日月物語~亡国公妃の美しき末路について~

芽吹鹿

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11離縁の筆跡

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 枷のついた私の手を、周りの役人たちが持ち上げた。虜囚が自ら筆を握らないとわかって嫌気がさしたように彼らは詰め寄ってくる。その勢いに押される形で、私はいいかげんに「ラルカ・ハインツ・マグリット」と手癖のように旧姓もいれた名を記してしまうのだった。

「上出来だ。なるほどマグリット家の出自だったのか」

「はい……。あの、私の実家をご存じなのですか?」

「無論だ、ハインツ領では有力な武家だったからな」

 私の生まれはハインツ家に仕えていた大家である。兄と弟が何人もいたせいで、『まざりもの』の私はあまり一族に価値あるものとして見なされてこなかった。そんななかでも、父と祖母だけは決して私を見放さずにいてくれた。

 剣の握り方と乗馬の技術は父から。宮廷での身のこなしと礼節については祖母からそれぞれ学んでいる。彼らがいなければ私はいまだに『まざりもの』の半端野郎だっただろう。

「では失礼する。ごくろうだった」

「え……あ、その紙はいったい。私はどんな内容に署名したのでしょう」

「離縁状だ」

 大したこともなさそうに公爵は言った。私は訊いておきながら息を吸うことを忘れるほどに心がかき乱される。何を言っているのか初めはわからず、ようやく「離縁」の文字が頭に浮かんできた時には嗚咽を漏らしそうになった。

「え……は?」

「お前と夫であるマルスの婚姻を断つための書類だ。それ以上のことは何も求めていない」

 この上ないほどの無感情な台詞を聞いて、心臓の動悸が早まっていく。そのなかで従者は主を追うように私の寝台の群がりを解いていった。部屋を照らす蝋燭の火が、壁に人々の克明とした影を刻む。皆が私に背を向けていることが目を伏せていてもわかってしまう。

 夫と婚姻を誓った場所はハインツ城だ。帝国はおろか、ジークラントに夫婦の結婚を解消される謂れはない。夫の生死は不明だろうが断じて私は今の手続きを認めることができなかった。

「おかしいです。そんな……そんなこと!!」

「理不尽だと思うのも仕方ないことだ。だがこれは俺たちジークラントの意向だ、お前にとっても良い選択になるだろう」

 離婚を強いられることで私の人生が好転する?あり得ないし、この状況で何を言われても説得力がなさすぎる。ハインツ公妃である自分の立場だけが心の拠り所だったのにそれさえ奪われてしまったら、私は今度こそ出来損ないになってしまう。

 男はまた私の筆跡を見つめるような素振りをくり返す。まるで書き漏らしが無いかと確かめるように、公爵が本性を現したのだと思った。だが、この状況になっても私は彼を極悪非道の人と判断することができなかった。

 公爵に私は二度命を救われている。一度目は戦場で、疲れて倒れ伏した私を五体満足で生かした。二度目は帝都での惨事のなか未然に私だけが生き残る算段を企てていた。公爵の根回しがなければ私は早めにあの世へ旅立っていただろう。

「公爵さまがわかりません……!!公爵さまは私に何を求めているのです?どうしてこんな意味のない生活を私にさせるのですか。もう気力さえ残っていなくて誰の声も話も響かないのにこれ以上、どうしろと。私はこの先どうしろと言うのです」

 我が儘ばかりの私が口を開くたび、皆が答えを避けようとする。公爵もそうなのか。帝国の北側をもれなく治める権力者さえ、私の処遇をどうすべきか迷っているのだろうか。

「全面的に期待している。ラルカ、だから大人しく待っていろ」

 答えが知りたい。私は当主の顔を仰ぎ見て、懇願の意を臆さずに伝えた。何を言ったのか自分でもわからないほど緊張と胸が張り裂ける思いだった。少なくとももう隠し事はやめてほしい、どうか自分がおめおめと生きながらえている理由を教えてほしい。何もわからないのは辛いと私が顔を歪めるのと同時ぐらいに、公爵が私のそばに近寄ってきた。

「お前は俺の妻になるのだ」

 お互いの耳でしか捉えられない程度の小声で、そっと呟いてくる。
 いくつもの感情が渦巻いた。喜怒哀楽のうちでどれが私の本音かわからなかった。
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