世界で一番ロックな奴ら

あおい

文字の大きさ
43 / 45
大切なもの

6

しおりを挟む

 ミニィクは宣言通り俺の仲間たちを吸収して回ったが、彼らの特別な個性を完全に消化することはできなかった。俺のペンダントを吸収したことで学生としてミューボウルに紛れていたミニィクの分身たちはすべて消え、同時に神隠しの洞窟も消えてしまった。まるで初めからそこに何もなかったかのように。
 俺の翼の傷は治癒が遅く、未だ完治していない。しかし、ミニィクの体液が毒として俺の体に流れ込んできたとき、俺は彼の心の深くにある寂しさを共に感じた。それは怪我をした唯一のメリットだったように思う。俺の過去も相まって共感を覚えながら、彼に最後言葉を掛けることができたから。
 ミニィクの体はワシのヒナたった一つになってしまって、彼の中にどういう葛藤があったかは今や知ることはできない。しかし、ケグは言う。
「こいつはきっと救われたと思う。これからは俺が面倒を見て、俺が一から音楽を教えていく。今度は絶対、さびしい思いをさせない」
 俺は何も言わずに笑いかけた。彼らならきっとやっていける。もしミニィクが暴走してしまうことがあれば、また俺たちが助けてやれば良い。そういう関係があるだけで、人生の輝きはきっと何倍にも増す。
 学長はこれから事務処理やメディアへの対応に追われるらしい。何か手伝えることはないかと打診したが、音大生の本分は練習だと言われて断られてしまった。あの日夢を託してくれたことも含め、彼にも大きな恩ができてしまった。これから少しずつ返していければ良いけれど、その学生想いの姿を見ていると骨が折れそうだ。
 もうすぐ大学の秋休みも明ける。俺たちはそれまでの間、みんなでニーナの家に泊まった。当然ミニィクも一緒だ。彼女の執事であるキートンは子供の扱いについても詳しいようで、ケグは餌のやり方やおむつの替え方を何度も教わっていた。スチューはケグの慌てるようすを見て馬鹿にし、ケグも毎回そのからかいに怒ったけれど、今やその光景すら微笑ましい。あの基地ですら見られなかった、新しい仲間も加わった新しい景色。
 きっとシルビアにも自慢できる。
「みんな、出たぞ!」
 朝の練習を終えてダイニングで休んでいる最中、スチューは叫んだ。彼はみんなで食卓を囲むときに使う高級な長机に座り、パソコンを操作している。近くのソファでスマホを見てだらけていたピンクが言う。
「出たって何が?」
「総合成績、更新されてる!」
 その言葉で、俺の耳は縦に立った。翼と脚のストレッチの支えとして使っていた火の付いていない暖炉の傍を離れ、すぐに彼の下へと駆け寄る。同じ部屋でそれぞれくつろいでいた仲間たちも一斉にパソコンの前に集まった。そこには何だか落ち着かないようすのニーナの姿もある。彼女は自身の成績を稼ぐことなくバロック祭を終えてしまった。心配になるのは当然だ。
 画面に映し出される、成績の上位百人が並べられたその表。スチューが百位から順に画面をスクロールしていく最中、ピンクはパソコンの画面の一部分を指さしながら言った。
「あっ! 見てここ!」
 そうして俺たちはその名前を見つけた。いつの間にかぼーっとした顔で静かに佇んでいた、最高のドラマーである彼の名を。
「フリック・サテライト、六十六位……」
 フリックがブライダーに。その事実は確かに画面上に刻まれている。
 俺たちと同じ画面を見つめるフリックは未だ無表情だ。あの権威あるブライダーのリストに華々しく名を連ねているというのに。
「やっぱすげーなーお前! 天才ドラマーだぜ、ほんと!」
 スチューは椅子から飛び降り、フリックの頭をヒレでぐりぐりと撫でる。その最中、俺は彼の無表情に喜びを感じた。長く付き合っていなければ感じ取ることのできないような機微が彼の顔にはある。甲羅の内に秘めていた感情が、とうとう滲み出てきたかのような。
 仲間の中で新しくブライダーになった者は彼以外にいない。過去に交わしたピンクとニーナの対決はある意味決着がついたと言えるけれど、そんなことは最早本人たちすら気にしていない。とにかく俺が気になったのは、その表の頂点に刻まれているその名前。パソコンから離れたスチューの代わりに俺がマウスを握り、画面を上へスクロールする。彼女の名前は……。
 あった。俺は何度かその文字列を見て、間違いがないかを確認する。やはりニーナの成績は落ちていない。彼女は未だブライダー一位で、ミューボウルが誇る世界一の音大生のままだ。
「なんか、ホッとしてる?」
 ニーナは手を後ろに組み、俺の顔を覗き込みながら言う。俺はマウスを握っていた前脚を床に落とす。
「君が落ちなくて良かった」
「馬鹿ね。この程度で落ちるわけないっての。リアルな話、あなた達の演奏が他の学生たちの成績を吸ってくれたのかなって思ってる。感謝してるよ」
「お礼を言わなきゃいけないのは、俺たちの方だよ」
 彼女がいなければあのライブは成立しなかった。ピンク、スチュー、フリック、ケグ、ニーナ、更には俺たちを手助けしてくれたキートンやバージン学長まで……彼らの手助けがあったからこそ、ミニィクは一つになった。彼らがいたからこそ、俺は俺でいられた。
 そうして時は移り変わり……秋休みの明ける一日前、俺はニーナの家の白い門を潜る前に、彼女から新しいギターを受け取った。前のギターを壊してしまったことに関しては事情を汲んでくれて、彼女からも特に言及はなかった。仲間は燃えてしまった楽器たちの代わりに、一時的に地下室から借りたそれらを持って彼女の家を発つ準備をしている。フリックの甲羅の上にロープで止められたドラムセットはまるで一つの建築物のようだ。
「本当、今までありがとう」
 俺は受け取ったギターを首に掛けながらニーナに言う。彼女はいつもの軽装で、片足に体重をかけて腕を組み、俺を見つめている。
「基地はもう大丈夫なの?」
「うん。学長が気遣ってくれてさ。本棟の空き部屋、貸してくれたから」
「別にずっといてくれても良いのに」
「また遊びに来るよ。今度、みんなでライブでもしよう」
 俺たちが会話をしていたところに、ピンクは俺たちがこれから通る道に先走りして口を挟む。
「ほら、うつつ抜かしてないで! さっさと行くよ」
 みんなそれぞれの荷物を背負い、ケグもミニィクをリュックサック式のベビーキャリアに背負って、あとは俺がそこに加わるだけだ。俺はみんなの方から、ニーナに振り返って言う。
「それじゃあ、また」
「待ちなさいよ。まだサプライズが残ってるんだから」
 ニーナはそう言って、俺たち全員を引き止める。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

