世界で一番ロックな奴ら

あおい

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大切なもの

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 そこから少し走ると、洞窟へはすぐに辿り着いた。懐かしさすら感じる、白い石の壁に開いたその大きな穴。俺がそこに入って行こうとすると、まるで俺のその行動を一切許してくれないとでもいうような、恐ろしい気配をすぐ傍から感じた。
 横を見ると、奴はいた。俺の翼に穴を開けた、背中に触手を背負う黒い怪物。奴はまるで初めからそこに立っていたかのように、ごく自然に俺の隣に立っている。
 しかし、俺は臨戦態勢には入らない。その怪物自身が戦いを望んでいないと、直感で悟ったから。
「なあ。お前も一人だったのか?」
 俺は怪物に言う。奴はそのごつごつした顔を一瞬俺の方に向けると、また洞窟の方を向いて歩き出す。俺はその後を追うように、暗い神隠しの洞窟の中へと入り込んでいく。
 中は何も見えない。深さがどの程度あるのかすらわからない。振り向くと外の光はもう大分遠くにあって、既に相当な距離を進んできたことが伺える。暗闇の中でもその怪物がどこを歩いているかは容易にわかった。目が慣れてその姿を捉えやすくなってきたこともあるけれど、何より彼には俺と同じ何かを感じる。自分以外の何かを強く求めているかのような、そういった言葉では説明し難い思念のようなものを。
 やがてその怪物は歩みを止める。そうして左斜めに曲がり、また少し歩く。そのとき、彼が何を目指して歩いて来たのか、その目的地がようやく見えた。彼の進む先の地面に見える僅かな光。彼はその傍でまた立ち止まると、振り返って俺を一瞥する。そうして、その体は溶けていく。文字通りセメントのような灰色の液体になって、その光の中へと姿を消していく。俺は光へと向かい、そこに何があるのかを見た。木の枝で編まれた巣の中に佇む、小さなその姿を。
「ミニィク……」
 その巣の中いるワシのヒナを、俺はすぐに彼だと察した。液体になってその小さな命の前に撒かれた怪物の体は、その口に取り込まれていく。そのセメントを餌に、ヒナは満足気に食事を続けている。
「ずっと、ここにいたのか」
 俺はその巣の前に座り込む。「たった一人で」
 ヒナは食べることに夢中になって、俺をまったく気に掛けない。それを見ていると寂しくなった。彼にとってこの状況は、当然のように存在している。
 ミニィクのしたことは、今でも許せない。けれど。
「俺も君みたいな時期があった。自分を見失って、どうしようもなくなって」
 そのヒナは俺を見ない。それでも俺は語り掛ける。
「でも、俺を見つけてくれた人たちがいた。みんながいなかったらどうなってたかわからない。あのときシルビアがいなかったらと思うと……俺も、生きていられなかったと思う」
 俺は首に掛かっていた母のペンダントを、何年振りかにはずす。そうしてヒナへと微笑みかける。
「ずっと恩返ししていきたいって思う。俺はみんなさえいれば、俺でいられる。そういう友達を見つけるのって、多分難しいことなんだと思う。でも、もしできるなら、俺が君のきっかけになってあげたい」
 俺は、ペンダントをヒナへと掛ける。
「俺の大切なもの、一つやるからさ」
 それはその小さな体を囲って、毛布のようにヒナ全体を覆う。そのとき、ヒナは初めて俺を見た。ペンダントと交互に俺を見て、くすんだエメラルド色の宝石に自身の姿を映す。エメラルドの鏡の上の、ぼやけた自身の姿を不思議そうに見つめ、首を傾げる。
「見つかるよ。君だけの自分自身。きっと誰かが見つけてくれる」
 背後から足音と、荒い息遣いが聞こえる。
 ビッグフットのミニィクは俺が振り向くと、その眼光をより尖らせて俺を睨んだ。俺はそれを睨み返すことはしない。代わりに向けるのは、ヒナに向けたものと同じ微笑み。彼が少しでも寂しさを感じなくなるように。
「元気でやれよ。ミニィク」
 彼の拳が迫る。俺の視界から光が消える。
 ドラゴンにとってのつながりは、きっと何よりも大切なもの。
 決して苦い思い出なんかじゃなく。
 だから、たとえ最後になったとしても、きっとこれでいい。
 家族にも仲間にも、この終わり方なら。俺は、自信を持って向き合える。
 そう思った。
 
 
 ——ぼやけた視界の中に見えた、空の頂点に浮かぶ太陽。眩しいほどに射す光は俺全体を包み、体を温めてくれている。目覚めた直後は記憶がなかった。俺がどうしてここにいるのか、どうして仲間たちに囲まれているのかもわからない。
 しかし、泣きそうな顔で俺を覗き込むピンクのようすを見て、思い出す。
「みんな……」
 彼らは誰一人として欠けていない。そこには傷だらけのバージン学長やニーナの姿もある。すべての状況を把握し切る前に、ピンクは俺に抱きついてきた。俺の鼻は獣と花の匂いで包まれ、むず痒くなる。俺は片前脚で自身の体を支えて起き上がり、もう片方で彼女を抱きしめ返す。そしてようやく気付いた。この場所が一体どこなのか。
 振り返ると見えた白い石の壁は、かつて神隠しの洞窟が存在していた場所だ。今やそこにあった穴は消え、あの洞窟は綺麗さっぱり無くなっている。
「ミニィクは?」
 仲間の顔を見られた安心と同時に、俺は心配になって言う。ケグは二本脚で跳ね、仲間の中から現れる。胸の前に広げられた翼の中には、あのペンダントとワシのヒナがあった。その二つは既に一体になっている。くすんだエメラルド色の宝石は産毛に包まれたそのヒナの胸に埋め込まれ、チェーン部分は一つの作品のように、その小さな翼と絡み合っている。
 事の顛末は、すべて彼が話してくれた。
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