世界で一番ロックな奴ら

あおい

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ロックと四匹、そして一人

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 大学本棟の十階、小さな講義室の中で俺たちはその黒い小さな背中を見つけた。ここまで敷地が広いとなると学生を一人見つけるのにも一苦労だけれど、スチューの情報網を使えばその限りでない。彼に言われるがまま辿り着いた講義室にはケグとあと一人、虎の獣人種の学生しか残っていない。そのためケグにバレないよう最大限近づくには、こうして四人で折り重なりながらこっそりとその部屋を覗き込むしかなかった。
 スチューは常に新しい情報を仕入れるため、フリックの甲羅の上でノートパソコンをいじっている。ケグの動向を観察するのに重要なのは俺とピンクの立ち振る舞いだ。いかにして彼にバレずその生態を見抜けるか。まさに俺たちの連携が試されていると言っていい。
「おい! 何かおかしな行動してるか?」
 スチューは小声ながらもはっきりと俺とピンクに言う。
「わかんないよ! 今のところ普通のカラスって感じ」
 俺は見たままの情報を返した。ケグは現在講義室のピアノ椅子に小さな足を伸ばして座り、片翼で鍵盤を鳴らしながら手元の楽譜に何やら書き込んでいる。近々声楽科ではバロック祭の前哨を兼ねたミニコンサートがあるらしく、その下準備をしているのだろう。何てことはない、音大生なら誰でもする普通の行動だ。
「あ! でも見て、毛づくろいしてる!」
 ピンクはケグを指さしながら言う。作業の間、彼は羽根に挟まった毛や埃を逐一取り除いる。
 スチューは言う。
「それぐらい誰だってするだろ! もっとこう、悪さをしてる感じはないのか?」
 彼は何だかんだでこの状況を楽しんでいるようにも見える。俺は彼をからかうように言う。
「悪さって、マスコミじゃないんだから。仲間になる以上余計な疑心は捨てないと」
「お前だってのど斬りの噂を確かめるつもりで、生態調査なんて言ったんだろ?」
「そうだけど、別に初めから疑ってるわけじゃないし……」
 そのとき、ピンクの耳がぴんと真上に立った。
「ねえ、動いたよ!」
 俺とスチューはすぐさまケグを見やる。彼は既にピアノ椅子を立ち、紙束の入ったファイルを翼で大事そうに抱えながら出口付近にいる俺たちの方へと歩いてきている。
「隠れて!」
 号令を送ると同時に、俺たちは一斉に姿勢を屈めた。あと少しでもケグが振り向いていれば俺たちは見つかっていただろう。それくらいには粗末な隠れ方だった。しかし俺たちの目の前を通り過ぎて行った彼は、何かもっと別のことに気を取られているように見えた。
「運が良かったな。逃げるプランくらい考えとけよ」
 スチューは苦言を呈す。返す言葉がない。
「どこ行くんだろう?」
 俺はみんなに合図を送り、早足の彼を後ろから追う。そうして彼がトイレに入って行ったところで、俺たちは立ち止まった。フリックの歩く速度はかなりスローで、俺とピンクがその場所に他の誰も近づいてこないことを確認したとき、彼は甲羅に乗せたスチューとようやくそこに辿り着いた。ピンクのみを見張りとして外に残し、俺たちはそのトイレの中を静かに覗き込む。
 ケグは洗面台の中で、くちばしや翼の先を器用に使い自身の羽根を洗っていた。あのファイルは水に濡れない位置に上手く置いてある。
「相当綺麗好きらしいなこりゃ。お前も見習った方がいいぞ」
「それ、俺が臭いってこと?」
 スチューは俺の突っ込みを無視する。彼の煽りにいちいち構ってはいられない。俺は気を取り直してケグの動向を見張り続ける。
 しかし、のど斬りの噂を彷彿とさせるような雰囲気は未だ彼には見当たらない。今のところ努力家で綺麗好きの一般的なカラスの音大生にしか見えない。こうなるとあの噂がますます疑問に思えてくる。
「彼のどこがのど斬りなんだろう?」
「凶器を持ち歩くのが趣味、とかかもな。これ見てみろよ」
 スチューに見せられたノートパソコンの画面には、とあるSNSのメッセージのやり取りが映し出されていた。スチューは言葉を続ける。
「この大学にある鳥類限定のグループだ。ある雀の自然種の投稿によると、あいつは学食のミニステーキをわざわざ自前のナイフで食べていたらしい。備え付けのナイフがあるのになぜ? そもそもあれだけ鋭い爪を持ってるなら、それで肉を切りゃいいのにさ」
「潔癖症なだけだろ? わざわざ疑うようなことじゃない」
 スチューはどうしても彼を悪者に仕立て上げたいらしい。きっとそういう展開の方が彼の好みなのだろう。しかしどんな噂があろうと、誰かを初めから悪い人物として疑ってかかるなんてきっと間違っている。
 ケグはいつの間にか体を洗い終えたようで、既に備え付けのハンドドライヤーを使い全身の羽根を乾かし始めている。ここのトイレの設備はどれも鳥類向きには見えなかったが、それでも彼は慣れた手付きでそれらを使いこなしていた。
そうして彼はファイルを手にすると、その中から数枚の紙を抜き取る。それらすべてをくしゃくしゃに丸め、彼は洗面台の下のゴミ箱にその塊を捨てる。
「何だ今の?」
 スチューは言う。確かに俺も疑問には思った。一体何を捨てたのだろう。
 今度はヘマをしない。俺たちはケグがトイレを出る前にそこを離れ、通路の曲がり角で彼が出てくるのを待った。彼はトイレを出ると、今度は足を使わずに翼で飛び立っていった。追うか迷ったが、速く廊下を走れば俺の体が大きい分それだけ周りから目立ってしまう。俺たちはそれよりも捨てられたあの紙束の謎を解くことに決めた。
 ケグがこのことを知ればきっと怒るだろうけれど、彼への好奇心は止められない。あれだけ凄い歌声を持っているのだから、この紙にもきっと何か凄い秘密が隠されているに違いない。
「どうだ? のど斬りの謎は解けそうか?」
 俺がわくわくしながらゴミ箱の紙を広げて一枚目の文章を読んだとき、スチューは言った。
 その内容を理解するのには、しばらく時間が掛かった。
「リュウ?」
 ピンクは真っ先に俺の異変に気が付く。俺の表情を覗き込み、不安そうな顔で訊いてくる。
「どうしたの?」
 俺は既に、その声すら耳に入らなくなっている。
「どういうことだ?」
 それらに書かれていた内容。ケグの行動とは明らかに矛盾するそれ。その疑問はしばらく俺の頭を巡って止まなかった。
 どうして彼がこんなことを?
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