ダンジョントランスポーター ~ 現代に現れたダンジョンに潜ったらレベル999の天使に憑依されて運び屋になってしまった

海道一人
ファンタジー
二十年前、地球の各地に突然異世界とつながるダンジョンが出現した。 ダンジョンから持って出られるのは無機物のみだったが、それらは地球上には存在しない人類の科学や技術を数世代進ませるほどのものばかりだった。 そして現在、一獲千金を求めた探索者が世界中でダンジョンに潜るようになっていて、彼らは自らを冒険者と呼称していた。 主人公、天城 翔琉《あまぎ かける》はよんどころない事情からお金を稼ぐためにダンジョンに潜ることを決意する。 ダンジョン探索を続ける中で翔琉は羽の生えた不思議な生き物に出会い、憑依されてしまう。 それはダンジョンの最深部九九九層からやってきたという天使で、憑依された事で翔は新たなジョブ《運び屋》を手に入れる。 ダンジョンで最強の力を持つ天使に憑依された翔琉は様々な事件に巻き込まれていくのだった。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

悪役皇子、ざまぁされたので反省する ~ 馬鹿は死ななきゃ治らないって… 一度、死んだからな、同じ轍(てつ)は踏まんよ ~

shiba
ファンタジー
魂だけの存在となり、邯鄲(かんたん)の夢にて 無名の英雄 愛を知らぬ商人 気狂いの賢者など 様々な英霊達の人生を追体験した凡愚な皇子は自身の無能さを痛感する。 それゆえに悪徳貴族の嫡男に生まれ変わった後、謎の強迫観念に背中を押されるまま 幼い頃から努力を積み上げていた彼は、図らずも超越者への道を歩み出す。

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

処理中です...