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神隠し
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しおりを挟む林の中を高速で飛翔し続けるにはかなりの集中力が必要だった。しかもスプライトの小さな背中を追い掛けながらとなると、その難易度は更に上がる。彼の足はその小さな体格から想像できないほど速かった。木を避けることに意識を削がれていることもあり、今はその距離を離されないことに精一杯だ。
彼は俺が来たこともないような僻地へどんどん入り込んでいく。この辺はミューボウルの敷地内であっても目ぼしい建物は何一つ立っておらず、自然種の種的行動すら行われている感じがしない。その向かう先がどこなのか見当も付かない。どうしてあんな風におかしくなってしまったのかも。
「うおっ!?」
不意に見えたその黄色い線に、思わず声を荒げた。急旋回し、体勢を崩しながらも道を塞いでいたそれを何とか避け切る。
一瞬振り向くと見えた、その黄色い線に書かれた『立入禁止』の文字。その線はもう遥か遠いけれど、合点がいった。この辺が閑散としていたのも恐らくあの規制線のせいだ。ということは、この先に何かある。スプライトが一心不乱に目指すこの先に。
彼の背中はギリギリで捉えられていたが、それはふと見えなくなった。奥に進むにつれて木の本数は少なくなってきている。俺は速度を上げ、彼の消えた地点まで素早く辿り着く。
何者かが隠したようにひっそりと存在していたその広場。真上に見え出した太陽が照らす中、真っ先に見えたその洞窟。俺の身長の何倍も大きなその穴の奥は、真っ暗で何も見えない。
「ここって……」
彼はこの洞窟に入っていったに違いない。俺はその穴の入口付近に降り立ち、匂いを嗅いだ。外の世界とは違うひんやりとした空気と、共に漂ってくる苔の香り。その暗闇に一歩足を踏み入れた途端、全身の鱗が逆立つような感覚がした。ドラゴンに備わった本能的な恐怖。こういった感覚が身を包むのはいつ以来だろう。
ペンダントを一度握りしめ、前に進む。もしものときはすぐ逃げられるように、翼への意識は途絶えさせない。地面の湿った感触を足の裏で掴む度、砂利を踏みしめる音が洞窟内に響く。その反響を聞く限り、この洞窟は相当広い。まるで人工的に造られたみたいに。しかし仮にここが噂の洞窟だとするならば、一体何のために造られたというのだろう。
そのとき、足音が聞こえた。明らかに俺のものとは違う、革靴のような固い物質が地面を叩く音。俺は息を呑んだ。振り向くと外の光はもうかなり遠くにあって、そう簡単に逃げられそうにない。思わず体が仰け反り、俺は臨戦態勢に入る。
ごく最近、俺はその足音を聞いたような気がする。あれはいつだったか。高級感があって、本人の威厳をそのまま表現しているかのようなその音。――記憶の中に蘇る、美しい白銀のたてがみと透明な一本ヅノ。
まさかと思った。
俺の中で沸いたそのイメージは消えてくれない。それどころかその足音と共に、想像は現実となって目の前に現れる。
「バージン学長?」
見間違いではない。暗闇の中ではあるものの、凛々しい白銀のたてがみはその頭の上に確かになびいている。
「どうしてこんなところに?」
疑問は頭を巡って止まない。だってこの場所は、ミューボウル生なら誰でも知っているあの洞窟。
「神隠しの洞窟。噂は知っているな?」
彼は手を後ろに組みながら、まさしく本物の声で話し出す。俺は戸惑いながら言う。
「ええ、もちろん」
「なら、学生がこんなところに来るべきじゃないことも理解できるはずだ。早くここから出て行け」
俺の体に触れようとしてくる彼の手を、俺は後ずさって避けた。
沸々と、怒りが湧いてくる。
「学長。あなた言ってましたよね? 若者の夢を追う姿は素晴らしいって」
「……ああ、確かに言ったかもな。それが何か問題か?」
彼は爪を弄りながら、俺の話にはまるで興味なさげだ。俺は更に問い詰める。
「ケグはあなたを信じてた。絶対悪いことをするような人じゃないって。……こんなところで何をやってるんです? もし違うならはっきりと言ってください。自分はこの洞窟の事件とも、インサイドとも一切関係ないって」
現実逃避をしていたかもしれない。ケグの信じた学長なら、その心は正義で満ち溢れている。きっと何かの事情でここにいただけだ。彼が悪者だなんて、あるはずがない。
しかし、彼は無情にも言い放つ。俺が最も恐れていたその言葉を。
「君の想像する通り。俺はインサイドだ」
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