世界で一番ロックな奴ら

あおい

文字の大きさ
36 / 45
インサイド

4

しおりを挟む

 彼女の大型バイクは、俺を乗せるにも十分な大きさをしていた。俺は尻尾でバイクの淵を持ち、彼女の体に前脚を添えながらそこから振り落とされないようにする。彼女も俺を気遣い、速くも遅くもない速度でエンジンを吹かしてくれている。夜空の下、数々の坂や木々を越えながら、ニーナはスチューたちのいる寮へとバイクを走らせる。ケグはすぐ横を飛び、俺たちを見守るように並走してくれている。
「一体、ミューボウルに何があったんだ」
 俺は彼女の後ろで言う。傷口を涼しい風に当てられているおかげで、先ほどまでの熱は幾分かましになっている。彼女は前を見据え、風に耳を揺らしながら言う。
「そんなの私が訊きたいくらい。あなたたちがいなくなった後、大学中にいた学生が急におかしくなった。獣人種から自然種まで、色んな種族の奴らが。私はキートンのおかげですぐに避難できたけど、彼は他の学生を助けるために本棟の方へ行ってしまった。それで、二人は今までどうしてたの?」
 ニーナは半分だけ振り向き、俺とケグを視界に捉える。俺は暴走学生について考える。この出来事はきっと大事件として報道される。しかし、スプライト・リブが今まで何の問題もなく学生生活を送っていたことを考えると、その因子を持った学生は恐らく初めからこの大学に潜んでいたのかもしれない。
当然、ただの優秀な音大生だった一般人が何らかの要因で凶暴にさせられてしまっただけの可能性もある。しかし、それでは神隠しの説明がつかない。神隠しに会った学生は、家族諸共その存在が綺麗さっぱり無くなっていた。そこで湧き上がってくる仮説。
彼らに元から家族なんていなかったとしたら?
すぐにそれを調べることは難しいけれど、暴走学生のそれぞれの生い立ちについてスチューのパソコンで調べれば、恐らくすべてがわかる。
あの暴走学生たちこそ、今まで神隠しに会ってきた存在なんだ。
エンジンと風の音を聞きながら、俺はニーナに言う。
「ニーナ。君は、自分がわからなくなったことがある?」
「え? 何よ急に」
「挫折したとか否定されたとかで、自分を見失ったこと。君ほどの音楽家でも、そういう経験、あるのかなって」
 思い返せば、俺も過去にそういう経験はあった。どうしてその質問が一番に出てきたのかはわからない。しかし、針の穴のような細い道筋、パズルの中の最後のピースが、彼女にはあるような気がする。彼女にはきっとそういう力がある。俺を救ってくれた、昔のシルビアのように。
 彼女はしばらく沈黙する。そうして話すことを決意したように、澄んだ声で言う。
「あるよ。たった一度だけ」
 彼女はハンドルを握る手の力は緩めず、進む先を真っすぐと見つめる。
「子供の頃、ピアノで生きていくって決断をしたとき、初めは親に猛反対された。そのとき、私の中にはたくさんの自分がいた。ピアノを続けたい自分、両親を愛してる自分、両親を憎む自分……どの私も本当の自分を譲らなくてさ。あのときは凄く悩んだ」
「どうやって立ち直ったの?」
 俺の耳は頭の上で、彼女と同じように揺れている。
「私にはピンクがいた。あの子は私のピアノを何度褒めてくれたかわからない。一人だったらどうなってただろうって、今でも思うよ。誰も私を見つけてくれなくて、自分に押し潰されて。そんな悲しいことってないでしょ?」
 ケグは彼女の言葉を、隣の空で俺と共に真剣な面持ちで聞いている。彼がいるだけでどれほど勇気が湧くだろう。彼がいなければあのライブは成立しなかった。
 俺も彼女も同じだ。孤独を感じれば寂しくなる、同じ生き物同士。
——俺の頭の中で、点と点が繋がり始める。
 自分を失ったようなスプライト・リブと暴走学生たち。神隠しの洞窟。描かれていなかった種族図鑑。
 俺の記憶はようやく引き出される。母の読んでくれなかったあの説明書きに、一体何が書かれてあったか。
「ありがとう、ニーナ」
 俺は言う。彼女とケグが次の俺の言葉を待つ中、高速で過ぎていく景色をただ見つめる。俺はずっと誰かに助けられて生きてきた。今回だってそうだ。もしもあのとき、母が俺にあの本を読んでくれていなかったら。
「ようやくわかった。インサイドの正体」
 その言葉に、一番驚きを示したのはケグだった。
「おい。それマジか!?」
 彼は俺の顔を見て、信じられないように言う。驚きのあまりその翼の形は乱れ、彼は少し空中でよろけた。ニーナは何も言わず走りに集中している。俺の言葉が少しでも寮に急ぐべきなことを、彼女はきっとわかっている。
 スチュー達の住む寮は十階建てで、各個室にそれぞれの種に応じた様々な工夫が施されている。俺たちはその入り口に着くとすぐバイクを降り、止まっているエレベーターを尻目に階段を駆け上がった。途中に息を切らしたニーナを、今度は俺が背中に乗せる。傷の具合は悪くない。彼女とケグがいることを考えれば、どんな無理だってできるような気がしてくる。
 スチューの部屋の前に着き、俺はその硬質な扉を叩く。夜中にも関わらず、彼は十秒も経たずにそこを開けてくれた。
「リュウ、その怪我……」
 再開を喜ぶより先に、スチューは俺の翼に開いた穴を見て言った。
「ピンクとフリックを呼んでくれ」
 間髪入れずに言う。真実を暴くには、みんなの協力が必要になる。スチューは戸惑っていたけれど、俺の言葉をすぐに実行し始めてくれた。パソコンを開き二人に連絡を取った後、その情報網で俺の気になったことを素早く調べ上げてくれる。そして合点がいった。
 目指すは大学本棟の学長室。この場所からはまた少し時間が掛かるけれど、問題ない。二人が他の部屋から駆けつけてきてくれた段階で、俺は想定する限りの事件概要をみんなに説明した。そして、これから俺たちが何をしなければならないのかも。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

