世界で一番ロックな奴ら

あおい

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大切なもの

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「ピンク、聞こえる?」
 ニーナは言う。先ほどの喧嘩腰とは違い、語り掛けるような落ち着いた声で。
「あんたのこと、好きだよ。私のピアノを褒めてくれただけじゃない。あんたはずっと私の星だった。あなたがいたから、私は今日までピアノを続けられた」
 ピンクは何も言わない。しかし後ろから見える頭の上の両耳の動きから、感情が揺れ動いているのがわかる。ニーナは神隠しの洞窟を一心に目指しながら、尚続ける。
「でもね、私だっていつまでも一人じゃいられない。あんたみたいに特別な関係になれるかもって人が、ようやく見つかったんだ。だから……」
 その次の言葉までには、少しの間があった。
 そうして彼女は、今までで一番はっきりと言う。
「そのドラゴン、もたもたしてると私が盗っちゃうから!」
 ——ドキリとした。俺と同じ感情を受けたかのように、ピンクは戸惑いながら言う。
「は、はあ!? 知らねーよ! 勝手に盗れし!」
 俺は何も言えない。だってこんな状況で、彼女の言葉が冗談か本気かもわからない。
 ピンクは語気を強め、更に言う。
「大体、離れていったのはあんたの方でしょ!? 私は初めから、ピアノだけをやる気なんて全然なかった!」
 それに対抗し、ニーナも負けじと声を荒げる。
「私にはあんたとピアノしかなかったんだよ! あんたさえわかってくれれば、私たちずっと親友でいられたのに!」
 ピンクは怯む。そうして彼女への文句を絞り出すように言う。
「そんなの……言ってくれなきゃわかんないよ!」
「どうしてよ? 私たち、ずっと通じ合ってたじゃない!」
「わかんないものはわかんない! 何でもかんでも自分の思い通りになると思わないで!」
 そのときだった。残像にすら見えた巨大なクモの自然種が、素早く、突如俺たちの前に立ちはだかる。最高速に達しかけているバイクが急に止まれるはずもない。タイヤがそのクモを巻き込むと同時に、クモはセメントになって弾けた。俺たちは宙に浮かび上がる。バイクは遠くへ離れ、俺たちは勢いそのままに地面へと迫る。
「ヤバっ……!」
 ニーナは放り出された状態で、目を見開いて言う。俺は姿勢を変え、翼と腕でニーナとピンクを同時に抱く。背中を地面に向けて尻尾を叩きつけ、衝撃を吸収しながら着地する。鱗と土が強く摩擦し、背中が熱くなる。しかし、腕の中の二人に目立った傷は見当たらない。
「大丈夫?」
 俺は二人に訊く。
「あ、ありがとう」
 ニーナは寝た体勢のまま、戸惑いながら言う。
 セメントはまた自然種のクモを形作り、俺たちの前に立ちはだかる。俺たちは全員で立ち上がって敵の方向に構える。最早奴は一匹でない。ミニィクのセメントは増殖し、そのクモは既に群れを形成して俺たちの行く手を阻もうとしている。
「行って、リュウ」
 ピンクは言う。俺に背を向け、まったく振り返る気がないようすで。
「でも、」
「私たちなら平気。このときのために、ずっとあんたと一緒にいてきた」
 その言葉の真意はわからない。しかし今の彼女の顔には、今まで一度も見えなかったような爽快感がある。
「私も恩返しがしたい。いつまでもこいつにすべてを任せるわけにはいかないの」
 そう言われたニーナはピンクと同じように背を向け、敵の群れを見据える。
「行きなよ。あなたがみんなのリーダーなんだから」
 彼女たちが心配かと問われれば、当然そうだ。犬の獣人種は戦闘向きの種族じゃない。他者と調和を作り、秩序を保つこと。それこそ彼女たちが最も得意とすることのはず。
 しかし、二人は俺を信じてくれている。スチューやフリックと同じように、俺たちがミニィクを救ってこのクモたちを消してくれることを願っている。恐怖は感じるけれど、みんなの想いを無下にはできない。
「必ずやり遂げる」
 俺はそう言い、四つ脚で走り出す。二人の背中はどんどん遠ざかって行く。
 隣を飛ぶケグは何も言わない。きっと彼もわかっている。俺たちがすべてを解決するしかないのだと。
 俺たちは林の中をしばらく走り続けた。明け方で白んでいた空に、太陽が顔を出し始める。いつしか俺たちは立入禁止の黄色い規制線を越え、神隠しの洞窟のすぐ傍まで来ていた。
 しかし、そこまでにもう一走り必要な坂があるところで、背後から咆哮が聞こえる。その距離はまだ遠いけれど、間違いない。あれはビッグフットのミニィクの咆哮だ。彼は学長や他の仲間の猛攻を躱し、既に俺たちの背後まで迫っている。
「もう時間がない」
 俺はケグに言う。
「行ってくれ、ケグ」
 俺がミニィクを止める。最早これ以上の選択肢は残されていないはずだ。
 しかしケグはミニィクの咆哮が聞こえた背後を見つめると、俺に決意の目を向けて言った。
「いや。お前が行くべきだ」
「ミニィクの一番の親友はお前だろ?」
「そうだ。だからって、あいつを救ってやれるとは限らない」
 俺は口を噤んでしまう。そのときのケグの眼差しは、見たことない程に真っすぐだったから。
「リュウ。お前は俺を救ってくれた。ずっとそういう生き方をしてきたんだろ? それがお前の個性なんだよ」
 そんなこと、人生で言われたことがない。
 しかし俺はきっと彼を信じるべきだ。
 俺が今まで生きてきた法則に基づくのなら。
「あいつを救ってやってほしい。頼む」
 俺は彼の目をしばらく見つめた後、無言で頷く。洞窟へと向かう途中に振り返って見えた、遠ざかっていく仲間の姿。もう何度も見た光景だ。俺を信じた仲間が、俺に夢を託す光景。不思議と恐怖はない。俺の中は彼らのくれた決意と勇気で満ちている。
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