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インサイド
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しおりを挟む彼女の大型バイクは、俺を乗せるにも十分な大きさをしていた。俺は尻尾でバイクの淵を持ち、彼女の体に前脚を添えながらそこから振り落とされないようにする。彼女も俺を気遣い、速くも遅くもない速度でエンジンを吹かしてくれている。夜空の下、数々の坂や木々を越えながら、ニーナはスチューたちのいる寮へとバイクを走らせる。ケグはすぐ横を飛び、俺たちを見守るように並走してくれている。
「一体、ミューボウルに何があったんだ」
俺は彼女の後ろで言う。傷口を涼しい風に当てられているおかげで、先ほどまでの熱は幾分かましになっている。彼女は前を見据え、風に耳を揺らしながら言う。
「そんなの私が訊きたいくらい。あなたたちがいなくなった後、大学中にいた学生が急におかしくなった。獣人種から自然種まで、色んな種族の奴らが。私はキートンのおかげですぐに避難できたけど、彼は他の学生を助けるために本棟の方へ行ってしまった。それで、二人は今までどうしてたの?」
ニーナは半分だけ振り向き、俺とケグを視界に捉える。俺は暴走学生について考える。この出来事はきっと大事件として報道される。しかし、スプライト・リブが今まで何の問題もなく学生生活を送っていたことを考えると、その因子を持った学生は恐らく初めからこの大学に潜んでいたのかもしれない。
当然、ただの優秀な音大生だった一般人が何らかの要因で凶暴にさせられてしまっただけの可能性もある。しかし、それでは神隠しの説明がつかない。神隠しに会った学生は、家族諸共その存在が綺麗さっぱり無くなっていた。そこで湧き上がってくる仮説。
彼らに元から家族なんていなかったとしたら?
すぐにそれを調べることは難しいけれど、暴走学生のそれぞれの生い立ちについてスチューのパソコンで調べれば、恐らくすべてがわかる。
あの暴走学生たちこそ、今まで神隠しに会ってきた存在なんだ。
エンジンと風の音を聞きながら、俺はニーナに言う。
「ニーナ。君は、自分がわからなくなったことがある?」
「え? 何よ急に」
「挫折したとか否定されたとかで、自分を見失ったこと。君ほどの音楽家でも、そういう経験、あるのかなって」
思い返せば、俺も過去にそういう経験はあった。どうしてその質問が一番に出てきたのかはわからない。しかし、針の穴のような細い道筋、パズルの中の最後のピースが、彼女にはあるような気がする。彼女にはきっとそういう力がある。俺を救ってくれた、昔のシルビアのように。
彼女はしばらく沈黙する。そうして話すことを決意したように、澄んだ声で言う。
「あるよ。たった一度だけ」
彼女はハンドルを握る手の力は緩めず、進む先を真っすぐと見つめる。
「子供の頃、ピアノで生きていくって決断をしたとき、初めは親に猛反対された。そのとき、私の中にはたくさんの自分がいた。ピアノを続けたい自分、両親を愛してる自分、両親を憎む自分……どの私も本当の自分を譲らなくてさ。あのときは凄く悩んだ」
「どうやって立ち直ったの?」
俺の耳は頭の上で、彼女と同じように揺れている。
「私にはピンクがいた。あの子は私のピアノを何度褒めてくれたかわからない。一人だったらどうなってただろうって、今でも思うよ。誰も私を見つけてくれなくて、自分に押し潰されて。そんな悲しいことってないでしょ?」
ケグは彼女の言葉を、隣の空で俺と共に真剣な面持ちで聞いている。彼がいるだけでどれほど勇気が湧くだろう。彼がいなければあのライブは成立しなかった。
俺も彼女も同じだ。孤独を感じれば寂しくなる、同じ生き物同士。
——俺の頭の中で、点と点が繋がり始める。
自分を失ったようなスプライト・リブと暴走学生たち。神隠しの洞窟。描かれていなかった種族図鑑。
俺の記憶はようやく引き出される。母の読んでくれなかったあの説明書きに、一体何が書かれてあったか。
「ありがとう、ニーナ」
俺は言う。彼女とケグが次の俺の言葉を待つ中、高速で過ぎていく景色をただ見つめる。俺はずっと誰かに助けられて生きてきた。今回だってそうだ。もしもあのとき、母が俺にあの本を読んでくれていなかったら。
「ようやくわかった。インサイドの正体」
その言葉に、一番驚きを示したのはケグだった。
「おい。それマジか!?」
彼は俺の顔を見て、信じられないように言う。驚きのあまりその翼の形は乱れ、彼は少し空中でよろけた。ニーナは何も言わず走りに集中している。俺の言葉が少しでも寮に急ぐべきなことを、彼女はきっとわかっている。
スチュー達の住む寮は十階建てで、各個室にそれぞれの種に応じた様々な工夫が施されている。俺たちはその入り口に着くとすぐバイクを降り、止まっているエレベーターを尻目に階段を駆け上がった。途中に息を切らしたニーナを、今度は俺が背中に乗せる。傷の具合は悪くない。彼女とケグがいることを考えれば、どんな無理だってできるような気がしてくる。
スチューの部屋の前に着き、俺はその硬質な扉を叩く。夜中にも関わらず、彼は十秒も経たずにそこを開けてくれた。
「リュウ、その怪我……」
再開を喜ぶより先に、スチューは俺の翼に開いた穴を見て言った。
「ピンクとフリックを呼んでくれ」
間髪入れずに言う。真実を暴くには、みんなの協力が必要になる。スチューは戸惑っていたけれど、俺の言葉をすぐに実行し始めてくれた。パソコンを開き二人に連絡を取った後、その情報網で俺の気になったことを素早く調べ上げてくれる。そして合点がいった。
目指すは大学本棟の学長室。この場所からはまた少し時間が掛かるけれど、問題ない。二人が他の部屋から駆けつけてきてくれた段階で、俺は想定する限りの事件概要をみんなに説明した。そして、これから俺たちが何をしなければならないのかも。
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