ダンジョントランスポーター ~ 現代に現れたダンジョンに潜ったらレベル999の天使に憑依されて運び屋になってしまった

海道一人
ファンタジー
二十年前、地球の各地に突然異世界とつながるダンジョンが出現した。 ダンジョンから持って出られるのは無機物のみだったが、それらは地球上には存在しない人類の科学や技術を数世代進ませるほどのものばかりだった。 そして現在、一獲千金を求めた探索者が世界中でダンジョンに潜るようになっていて、彼らは自らを冒険者と呼称していた。 主人公、天城 翔琉《あまぎ かける》はよんどころない事情からお金を稼ぐためにダンジョンに潜ることを決意する。 ダンジョン探索を続ける中で翔琉は羽の生えた不思議な生き物に出会い、憑依されてしまう。 それはダンジョンの最深部九九九層からやってきたという天使で、憑依された事で翔は新たなジョブ《運び屋》を手に入れる。 ダンジョンで最強の力を持つ天使に憑依された翔琉は様々な事件に巻き込まれていくのだった。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

悪役皇子、ざまぁされたので反省する ~ 馬鹿は死ななきゃ治らないって… 一度、死んだからな、同じ轍(てつ)は踏まんよ ~

shiba
ファンタジー
魂だけの存在となり、邯鄲(かんたん)の夢にて 無名の英雄 愛を知らぬ商人 気狂いの賢者など 様々な英霊達の人生を追体験した凡愚な皇子は自身の無能さを痛感する。 それゆえに悪徳貴族の嫡男に生まれ変わった後、謎の強迫観念に背中を押されるまま 幼い頃から努力を積み上げていた彼は、図らずも超越者への道を歩み出す。

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

処理中です...