日月物語~亡国公妃の美しき末路について~

芽吹鹿

文字の大きさ
18 / 23

18出来損ない

しおりを挟む
 動けない。足も手もなまじ力が入らず、上体を支えることができないでいる。私は震える身を抱きしめて、飛び散りそうな怒りをこらえていた。辺りにぶちまけたい衝動をきつく耐えるまで、耐えて、耐え抜いた。

 情けなくて、月を見上げる気は起きない。私はもう穏やかな夜に舞っている羽虫と同じだった。どこにいても誰の目にも留まることはない、ただ卑しい音を鳴らすだけの存在だ。

 もうたくさんだ、ずっと悪い方向へ考えてしまう。仲間を弔う気持ちをこめて、怒り、嘆き憐れみ立ち上がることもできない私にはもう価値など残っていない。

 自分は無価値だ。とっとと私だけいなくなれ。このまま消えて、誰の記憶からも失せていけばいい。人がかけてくれた温情も台無しにして、勝手に地面に這いつくばっている、そんな何も果たせない自分ならこの世からいなくなれ。

「ぎ……ぃわたしはっ、できそこない……!!できそこない!!このまま死んでぐれ……ここでしねよ!!」

 出来損ない。母が言っていた罵倒を、私も同じくらい叫ぶと涙がとめどなく溢れてきた。『まざりもの』を表すのにこれほど適した語句もないだろう。普通の人間として生きるだけでいいのにそれさえも現実は、運命は許してくれないのだろうか。

 ずっと皆と同じになりたかった。男としてなら武威を誇り、女として生きるなら花を愛でるのも良いだろう。大人が見せてくれた広い背中をずっと見つめてきたはずなのに私は今でもその背中に届いた気がしないでいる。
 ないものねだりをくり返す私は卑しい人間だ。そして腰抜けで中途半端だ。戦場に出ても人を殺せず、友の手を掴めず、夫の復讐を果たすこともできない。何もかもを私は選ぶことができず、ついに逃げ出したのにこの体たらくだ。

「ぅ、ぐす……いかなきゃ。もういかなきゃ」

 私を待っている人はいない。でも行くんだ。この辛い現世から報われるよう仲間のために神様に祈るって。そう決めたんだ。

 馬がいるので私はまだ幸せを噛みしめるべきなのかもしれない。頑張ってあの子の背にしがみつけば、どこかへ進むことは可能なのだから。
 目的を見失いながらも、地の底におでこを張り付けてでも私は這った。まともに動く関節を不器用に曲げながら、馬の手綱を拾いあげる。握る手のひらは力が浅く頼りない。

「ごめん。のせてね」

 エヴァが与えてくれた馬は素直で良い子だ。私の変な姿勢をものともせず、ゆったりと背中を預けてくれている。
 馬が一歩を踏みしめるたび、私は尻と腹の痛みに悶絶した。木を回りこむ時には細かく停止してしまう。そうしないと私の内臓がいくつも混ざっていきそうな感覚がして、これがあと数刻も続くなんて考えたくなかった。

 ごつんと強い衝撃が左腕に伝わっていく。どうやら私は馬から崩れ落ちたみたいだった、気をつける暇もなく、ほぼ天と地が逆さまになるように落っこちたらしい。もう立ち上がれない。ここからあの子の手綱を持ち直すことはできなさそうだし、腕も痛いし、意識も定まっていかない。

「おいっ、ラルカ!!」

 それは仲間の声?ハインツの民がかけてくれた応援だろうか。幻聴にしてはやけにくっきり耳に残る低い声である。もしかしたら、旦那様が私の人生の終着に際して語りかけてくれているのだろうか。そうだとしたらまるで走馬灯のようだ、まだ私は元気に生きているというのに。

「しっかりしろ!!」

 最後の戦場で倒れた時、あの場でもそうだった。私が事切れる寸前に「よくやった」と誰かが褒めてくれたから私は死の淵から蘇ったのだ。別に求めていなかったけどあの言葉がもしなかったら、私の魂は遠い故郷に居着いたまま。寂しい地縛霊と化していたに違いない。

