世界で一番ロックな奴ら

あおい

文字の大きさ
39 / 45
大切なもの

2

しおりを挟む

 腕と背中の筋肉が隆起すると、学長はそのままミニィクの拳を腕ごと弾き返した。ミニィクはその凄まじい力によろけるが、後ろ向きに倒れそうになった体を長い腕で直前に支える。学長はそのようすを見据え、ミニィクに近付きながら言う。
「情けない話だ。学生に大学を奪われるなど」
 驚きで動けていないケグを横目に、俺はどうにか起き上がる。体はまだ重かったが、少しでも学長に協力しなければ。
「あいつ、シェイプシフターっていう種族です。まともに攻撃を喰らうと、体液が毒みたいに体へ入り込んでくる」
「なるほどな。手を抜く必要はないというわけだ」
 彼は俺の言葉に応じ、手のひらを上向きにして胸の前に構える。そこから発せられる煌びやかな光。黄色の中に虹色が混ざり、手のひらの上の小さな空間に幻想的な世界を生み出している。
 咆哮を上げながら同じように拳を振ってきたミニィクに対し、バージン学長は掌打の構えを見せ、腕を突き出す。掌の中にあった光は放射状に広がり、音を立てて弾ける。ミニィクの拳は学長に触れることなく、反対方向へと弾き返される。
 ユニコーンの魔法。学長は本気だ。訓練を積まなければただのテレポートですら難しいらしいけれど、彼はミニィクの強大な力を弾き返すほどの魔法をいとも簡単に使いこなしている。
 俺は彼の隣に立ち、共にミニィクを見つめる。そのビッグフットの姿は大学本棟と明け方の光に混ざり、より凶暴に見える。俺は動きの鈍い自身の体に喝を入れながら、彼に言う。
「あなたは知ってたんですか? 学生にあれだけシェイプシフターが混ざってたって」
「神隠しの洞窟を探る過程で、想定はしていた。事態を防げなかった以上、言い訳にしかならないがな」
 ミニィクはそれ以上の会話を許してくれない。もう一度迫ってきた彼の攻撃を、俺は爪と拳で返そうとする。しかし瞬間、体中に痛みが走る。やはり傷はまだ癒えていない。避けなければと思ったが、学長の防御は俺がそれを実行に移すよりも速かった。
 その掌から発せられた魔法は、またもやミニィクの拳を弾き返す。しかしその威力は先ほどよりも弱く、光の強さも弱まっている。学長も疲労を感じている。これだけの傷を受け、尚戦おうとしているのだから当然だ。
「リュウ、大丈夫か!?」
 ミニィクを跨いだ大学本棟の方から、スチューの声がした。エレベーターの待機組だったスチューとフリックに階段を降りてきたピンクとニーナも加わり、俺の仲間は全員揃う。ケグも他の仲間も俺たちから距離を取って戦いに巻き込まれないようにしているが、いつその均衡が崩れてもおかしくはない。すぐにでもミニィクを再起不能にできれば良いけれど、俺の体は既に限界を迎えている。学長にばかり負担をかけてもいられないのに、俺の脚はセメントで固められてしまったかのように動かない。ミニィクはまた攻撃の準備をしている。このままではまずい。
 このままでは。
「ダラゴン」
 学長は言う。ミニィクはすぐそこまで迫っているのにも関わらず、上手く立ち上がれない俺の前に跪く。そうして俺の肩関節に魔法の手を添え、更に言う。
「お前は今でも、夢を追う気があるか?」
 何故だろう。彼の威厳のある目で見つめられると、時が遅く感じた。ミニィクの気配も仲間たちの声すらも、彼と共にいる空間には届かないような気がして。
「夢……」
 俺の夢。かつては母とずっと共にいることだった。そこにシルビアが加われば、仲間たちが加われば、どれほど幸せだっただろう。
一人で夢を見たことなんて、一度もなかった。音楽家としてはむしろ失格かもしれない。シルビアに今の俺を知られれば、もしかしたら笑われてしまうかも。でも、俺にとっての音楽は、ただの音の集合体なんかじゃない。
俺のロックは、ひとりじゃ成しえない。
「俺は、みんなとずっと一緒にいたい。それができるなら、音楽だって捨てられる」
 俺は学長に言う。俺の中にあるすべての想いを、ありのままに。
 学長は意味深な笑みを見せた。彼のそんな表情を、俺は今まで一度も見たことがない。
「なら、お前にすべて託そう」
 彼の手は光る。俺の肩関節に触れる魔法の光は柔らかく広がり、俺を包む。すると、俺の体は軽くなった。翼の傷から発せられていた熱は、その魔法によって吸い取られていく。俺の体の節々からセメントのようなミニィクの体液が浮き上がり、学長の魔法の手のひらの中へと消えていく。
 俺は学長の顔を見る。彼は俺の中にある感情をすべて理解しているかのように、真っすぐに言う。
「時間は稼ぐ。お前がこの事件を解決するんだ。いいな?」
 そこに世界一の音大を統べる学長の威厳は見えない。代わりに見えたのは、優しさだった。自己を犠牲にしてでも自身の子供たちを守ろうとする、勇敢な父親のような。
 ミニィクの拳は迫りくる。バージン学長は魔法を使わず、今度はその肉体のみで彼の攻撃を受け止めた。筋肉同士がぶつかる激しい音がする。その広い背中を俺に向けながら、彼は叫ぶ。
「行け! 夢を追え、若者!」
 ニーナはミニィクと学長を避け、バイクを走らせて駆けつける。
「早く乗って!」
 そこに俺以外の仲間は全員揃っている。俺は学長に目を配りながら、素早くバイクの空いているスペースに飛び乗る。そうしてサドルにぎりぎりで座っているピンクにフリック、甲羅の上のスチューを前脚で落ちないように支える。俺自身の体は尻尾で車体を掴むことによってバランスを補った。
 ニーナは前傾姿勢に立ちながら、アクセルを強く回す。林へと入っていく途中、激しいエンジンの音と共に、学長の背中とビッグフットのミニィクは遠ざかっていく。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

