34 / 75
34惑わないで
何よりも愛おしい。
ハヤセを蝶のように愛でる気持ちは、アルベールの中で変わることはない。幼馴染で、かつての親友。今では狂おしいほど想い焦がれる意中の相手でもある。
乾いた魂が潤いを取り戻すかのように、ハヤセはアルベールの心身を癒す存在であった。彼のどんな願いも、いかに高価な宝玉でもハヤセが望めば惜し気もなく与える気構えでいる。
いつだって暇さえあれば見ていた。アルベールの意識はハヤセへ傾倒していくばかりだった。ハヤセが何を見て、どのような反応をするか。どこに彼の関心事があり、何に感動を覚えるのかまで。
際限なく情報を更新していくと、だんだんとわかってくることがあった。
ハヤセの感性は昔とあまり変わらないらしいこと。あの頃と見た目は様変わりしているが、本質を突き詰めれば慣れ親しんだかつてのハヤセその人だということを。
場所や状況によって笑い方を変える品のよさがあること。
アルベールの留学話をまるで少年のような顔色で聞き入っていたこと。
身長を揶揄うと可愛らしく不貞腐れること。
おいしかった料理の献立をしきりにメモしていたこと。
庭園で時を過ごせば、咲き誇る花よりも、それにまとわりつく虫に興味津々なところ。アルベールが止めなければ延々と女官たちを褒めちぎるところ。忍耐強く、しかし我儘もつい口に出してしまうところ。頑固すぎて侍従長をたじたじにさせることもある。
「俺は好きだったんだ」
アルベールは空元気でそう言った。
大地に咲くどんな花も、比べるには役不足すぎる。天上で戯れる冬の女神がいるのだとしたら、きっと御姿はハヤセと酷似しているに違いない。たとえ百個の誉め言葉を使ってもハヤセを満足に表すことはできないだろう。
堰を切った感情が外に漏れ出さないように理性で押し留めている。どれだけ愛を語ろうと気が済まないなと、アルベールは己自身を皮肉った。
「ごめん……なさいアルベール」
まともに目を合わさないでいたことが、どれだけ相手に不信感を抱かせていたことか。ハヤセはアルベールに指摘されるまで気がつくことはできなかった。
小洒落た部屋の一室に、憂鬱な空気が漂う。外の燦燦とした陽気が白昼夢のようにハヤセの眼界をかすめた。
「愛の言葉も…………あぁ、嘘だったんだよな」
アルベールの心が崩れ落ちていく。その瞳にどっと影が差すことを、ハヤセは絶対に見過ごすことはできなかった。
顔をほのかに紅潮させているアルベール。その頬にそっと手を伸ばすと、熱い、滾るような肌の温度を感じられた。
「俺を利用して、行き着く先は……どこだったんだ?」
「いいえ、いいえそんな利用するなんて」
「もう隠さないでいい。ハヤセが妃になりたいことはわかったよ。だから……、その先を教えてくれ」
先、妃に成り上がった先なんてわからない。ハヤセは思いもかけない問いに慌てた。
「先……その先……」
誰よりも偉くなって、父や家からのしがらみから抜け出すことができれば、あとは先のことなんて何も望まない。
望む権利すら無いことはわかっている。どれだけ業の深い、欲に塗れたことをしているか。反射的にのけぞってしまうほど自分が一番感じている。
「父親と同じ名誉は望むまい。皇家の財産にだって、お前はまるで興味がなかったはずだ」
全て見てきた今ならわかる。ハヤセが何かとんでもないことを考えていることが。理性のもとでハヤセを見れば、アルベールは手に取るように相手の心が読み取れた。
ゆえに警戒もしていたはずであった。
つとハヤセは大きな双眸を、初めて自発的にアルベールに差し向ける。
「なにも…………」
どちらから手を回したのか。二人は互いにきつく抱き合っていた。
ハヤセの髪が風に撫でつけられる。その黒い一片、さらさらと揺蕩う振分髪がはらりとハヤセの肩に降りていく。
熱を帯びるアルベールの頬に、触れるだけのひかえめな口づけがなされた。
「ハヤセ」
「なにもいらなかったの。僕は……私は」
相手の狼狽を感知しないで、ハヤセはその勢いのままに唇を寄せた。先まで石のように固まっていた彼が背伸びして、対する男にわざとらしい笑みを見せつける。
唇どうしが触れ合う時、アルベールは途端に息を止めた。避けることも、手で遮ることも可能だったのに身体は壊れた人形のように軋むだけ。
ただ甘い。五感が鋭く信号を送ってくるだけである。
「ふ……んっ…………」
熱を帯びた視線は、アルベールの制止が及ぶところではない。ハヤセがここまで暴走することを見越してはいなかったのである。
「やめ……っろ、ハヤセ」
「私を……ん……そう拒絶してほしいの。アルベール」
その行為にもはや意味はない。肩を揺すり、アルベールは相手の正気を確かめる。ハヤセはずいぶんと熱気に染まっているが、意を決したその眼光には、まだ人の心が幾分あるように見えた。
甘く慎ましいキス、それが次第に激化されていく。アルベールの理性の糸は途切れる寸前であった。
「んっ……、ん…………拒んでくれないと、止めない……から」
「なんでだよ!ハヤセ、そんなっ」
アルベールが危惧する「誘惑」の二文字。それが現実の身に降りかかろうとしていた。
「いいの……うっ……怖いのはもうたくさん」
ハヤセがうわ言のようにそう呟く。辺りをちりちりと照らす光の下に、彼の細い顔の輪郭が、影となって浮かんでいく。張り詰めた意識と場の空気を、さもあざ笑うかのように美人が口をつく。
「アルベール。お願い。私を……拒んで。それかもう、ぜんぶめちゃくちゃにしてほしいの」
あなたにおすすめの小説
【完結】一生に一度だけでいいから、好きなひとに抱かれてみたい。
村松砂音(抹茶砂糖)
BL
第13回BL大賞で奨励賞をいただきました!
