり雪のように白かった。しかし懸念していた腹周りの布を夫人がめくり上げると、その理想は砕け散ることとなった。


「何これ…………」


 目を覆いたくなるほどの痣の数々。見るだけで嗚咽が走ってしまう。浅黒く染まった肌。
 真っ白な身体にまるで斑点のように滲んだ不吉なそれは、どうにも正体がわからない。デイナイン夫人は今にも泣き出しそうな顔で、その染みを指でなぞった。


「打撲痕かしら」


「そんな!!誰から」


 イヴは全力でかぶりを振った。自分の上司がまさかそのような危険に身を置いているとは受け入れられなかった。皇太子に大事に扱われて皇后からも気に入られている。

 いじめなんてもってのほかだ。彼女の直接的な政敵であろうストロガノフ家とは、一度しか相まみえたことがない。ハヤセ・レイフィールド憎しと思っている人など帝宮内にはいないはず。そこだけはイヴは譲れなかった。


 では打撲の痕でなければ、浅黒い染みの正体は何か。追究だってしたくない。部下が上司の尊厳を踏みにじって良いことなんてない。


 雲の上に感じたハヤセ女官長の存在が、急に近くなってくるのがやるせない。



 女官長は帝国で一番美しい女性だと公言できる。だがそんな女性だって闇を抱えていた。それがわかっただけ辛かった。



 腹から胸へ、白い柔肌を辿っていくとまるで女神の生まれ変わりみたいだ。下着からわかる小ぶりな胸の膨らみ、ほとんど目では捉えられない膨らみが、よく見ると確かに………、


「あれ………」


 下着から飛び出てきたのは布の塊だった。そして女性にあるべき胸の膨らみが見当たらない。気のせいだろうと、不躾は承知で下着の中を鷲掴む。


 感触はない。上手く呼吸ができない。激しい胸騒ぎを止められなかった。


「女……じゃないの?」


 そのつぶやきは、隣にいたイザベルにも聞き届けられた。彼女は頭を抱えて、女官とハヤセの顔を見合っていた。


「知らなかったのね。はぁ、この子の秘密がバレちゃった」


 なにか触れてはいけないものを開けてしまった。無知のイヴでも、それだけは確信することができた。
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