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しおりを挟むその言葉を聞いた途端、俺は怒りを内側では抑え切れなくなった。
「あなたが全部やったんですか? 推薦書の件も、神隠しの学生の件も」
「それが問題か? ここは俺の大学だ。俺の好きなように支配して何が悪い?」
見た目はバージン学長でも、その言葉は本人のものとは信じ難い。それほどまでに彼の言っていることは以前のものと食い違っている。
「それがあなたの本性なんですね。結局ブライダーの威厳を保って、儲かりたかっただけだった。それならどうしてニーナをあんな目に? 彼女が成績のために賄賂をするなんて、到底思えない」
長く犬猿の仲であるピンクですらそう言っていた。その直感に間違いはないはずだ。
「あいつにバロック祭で目立たれては困るんでね。出演者リストから消させてもらった」
「他人の人生より、自分の利益の方が大事ってことかよ?」
「それを言うなら、お前の肩入れしているのど斬りのケグだってそうだろう。金を得るために推薦書の処分を買って出た」
「あいつは……違う。きっと何か深い訳があるんだ。じゃなきゃブラックミールスからの推薦書を自ら捨てたりしない」
「あいつはお前が思ってるよりもひどい奴だ。バロック祭が終わったら友達を止めた方が良い」
「この洞窟は一体何なんだ? ケグもその内消すつもりだったのか? さっき、スプライトって奴がここに入っていった。彼はどこだ? 奥の方で監禁でもしてるのか?」
俺が怒りに身を任せ、左奥の暗闇の方に進もうとしたとき。
「そっちは行くな!!」
割れるほどの叫び声は、洞窟中に響き渡る。俺は怯み、耳は倒れて頭も低くなる。普段冷静な彼のここまでの大声は聞いたことがない。彼は少しの息切れの後、自身のたてがみを整えながら取り繕うように言う。
「ああ、そうだ。君は自分たちの心配をした方が良い」
「どういう意味?」
「この大学に潜む噂は、一つや二つでは済まないということだ」
俺は記憶を探る。大学の噂のことは、確かスチューとよく話していた。この洞窟のことや、のど斬りと呼ばれたケグのこと。他にスチューが話していたことは何だ?
――その言葉を思い出した瞬間。全身から血の気が引いた。
『最近は放火事件もあっただろ? あれも神隠しの件と同一犯って噂だ』
俺は即座に踵を返して飛び立ち、洞窟を出た。嫌味な顔を見せる学長のことなんて考えていられない。
全力で翼を羽ばたかせて目指すのは、この山の頂上。林の中にある俺たちの基地。
ペンダントを握れば、自分の中にあるポジティブな自分が語り掛けてくる。何も心配はいらない、留守番の二人は必ず無事でいると。しかしその気持ちをいとも簡単に突き抜けてくる不安。焦燥。恐怖。
このブロックをあと少し登れば辿り着く。背の高い大学本棟の頭はもう見えてきている。あとはあの林が見えれば良い。俺たちの基地があるその場所が何事もないことを確認して、留守番組と合流する。たった、それだけのことのはずなのに。
――嘘だ。
嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ。
燃え上がる炎。今にも大学中に広がりそうな赤い海。
それらは紛れもなく、あの二人のいる林を飲み込んでいた。
炎の周りでは騒ぎが起こっている。獣人種の野次馬が多く集まるその上を通り越し、俺は炎の中に飛び込んだ。だって、あの中にはシルビアのラジオが。それだけではない。俺たちの楽器が、俺たちの思い出が。
ケグとフリックが。
飛び込んだ先に見えた基地には、既に炎が燃え移っていた。熱さはもはや感じない。ドラゴンの鱗なら多少火に晒されたところでどうということはない。炎に包まれながら俺は飛ぶ勢いそのままに、受け身を取りながら基地の屋根へと突っ込んだ。脆くなっていた屋根はクッキー菓子のように崩れ、俺は基地の侵入に成功する。
その瞬間、鼻に焦げた煙の匂いが突き刺さり、咳き込んだ。炎は既に基地中に浸食している。燃えた梁が天井から落ち、部屋の奥を見えなくしている。俺はそれらを素手で抱き抱え、端に投げ飛ばす。痛みなんて気にしている暇はない。腹に力を込めながら、俺は瓦礫を何度も取っ払う。
「りゅ、リュウ!?」
最後の瓦礫を退けたとき、二人の姿が見えた。炎に包まれる中、ぐったりとしたフリックにケグは心配するような顔で寄り添っている。一先ずの安心の後、俺はすぐに言う。
「良かった。早く翼に隠れて」
「俺ら、練習終わって寝ちまってたんだ。変な匂いで起きて、それで……」
「そんなの良いから、早く!」
ケグを翼の内側に隠しながら、舌を出して動けなくなってしまっているフリックの甲羅を両腕一杯に抱える。火傷が痛み手を滑らせそうになるが、尻尾と後ろ脚で踏ん張って何とかそのまま持ち上げた。
ほんの一瞬。あのラジオのことが気になって振り返った。それが置いてあった本棚は既に炎の瓦礫に埋もれてしまっている。この基地の倒壊も近い。ケグとフリックを助ける以外にできることはなく、俺は突き破った屋根から二人を抱えて空に出る。
眼下に広がる炎の海。見ると、海洋類の消防隊が既に近くまで駆けつけてくれている。俺たちはただそのようすを眺めることしかできない。
炎を抜けた空の上で、ケグは俺の翼から抜け出す。俺の前で羽ばたき、俺の顔を伺いながら言う。
「……お前、大丈夫か?」
胸がキリキリと痛む。スチューとピンクには何と言えばいいだろう。
喉につっかえた何かは、ケグへの言葉を許してくれない。
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