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25青い若さ
しおりを挟む「ハヤセ?」
嫋やかで自然な流れのせいで、皇子の方は完全に意表を突かれた。ぽすんとアルベールの胸の中に入りこんでくる小さな身体。柔らかい感触と、脳を揺さぶる花の香り。軍服に黒い髪がさらりと触れた。
「離れてくれ。これは……駄目だ」
「どうして駄目なのですか」
これほど積極的に近づいてくるハヤセはかつてない。アルベールは現状を整理するたびにありえないと首を振り回した。執務室に隣接する「鮮緑の間」。ここは皇家が仮眠に使う空間であって、守衛や従者を付けることをしない唯一の聖域といえた。
ハヤセは、それを知ってなお部屋に入りこんでいる。失礼をわかっていながら侵入し、ここでずいぶんと待機していたらしい。そしてそんな待ち伏せの理由が「恋人のふり」を乞うという意味不明なものだった。
「私たちは幼馴染ではありませんか。このように寄り添い合うことの何がいけないのでしょう」
懐に飛び込んできた相手が陰鬱のため息を一つ。麗しい顔は怪訝そうにこちらを見つめてくるが絶対に目を合わせてはいけない。合わせれば惑わされる。相応の危機感をアルベールは感じていた。
なぜならハヤセの発言と行動が伴っていない。彼の一言一句がおかしいのだ。
彼はまるで縋りつくように身体を密着させてきている。激しい鼓動も、乱れた呼吸音もわかる。冷気を帯びた口調とは裏腹の恥じらいの顔。これらが友愛によるものであるはずがない。
「冗談はよしてくれ、ハヤセ。こんなことは許されない」
「では先のお願いを聞いてください。そうでなければ動きたくありません」
「わけがわからない。幼馴染だと言った次には恋人の真似事を頼んでくる、お前の言動は無茶苦茶だ」
「無茶苦茶でいいから、私のささやかな願いだと思って受け入れてください」
ハヤセは恐れ知らずにも自らの要求を呑めという。ささやかな願い、というには難儀すぎる要求に、皇子は頷くことはしない。
「恋人のふり。してください。後生です」
冷たく囁くような声。どうしてか、皇子はこの声音を耳にするだけで肉体が痺れるような感覚を覚えてしまう。運動もしていないのに呼吸が勝手に荒ぶるのもそのせいであった。
「し……正気かハヤセ」
「ずっと正気です。殿下は?」
「殿下はどうなのです?」とやおら見上げてくる幼馴染の顔は蠱惑的な笑みを浮かべていた。殿下。その呼び方にも情が掻き立てられてしまう。
アルベールは正気ではない。ずっと前から。幼馴染を想うだけで心が燃えるように熱くなっていく。ハヤセは美人だ。その事実すらむず痒く感じてしまう。
「毎日私に触れてほしいのです。使用人たちが見ている前で」
「こんな風に」と懐中の美人は頬を擦り寄せてくる。アルベールが昏倒しかけたのは言うまでもない。だが今ある限りの抑止力をもって理性を保ち、ハヤセの具体的な望みについて頭を回した。
「それをして意味があるのか?ハヤセが本当に望んでいることは一体何なんだ?」
「…………」
「ハヤセ」
アルベールの悲痛な叫びは空回り、相手は言葉を止めた。軍服に手を添えてじっと押し黙る。無感情なのか表情もかき消して、小ぶりな唇をきゅっと固めている。
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