 「よくやった」って、それだけで救われたんだ。私が懸命に生きようとしたことを誰かが肯定してくれた気がして。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

完成した犬は新たな地獄が待つ飼育部屋へと連れ戻される

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

オークとなった俺はスローライフを送りたい

モト
BL
転生したらオークでした。豚の顔とかマジないわ~とか思ったけど、力も強くてイージーモードじゃん。イージーイージー!ははは。俺、これからスローライフを満喫するよ! そう思っていたら、住んでいる山が火事になりました。人間の子供を助けたら、一緒に暮らすことになりました。 子供、俺のこと、好きすぎるのやめろ。 前半ファンタジーっぽいですが、攻めの思考がヤバめです。オークが受けでも別に大丈夫という方のみお読みください。 不憫オークですが、前向きすぎるので不憫さは全くありません。 ムーンライトノベルズでも投稿しております。

敗戦国の王子を犯して拐う

月歌(ツキウタ)
BL
祖国の王に家族を殺された男は一人隣国に逃れた。時が満ち、男は隣国の兵となり祖国に攻め込む。そして男は陥落した城に辿り着く。

シスルの花束を

碧月 晶
BL
年下俺様モデル×年上訳あり青年 ~人物紹介~ ○氷室 三門(ひむろ みかど) ・攻め(主人公) ・23歳、身長178cm ・モデル ・俺様な性格、短気 ・訳あって、雨月の所に転がり込んだ ○寒河江 雨月(さがえ うげつ) ・受け ・26歳、身長170cm ・常に無表情で、人形のように顔が整っている ・童顔 ※作中に英会話が出てきますが、翻訳アプリで訳したため正しいとは限りません。 ※濡れ場があるシーンはタイトルに*マークが付きます。 ※基本、三門視点で進みます。 ※表紙絵は作者が生成AIで試しに作ってみたものです。

魔王に飼われる勇者

たみしげ
BL
BLすけべ小説です。 敵の屋敷に攻め込んだ勇者が逆に捕まって淫紋を刻まれて飼われる話です。

仕方なく配信してただけなのに恋人にお仕置される話

カイン
BL
ドSなお仕置をされる配信者のお話

従僕に溺愛されて逃げられない

大の字だい
BL
〈従僕攻め×強気受け〉のラブコメ主従BL! 俺様気質で傲慢、まるで王様のような大学生・煌。 その傍らには、当然のようにリンがいる。 荷物を持ち、帰り道を誘導し、誰より自然に世話を焼く姿は、周囲から「犬みたい」と呼ばれるほど。 高校卒業間近に受けた突然の告白を、煌は「犬として立派になれば考える」とはぐらかした。 けれど大学に進学しても、リンは変わらず隣にいる。 当たり前の存在だったはずなのに、最近どうも心臓がおかしい。 居なくなると落ち着かない自分が、どうしても許せない。 さらに現れた上級生の熱烈なアプローチに、リンの嫉妬は抑えきれず――。 主従なのか、恋人なのか。 境界を越えたその先で、煌は思い知らされる。 従僕の溺愛からは、絶対に逃げられない。

愛され少年と嫌われ少年

BL
美しい容姿と高い魔力を持ち、誰からも愛される公爵令息のアシェル。アシェルは王子の不興を買ったことで、「顔を焼く」という重い刑罰を受けることになってしまった。 顔を焼かれる苦痛と恐怖に絶叫した次の瞬間、アシェルはまったく別の場所で別人になっていた。それは同じクラスの少年、顔に大きな痣がある、醜い嫌われ者のノクスだった。 元に戻る方法はわからない。戻れたとしても焼かれた顔は醜い。さらにアシェルはノクスになったことで、自分が顔しか愛されていなかった現実を知ってしまう…。 【嫌われ少年の幼馴染(騎士団所属)×愛され少年】 ※本作はムーンライトノベルズでも公開しています。

処理中です...