世界で一番ロックな奴ら

あおい

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大切なもの

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 最上階の長い廊下を駆けながら、俺は抱いていたケグを勢い良く放す。彼はその勢いのままに空中の軌道に乗り、よろけながらもその翼を羽ばたかせる、扉を壁ごと破る轟音と共に、ミニィクは凄まじい速度で俺たちを追ってくる。
「リュウ、何があったの!?」
 階段まで辿り着いたとき、逃げ出した犯人を捕らえるために待機してくれていたピンクは言った。そこにはニーナも一緒だった。最早今のミニィクを止めることなんて誰にもできない。俺は二人に叫ぶ。
「外に逃げろ、急げ!」
 俺の号令と共に、俺たちは一斉に階段を駆け下りる。ミニィクは俺たちの走りをものともせず、徐々に距離を詰めながら俺たちを追ってくる。このまま全員が一緒にいては、翼のないピンクやニーナはすぐに追いつかれてしまうだろう。俺が彼を惹きつけなければならない。
 約三階層を降りた後、俺は更なる下の階へと続く階段からフロアの方向へと舵を切った。
「リュウ、どこ行くの!?」
 ピンクは叫ぶが、振り向くわけにはいかない。俺の狙い通り、ミニィクは彼女たちを無視して壁や床を破壊しながらそのまま俺を追ってきてくれた。しめたと思ったが、彼女たちについて行ったと思ったケグはいつの間にか隣を飛んでいる。逃げてほしい意図を伝えている暇もなく、俺たちは二人で廊下を駆ける。
 その階の廊下から見える講義室には、大学の異常事態で避難してきた学生たちが時々見えた。このままではどこへ逃げても誰かを危険に晒してしまう。俺がミニィクをどこへ誘導すべきか頭を悩ませたとき、
「こっちだ、来い!」
 ケグは俺の少し先を飛び、ある講義室の前で俺に向かって叫んだ。そこまで走りその講義室を見ると、中はちょうど無人だった。俺は扉を開けて室内へ入り込み、段差の各段に並べられた椅子と長机の間を駆ける。その後を追うミニィクに扉という概念はない。咆哮を上げながら、彼は横開きのそれを破壊して俺と同じ道を走り抜ける。
 俺は道の先の窓へと真っ直ぐに向かう。ここからの高さがどれほどのものかはわからないが、やるしかない。
「飛べ、ケグ!」
 俺は彼に叫びながら突っ込む。窓は簡単に割れて、俺は明け方の空の下、石タイルの地面へと真っ逆さまに落ちた。翼を羽ばたかせても開いた穴のせいで浮くことはできない。せめて頭だけでも守れるよう、何とか空中で体勢を変える。しかし四つ脚と尻尾だけでは、すべての衝撃は抑え切れなかった。
 着地と同時に強く体を打ち、その衝撃は内臓まで響く。肺の空気がすべて吐き出され、息ができなくなる。
「おい、無事か!?」
 ケグは割れた窓から俺の傍まで降りてきて言う。俺は前脚で重い体を持ち上げ、腹に力を込めて何とか息を吸い込む。全身の痛みは消えない。しかし俺は自分の体のことよりもつい気になって、胸に掛かった母のペンダントを見た。その年季も相まって汚れているけれど、壊れてはいない。安堵の息も束の間、背後から轟音が聞こえる。
 ビッグフットとなったミニィクは、その両足だけで着地の衝撃をすべて受け止めていた。石のタイルは割れ、彼の足下に二つの大きな穴があく。彼は足を上げ、壊れたタイルを蹴り上げながら俺たちに近づいてくる。最早一刻の猶予もない。
「ケグ、行ってくれ」
 俺はまだ飛ぶ力の残っているケグに言う。すると、彼は語気を荒げる。
「そんなことできるわけねぇって! 早く立てよ!」
 彼は小さな翼で俺の前脚を掴み、斜め上へ引っ張る。俺の体は動かない。全身の痛みと翼から発せられる熱が、俺の思考を止めている。頭は落下から守ったはずなのに、視界は脳震盪を起こしたかのように揺らいでいる。このままではまずい。ミニィクは既に傍まで近寄って来ている。その拳は長い腕によって振り上げられ、俺たちに迫る。
「リュウ!!」
 ケグは叫ぶ。視界の中で揺れるその拳を、俺はただ見ることしかできない。
 
 
——その攻撃が俺たちを捉えようかという刹那。目の前に立ちはだかった白い壁。
 何が起きたのかわからない。俺はその拳に対して何もできなかったけれど、受けた傷は何もなかった。代わりに見えたのは、傷だらけの背中。スラックスのみを身に纏った獣人種の彼の白い体は、黒い汚れと赤い傷で満ちている。その強靭な肉体と威厳を映えさせた白銀のたてがみは明け方の風に揺れ、俺たちを守ってくれている。
「バージン学長……」
 見間違いではない。目の前の学長は、ミニィクの繰り出した巨大な拳をその身一つで受け止めていた。
 彼は上半身を震わせながら、半分振り返って涼しい声で言う。
「久しいな、ダラゴン」
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