ダンジョントランスポーター ~ 現代に現れたダンジョンに潜ったらレベル999の天使に憑依されて運び屋になってしまった

海道一人
ファンタジー
二十年前、地球の各地に突然異世界とつながるダンジョンが出現した。 ダンジョンから持って出られるのは無機物のみだったが、それらは地球上には存在しない人類の科学や技術を数世代進ませるほどのものばかりだった。 そして現在、一獲千金を求めた探索者が世界中でダンジョンに潜るようになっていて、彼らは自らを冒険者と呼称していた。 主人公、天城 翔琉《あまぎ かける》はよんどころない事情からお金を稼ぐためにダンジョンに潜ることを決意する。 ダンジョン探索を続ける中で翔琉は羽の生えた不思議な生き物に出会い、憑依されてしまう。 それはダンジョンの最深部九九九層からやってきたという天使で、憑依された事で翔は新たなジョブ《運び屋》を手に入れる。 ダンジョンで最強の力を持つ天使に憑依された翔琉は様々な事件に巻き込まれていくのだった。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

悪役皇子、ざまぁされたので反省する ~ 馬鹿は死ななきゃ治らないって… 一度、死んだからな、同じ轍(てつ)は踏まんよ ~

shiba
ファンタジー
魂だけの存在となり、邯鄲(かんたん)の夢にて 無名の英雄 愛を知らぬ商人 気狂いの賢者など 様々な英霊達の人生を追体験した凡愚な皇子は自身の無能さを痛感する。 それゆえに悪徳貴族の嫡男に生まれ変わった後、謎の強迫観念に背中を押されるまま 幼い頃から努力を積み上げていた彼は、図らずも超越者への道を歩み出す。

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

処理中です...