ありがとうございました!!
いつも不機嫌そうな美形の騎士×特異体質の不憫な騎士見習い
<あらすじ>
魔力欠乏体質者との性行為は、死ぬほど気持ちがいい。そんな噂が流れている「魔力欠乏体質」であるリュカは、父の命令で第二王子を誘惑するために見習い騎士として騎士団に入る。
見習い騎士には、側仕えとして先輩騎士と宿舎で同室となり、身の回りの世話をするという規則があり、リュカは隊長を務めるアレックスの側仕えとなった。
いつも不機嫌そうな態度とちぐはぐなアレックスのやさしさに触れていくにつれて、アレックスに惹かれていくリュカ。
ある日、リュカの前に第二王子のウィルフリッドが現れ、衝撃の事実を告げてきて……。
親のいいなりで生きてきた不憫な青年が、恋をして、しあわせをもらう物語。
※性描写が多めの作品になっていますのでご注意ください。
└性描写が含まれる話のサブタイトルには※をつけています。
※表紙は「かんたん表紙メーカー」さまで作成しました。
【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】
彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』
高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。
その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。
そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?
親友と同時に死んで異世界転生したけど立場が違いすぎてお嫁さんにされちゃった話
gina
BL
親友と同時に死んで異世界転生したけど、
立場が違いすぎてお嫁さんにされちゃった話です。
タイトルそのままですみません。
「オレの番は、いちばん近くて、いちばん遠いアルファだった」
星井 悠里
BL
大好きだった幼なじみのアルファは、皆の憧れだった。
ベータのオレは、王都に誘ってくれたその手を取れなかった。
番にはなれない未来が、ただ怖かった。隣に立ち続ける自信がなかった。
あれから二年。幼馴染の婚約の噂を聞いて胸が痛むことはあるけれど、
平凡だけどちゃんと働いて、それなりに楽しく生きていた。
そんなオレの体に、ふとした異変が起きはじめた。
――何でいまさら。オメガだった、なんて。
オメガだったら、これからますます頑張ろうとしていた仕事も出来なくなる。
2年前のあの時だったら。あの手を取れたかもしれないのに。
どうして、いまさら。
すれ違った運命に、急展開で振り回される、Ωのお話。
ハピエン確定です。(全10話)
2025年 07月12日 ~2025年 07月21日 なろうさんで完結してます。
家を追い出されたのでツバメをやろうとしたら強面の乳兄弟に反対されて困っている
香歌奈
BL
ある日、突然、セレンは生まれ育った伯爵家を追い出された。
異母兄の婚約者に乱暴を働こうとした罪らしいが、全く身に覚えがない。なのに伯爵家当主となっている異母兄は家から締め出したばかりか、ヴァーレン伯爵家の籍まで抹消したと言う。
途方に暮れたセレンは、年の離れた乳兄弟ギーズを頼ることにした。ギーズは顔に大きな傷跡が残る強面の騎士。悪人からは恐れられ、女子供からは怯えられているという。でもセレンにとっては子守をしてくれた優しいお兄さん。ギーズの家に置いてもらう日々は昔のようで居心地がいい。とはいえ、いつまでも養ってもらうわけにはいかない。しかしお坊ちゃん育ちで手に職があるわけでもなく……。
「僕は女性ウケがいい。この顔を生かしてツバメをしようかな」「おい、待て。ツバメの意味がわかっているのか!」美貌の天然青年に振り回される強面騎士は、ついに実力行使に出る?!
【16話完結】スパダリになりたいので、幼馴染に弟子入りしました!
キノア9g
BL
モテたくて完璧な幼馴染に弟子入りしたら、なぜか俺が溺愛されてる!?
あらすじ
「俺は将来、可愛い奥さんをもらって温かい家庭を築くんだ!」
前世、ブラック企業で過労死した社畜の俺(リアン)。
今世こそは定時退社と幸せな結婚を手に入れるため、理想の男「スパダリ」になることを決意する。
お手本は、幼馴染で公爵家嫡男のシリル。
顔よし、家柄よし、能力よしの完璧超人な彼に「弟子入り」し、その技術を盗もうとするけれど……?
「リアン、君の淹れたお茶以外は飲みたくないな」
「君は無防備すぎる。私の側を離れてはいけないよ」
スパダリ修行のつもりが、いつの間にか身の回りのお世話係(兼・精神安定剤)として依存されていた!?
しかも、俺が婚活をしようとすると、なぜか全力で阻止されて――。
【無自覚ポジティブな元社畜】×【隠れ激重執着な氷の貴公子】
「君の就職先は私(公爵家)に決まっているだろう?」