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6、君は君で、私は私

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10分…程経っただろうか。
お互い何も話さず、ただ前を向いて座ったままだったところ、はるおが地面の先端に立ち上がった。もう足を踏み出せば落ちる。私も立って隣に並んだ。
「手、繋ぐ?」はるおが聞く。「そんな心中みたいなの嫌だよ」私は少し笑う。でも2人揃って落ちたら、普通に心中ぽいか。
違うんだけどね、私たちは別に愛し合ってないし、お互いそれぞれの気持ちで死ぬ訳で同志みたいなものというか。まぁ、誰に弁解する必要もないか。
カウントダウンする?それとももう「せーの」って言えばジャンプ、できる?私はいつもの思考ペースでいたから、もしも隣のはるおがぴょんと飛び降りたら、何も考えも覚悟もなく流れでぴょんとするだろう。

「ねぇ、はるお」私が口を開くと、前を向いたまま「なに」と答える。「私先に飛び降りようか?その後ではるおは飛び降りてもやっぱやめてもどっちでもいいよ。それとも一緒にカウントダウンする?」返事がなかった。

今度は1分、くらいの短さだったと思う。はるおは後ずさり、フェンスに背中をつけて座り込んだ。
私は立ったままでいた。そして座ったはるおは「ごめん」と言った。
何のごめんだろう。私は何も言わずにまだ先端に立ったまま前を向いている。
「奈々子も座って」と言われて腹が立った。「なんではるおに止められなきゃいけないわけ」と言い終わる前に手を強く引かれ、はるおの横に引き戻された。
「奈々子、死なないでよ」
何それ。ねぇ、死のうとしてる人間は周りが何を言ったってもう響かないんだから、私だってはるおが死なずに救われるといいなとは思っているよ、でもどうするかは本人が決める事だから周りは無力なんだよ、だから私の死ぬ勇気を邪魔しないでよ、死なないでってあんたのエゴを押し付けてこないでよ、
怒りなのか悲しさなのか悔しさなのか、ぐちゃぐちゃの感情が込み上げてきて私は泣いた。はるおは手は握ったままで、泣く私の隣でうなだれていた。

その後は、何かしゃべったのか、どんな気持ちだったのか、2人してフェンスをまたいで戻るというカッコ悪い絵ずらも思い出せないくらい、記憶がない。ただ私はそのまま大学に行って、ゼミの発表をしたはずだ。
そしてはるおとはその後1回だけ会った。いつものように、はるおの家で。
酔ったはるおは正気なのかふざけているのか、くだらない話をした後「この前はごめんね」と言った。
自殺に誘ってごめんね?それなのに死ぬ勇気が出なくてごめんね?何のごめんかはやっぱりわからなかったけれど、どれであっても腑に落ちない。
はるおとそこまで干渉しあっていないのに、これ以上相手の気持ちを考えたり想像したり気を遣ったりするのをめんどくさいと思った。そのまま私もはるおも連絡をしないままフェイドアウトしたのだ。
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