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35触れないで① ※
アルベール・ロイゼンの短い余韻が過ぎようとしていた。皇帝の持つ行政権を預かり、民に寄り添うこの厳格な男は、自分がどちらに向かうかの岐路に立たされている。
むき出しの本能。濁流のように流れるどす黒い感情。鉄壁に喩えられる皇太子としての矜持と心持ちは、唯一気を許した幼馴染が軽々超えていった。
「うぅ……、んぁ……あるべーる」
アルベールは視界に入る相手のことを完全な男だと思えなかった。あまつさえ、幼馴染の色艶を真に実感することなどできない。
くぐもったハヤセの声が、とめどない野性をアルベールに押し付けていく。「拒んで、さもなくば壊して」と先の言葉がアルベールの鼓膜で鳴り響いている。
「お前は……それでいいんだな?」
「ぁ……うん。いいよ…………すきにして」
息づく鼓動を、燃え散りそうなほどの熱い呼気を互いに感じる。抱擁の意味合いが、急転直下の勢いで変わっていく。
それは優美な、純粋な愛とは程遠かった。
がらんどうのエイナ宮。その面前の警備に赴く近衛兵もいるが、中にまで立ち入ることはしない。完全なる密室において皇太子と女官長の密事が始まろうとしていることを誰が認知できようか。
絡まる唾液の音。リップ音を耳に取り込む暇もなく、アルベールは荒ぶるものに身体ごと委ねていった。
「脱がしていいよな?」
ハヤセの頷きを合図として、アルベールは相手の制服に手をかけていった。地味だが折り目正しい女物の制服に両者とも釘付けとなってしまう。
丹念に磨かれた珠玉のような白い肌が露わになる。撫でればそこだけ、内に躍動する血の巡りが見える。アルベールの大きな手では、素肌に触れただけで溶けていきそうであった。
「ハヤセ……」
「ん……うん………」
アルベールの高潔の衣装も剥がされていく。上着から細かな装飾を取り外していき、下半身のものに手をかけるところまでハヤセは至った。
ただの布の衣擦れ。ハヤセは背徳を感じながら、自分が張り詰めていることにも気づくのだった。
肌の露出による恥じらい、むず痒い外気の冷たさ。目の下にはアルベールの怒張した股座が見える。
「すまない、ハヤセ」
じっとしていられない。そう言って、相手の反応を推し量る時間も惜しんで、アルベールは白雪の肌に縋りつく。背中からうなじにかけて念入りに視線が向けられた後、ハヤセは横抱きにされて動きが取れなくなっていた。
エイナ宮の社交広間から、廊下を渡って、個室まではすぐのこと。男の腕の中で運ばれていくハヤセは、筋骨隆々の体躯を改めて凝視するのだった。
「軽いな」
そう軽口を受けてまた、身振りをする暇もなくハヤセは押し倒された。アルベールに口を塞がれてしまえば抗議の言葉も出すことは不可能だった。
寝台付きの小部屋は、いつかの時と同じように、木漏れ日がわずかに窓をちらつくだけ。静謐な空間であった。
「ハヤセ。こういうことの経験は、あるのか?」
「いいえ……。一度も」
ハヤセは正直に答えた。閨の手ほどきを受けていないのは事実であり、情事に至るきっかけも皆無だった。過去の経緯がそうさせたとしても他人からは頑なに信じてもらえないだろう。
アルベールはその点でいえば技巧者であった。人と交わる機会はこれまで無かったものの、次期当主として宮廷があらゆる手練手管を伝授してくれた。彼ほど閨のイロハを教わっている男もそういない。ついでのように同性との交わり方も聞きかじってはいた。だから実践に戸惑うこともない。
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