世界で一番ロックな奴ら

あおい

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――広い食堂の中心に置かれた長机の席は、俺たちの周りだけ不自然に空いていた。その場の喧騒は異様な響きを見せている。耳につくのはあの火事の話ばかり。優秀な消防隊によって炎が山に広がることなかったが、俺たちの通った林はもう見る影もなかった。ましてやあの基地が無事に残っているはずもない。
 夕飯時、他の学生は俺たちを避け、気まずそうな目を配りながら自身の学食を運んでいく。俺は机の上で、周りの景色が見えないように頭を抱える。俺にできることといえば、ただこの感情を抑え込んで平静を装うことぐらいで。
「怪我、大丈夫そうで良かったよね」
 正面に座るピンクは、俺の表情を伺うように言った。ケグは羽根が焦げた程度で火傷はなく、フリックも水をたくさん飲んで体を冷やしたらすぐいつもの調子に戻ってくれた。後日検査は必要だけれど、今のところ活動に支障はない。ケグは机の上に、フリックは床に直接座り込んで俺たちの話を聞いている。スチューは腕を組み、神妙な面持ちでずっとどこかを見つめている。
 俺はみんなの顔を見られなかった。ピンクはまた、恐る恐る言う。
「みんな無事だったのは良いことだよね? ……私、間違ったこと言ってるかな?」
「あの基地だって、みんなの一部だった」
「……そうだよね」
 ピンクはそう言ったきり、黙り込んでしまう。俺は続けてみんなに目を合わせないまま言った。
「俺はずっと、ケグの信じた学長は正義の味方なんだって思い込んでやってきた。でも、俺が見たのが幻じゃないなら、この大学で起きてる悪いことは全部あの人の仕業ってことになる」
「どうなんだ? のど斬りのケグ」
 俺の言葉を助けるようにスチューは言う。ケグは言葉に詰まりながらも、絞り出すように言う。
「わかんねぇよ。俺にとっちゃリュウもあの人も恩人なんだ。あのままいたらマジで丸焦げだった。本当、感謝してる」
 その言葉で少しだけ心は許されて、俺はケグに小さく笑顔を返す。しかし、未だその目ははっきりと見られない。彼は続けて言う。
「でも、それと同じくらい学長には助けられた。考えてみろよ、俺たちにインサイドの調査を頼んでおいで、自分がインサイドってどういうことだ? それにお前らの基地まで燃やすなんて、行動があまりに無茶苦茶過ぎる。何かあるんだよ、きっと。例えばユニコーンみたいな魔法を持った奴らが、学長を操ってるとか……」
「スパイがいる、とかな」
 そう言うスチューの視線は、明らかにケグへと向いている。ケグは眉をひそめる。
「どういう意味だよ」
「俺たちが元々予想していたバージンの目的は何だ? ブライダー以外を貶めて大学の価値を上げること、だったよな。もしぽっと出の奴がバロック祭でいきなりブライダーまでのし上がったらどうなる? そんなの、威厳なんてあったもんじゃない。だから俺たちが狙われたんだ。俺たちがブライダーになるとニーナの家で宣言したあの日、その場にいたのは誰だ? お前が学長に伝えたんだろ? 俺たちが次のバロック祭で、ブライダーの地位を狙ってるって」
「嘘だろ? まだ俺がインサイドの一員だって疑ってるのか? 火事で殺されかけたんだぞ」
「疑いを晴らしたいなら、お前がどうしてインサイドの依頼を受けたのか言ってみろ。何のために金が必要だったんだ?」
「それは……言えない」
「ほらな。他人の推薦書を捨てて夢を奪うから、のど斬りのケグ。この大学の噂ってのは、やっぱり馬鹿にならない」
 スチューの言葉に、ケグは口調を荒げる。
「お前らだって、他人に言えないことの一つや二つあるだろ?」
「他人の夢より金が大事なんだろ? 学長とお似合いだと思うぜ。一生人の足引っ張って生きとけよ、カラス!」
「そんなの俺が望むわけないだろ!?」
 ケグが叫ぶと、ピンクは机をばんと叩き、立ち上がる。
「やめて! あんたたちの喧嘩、もううんざり!」
 彼女はそうして、俯いたままでいる俺へと目を向ける。
「リュウ、あなたも何か言ってよ」
 俺は言葉を返せない。姿勢を崩して背もたれに寄り掛かり、下を向いたまま右手を動かす。
 そのとき、ピンクの声色が変わった。
「……またそうやってペンダント弄ってる」
 彼女に言われて気が付いた。俺はついいつもの癖で、胸に掛かっているあのペンダントを触っている。ぼーっとしていただけだったはずの視線も、いつの間にかその中心にあるくすんだエメラルドへと向いている。
 彼女は崩れた姿勢の俺を見下ろしながら言う。
「いい加減自立しなよ。私たちのリーダーでしょ? そんな下らない過去にすがってなきゃ生きていけないの?」
 耳を疑った。
「何だって?」
 俺は立ち上がり、前脚を机の上に乗せる。
「俺の過去が、下らない?」
 彼女は今度、俺の顔を見上げながら言う。
「あんたがどういう風に生きてきたとか、私は全然知らない。でも、そうやって過去にすがり続けるのは下らないよ」
「俺にとってこれがどんなに大切なものか、ピンクにわかるのか? あの基地にあった思い出がどれだけ大切だったか!」
 俺は右手でペンダントを握りしめながら、声を荒げる。周りの視線は無関係の者を含め、痛いほど俺に集まってくる。
「元々あなたが始めたことでしょ? 私たちを集めて、バンドを作って。それなら今の私たちを見てよ! チームに何が必要かを考えて!」
「あの基地なんかどうでも良かったってのか? ピンクにとっちゃ思い出なんてその程度ってことかよ?」
「そうじゃないけど……またみんなで頑張ったら良いじゃん! またみんなで基地でも何でも作って、」
「俺はあの場所が好きだったんだよ!」
 俺はいつの間にか机を叩いていた。轟音の後、辺りがしんと静まり返ると、喧騒はまた新たに食堂を包む。
 仲間の視線は一堂に俺へと集まる。ピンクは特に面食らった顔をしている。罪悪感と共に俺はまた椅子へ座り込み、両手で顔を覆う。こんな情けない顔、みんなに見られたくない。溢れそうになる涙を抑えながら俺は言う。
「みんな好きだ。みんなと作ったあの場所が好きだった。大切なものがたくさんあった。ずっとみんなで一緒にいたかった。それなのに……」
 不意にあのラジオのことを思い出してしまう。結局、俺はラジオを大切にするという約束すら守れなかった。本当はピンクがすべて正しい。前に進まなければいけないことはわかっている。でもこんな仕打ちを受けて、一体誰が立ち直れる? 楽器もすべて燃え、ブライダーになる目標も潰えた。これから学長という大きな力にどうやって立ち向かえばいいのか。
心は既に折れかかっている。仲間にもひどいことを言ってしまった。これ以上立ち上がれない。仲間も思い出も無くして前に進むなんてこと、俺には……。

「あんたたち!」
 背後から響いたその声。気丈で、堂々として、誰もが振り向いてしまいそうな芯のあるそれ。俺はすぐには振り向けず、零れ落ちそうな涙を拭き切ってからようやくその方を向いた。
全身を包む、見覚えのある薄茶色の毛。彼女はとてもブライダー一位とは思えないほど質素な部屋着を着て、こちらを見据えそこに立っていた。
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