日月物語~亡国公妃の美しき末路について~

芽吹鹿

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01ハインツ、いまだ滅びず

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 永遠に続いていく国は無い。また千年を生きられる奇特な人はいない。
 日のように輝く存在もいつかは朽ち果て、月が欠けるように消えていく。
 誰が永遠を求められるだろうか。いったいどこに行けば、惑わぬ日月を拝めるだろうか。

ーーーーーーーーーーー

 始期がめぐり、聖なる月の頃だった。
 帝国との国境。ここは灰と煙にまみれた戦場である。我々は今まさに、生存をかけた大戦争に敗れた。

「報告!!マルス大公閣下と以下4万の兵は、壊走いたしました!!」

 後ろから伝令の声がする。情報が確かなら、ここにもじきに敵がやって来るに違いない。
 マルスはハインツ公爵に任じられている人物で、私の夫でもある。今回の戦いでは味方の総大将として御輿を担がれていた。そんな男の負けっぷりを聞かされて、萎えた雰囲気がさらに広がっていくかのようだ。

「敵が来ます!!こちらの軍も、すぐに反転してください」

 私の側近が、短くも適切な言葉をかけてくれる。戦争中、彼の声に何度救われたことか。
 荒れた野原の上に、多くの兵士が立って皆が失望の目に染まっている。血気盛んな軍人には似つかわしくない、覇気の失せた体たらくで、動きも鈍かった。

「旦那様は無事なのか?」

「生死はいまだわかっていません。とにかく、逃げましょう!!」

「ラルカ様!!接敵します、左翼も限界です!!」

 夫は勝てなかったか。ならば私の軍だけでも、敵に突撃してみようか。玉砕覚悟の攻撃をしかければ、敵のクズ指揮官ぐらい道連れにできるかもしれない。そうしたら自国の民が逃げる猶予を、少しでも稼げるかも。この場に残る1万の兵士の命はすべて犠牲になったとしても、領内数百万人の民草を思えば安いだろう。

「状況を考えてくださいラルカ様。こんな敵軍のど真ん中にあっては、我々は無駄死にです」

「わかってる……でも」

 だめだ、こんな愚かな損得勘定はいけない。ここは最前線。自民族の命運をかけた戦線で惨めにも負け越したんだ。夫はすでに逃げたか、どこかの戦線でくたばったんだろう。わかってる、自分の身体に動けと何度も言ってる。なのに手先すら変わらず、「まだ負けてない!!」と叫びたい自分がいる。だめだ負けたんだ。もう終わったんだ。

「報告!!ハインツ城前に敵の別動隊が現れました。数にしておよそ5万!!」

「急ぎ対応を……、ラルカ様!!」

 最も的確な指示を、ミッションを周りに伝えなければ。父からも家の者からも、戦友との経験でも培ってきたじゃないか。いつだって冷静に、骨になるまで諦めずに考え続けろと。

 皆が死ぬ。ここで私が丸腰で逃げれば、やはり私の知り合いはたくさん死ぬ。私の周りの人たち。家族、目に浮かぶ者が消えていく可能性に恐怖する。怖い。それは自分が死ぬことよりも避けたい結末だった。

「誰も死なせたくない……」

「ラルカ様。まずはご自分の身の安全を。ここにいては貴方が敵の辱めにあってしまう」

「私が『まざりもの』だからか?今はそんなこと関係ない!!」

「大将の首を求めるは世の習い、公爵夫人もそれと同等の価値がある。それは貴方も気づいているでしょう!!」

 ラルカ・ハインツは公爵夫人。だから立場を見誤るなと、臣下は私を一喝してくる。犬死には許されない。絶望を覚えても、歯を食いしばって生きろと訴えてくる。

「あなたの肩には何百万人もの人命が懸かっているのです」

「奥方様。さぁ逃げましょう」

 銃剣を磨いてこの時を迎えた。結果はどうだろう、なんともひどい有り様ではないか。

「おれ……わたしは……」

「わかっています。すべて無くなる、我々のここまでの歴史も水の泡です」

「逃げたら……みんな」

「殺されるかもしれないし、それはまだ分かりませんよ」

 「いつも通りだ」と虚勢を張る者がいた。そして私と同じように、呆然と立ち尽くす者も多かった。ほとんどは黙って、自分の身支度を進めている。泣くこともせず、怒りをぶつけるでもなく、ただ無感情に運命に従っているような者ばかり。

 この戦いのきっかけは些細なものだ。ガルア帝国の皇太子夫妻が遊説中に、不運にも銃殺される事件が起こった。皇子暗殺の犯人はくしくもハインツの民、つまりは私たちの同胞だと報道がなされる。公爵家とはなんの繋がりもなかったから私と夫は少なくとも、この悲報を受けても対岸の火事と捉えていた。外交官に弔意を用意させるぐらいのことだと考えていたのだ。

 私たちがいくら事件と関わりはないと言っても、ガルア帝国の首脳部は信じなかった。暗殺を企てたのはハインツ家だとして、夫の名が事件の首謀者としてでっち上げられる。事実を捻じ曲げた報道がくり返される。根も葉もない根拠が並んでいく。すると世論は、すっかり私たちに敵意を示してきた。もちろん、この一連が、すべて憎たらしい帝国の偽装工作というのは言うまでもないことである。

「この屈辱はいつか晴らすぞ」

「もちろん……ハインツは不滅です」

 「史上最悪」の汚名を着せられた夫マルスは、憤慨した。世界からつま弾きにされるのは目に見えていた。家門だけでなく、民族の自尊心まで傷つけられたとなれば黙っていられない。ハインツ公国はガルア帝国と国交を断絶して、すぐさま宣戦布告した。

「ここを離れるぞっ!!将官は馬に乗れ、他は走ってついてこい!!」

 戦争はハインツ対全世界へと波及する。大陸全土を相手どり、私たちは1年間もの戦いを続けた。結果としてすべてを失った。
 恵みの大地は焼け焦げて、清らかな水の流れは絶えてしまった。野原を優雅に走る馬や羊もやせ衰え、土はぬかるみ、草木は育たなくなった。私の生まれ育った故郷は、鉄と鉛に埋もれていく。目が潰れそうなほど擦ってみても血の色は消えていかない。むしろ血だまりは増えていくばかりだ。こんな景色になるまで戦ってみても、結局敵はウジのように湧いてくるからどうしようもなかった。

「死にたくない」

 誰かの声。たぶん、私を支えてくれる臣下の叫びだ。

「神よ……妻と子を助けてください」

 願いを込める兵士。私の率いる軍にも、熱心な信徒がいる。彼らもこの状況では身内の心配で涙を流していた。

 なんで走っているんだっけと、一瞬わからなくなる。けれど私の失望感をよそに周りの人間は必死だった。またがる馬だっていなないて、まだ元気がある。死に物狂いで生きようとしているんだ。それを見ると私の方も徐々に力が戻ってくる。

 もうすこし、気をしっかり保つべきだ。
 あと半日。そうすれば城が見えてくる。私たちの最後の希望、公爵領にあるハインツ城までいけば時間が稼げる。もう勝てはしない、でも滅ぶまで足掻くことはできるだろう。敵をできるだけ足止めして、殴って、邪魔してやろう。民が第二の故郷を見つけるまでは絶対にハインツ家の旗を下ろすことはないのだ。
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