世界で一番ロックな奴ら

あおい

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大切なもの

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 まったく聞かされていなかったその言葉の内容に、俺は疑問を浮かべる。
「サプライズ?」
 そのときだった。俺たちが進もうとしている林の中の本棟に続いている道から、エンジン音が聞こえる。ニーナのおかげで俺はその音に聞き慣れていた。大型バイク特有の、唸り声のような馬力のあるエンジン音。
「良いね。ちょうど来たみたい」
 ニーナは得意気に言う。その音は徐々に近付き、その持ち主はバイクと共に俺たちの目の前に現れる。巨大なヘルメットとそれを支えるだけの巨体は颯爽とバイクにブレーキをかけ、軽いドリフトをかけて立ち止まる。全員の注目が彼へと集まる中、その男はヘルメットをはずす。そこに現れた黒いたてがみと、風格のある鋭い顔つき。その男に対峙したケグは、誰よりも驚きを顔に示している。
「まさか……」
 その男は頭を掻き、話し出す。
「いやぁ、やっと着いたよ。あそこの林、火事でもあったの? 道が塞がってて迷っちゃった」
 彼の口調には、見た目からは想像し難いお茶らけた雰囲気があった。しかし、俺たち音楽人は彼を最もよく知っている。その名を歴史に刻んだロックバンドのリーダー、黒ライオンの獣人種であるその男。
「本物の、アーサー・レオ・アレン……」
 ケグは言葉を零す。俺たちがアーサーの纏うオーラに息を呑む中、ニーナはその光景が当然かのようにアーサーへ言う。
「あなたが偽物に乗っ取られたせいで、色々とややこしいことになったの。もっと頻繁にメッセージ見る癖つけてもらわないと」
「ニーナ、久しぶりだね。ずっと来たいと思ってたんだけど、中々忙しくてさ。またすぐに出なきゃならない」
 アーサーはニーナにそう言いながらバイクを降りてスタンドを立ち上げ、辺りを見回す。そうしてケグに目を留めると、片手を挙げながら彼の下へと歩いていく。
「いたいた。ケグ・ワグナー君だよね?」
 ケグはその急な挨拶に怯んだが、すぐに黒い羽毛の背筋を伸ばしてアーサーを見上げる。
「は、はい」
「ニーナの配信を観たんだ。そこで、君が俺の推薦書を拒んでいたことも知った」
 ケグの顔に緊張感が走る。しかしそれとは対照的に、アーサーは黒い毛の生えた顎に手を当て、リラックスしたようすで言う。
「まあ、人生色々あるからな。意図せず誰かを傷付けてしまうことだってきっとある。俺だって自分の曲に関して、何件苦情を受けてきたかわからない」
「アーサーの曲に苦情? 本当に?」
 ケグは恐る恐る、彼の言葉が信じられないように言う。
「本当さ。弱者への配慮が足らないだとか、もっと環境問題を歌った曲を作るべきだとかね。どれだけ一生懸命やったとしても、そういうことってきっと避けては通れないんだろう。それがアーティストってものだと俺は思う」
 まるで半分他人事のように自身の試練について語る彼は、やはりどこかトップアーティスト特有の自信に満ち溢れている。彼は勇気を分け与えるような顔で、最後ケグに言う。
「だからこそ、姿勢は正さなきゃならない。失敗したり邪魔されたりしても、前さえ見てれば物事は勝手に進んでいくものさ。君がどう決断するかは君の自由だ。でも、俺は君と音楽がしたいと思って君に推薦書を送った。これからどう生きていくにしても、君は既に素晴らしいものを持ってるんだってことを忘れないでほしい」
 アーサーはケグに正面を向きながらそう言い切ると、ケグの背負うミニィクに腰を屈めて手を伸ばし、太い指でその顎を撫でる。「可愛いね」
 ミニィクは気持ち良さそうに目を閉じる。アーサーはその動作を終えるとすぐに踵を返し、またバイクに乗り込む。ヘルメットを手早くその頭に着ける直前、彼はケグへと言う。
「今日はそれだけ言いに来たんだ。みんな邪魔して悪かった。それじゃあ、大学生活楽しんで!」
 そうしてエンジンを吹かせ、アーサーは颯爽と去っていく。まさに嵐のような出来事に、ケグは視線を落としながら、しかし湧き上がるような熱を顔に宿してくちばしを開いている。
「本当、お菓子の一つぐらい置いてってくれてもいいのに」
 ニーナは遠くなっていくアーサーの背中を見ながら、溜め息をついて言う。
 ケグは顔を上げ、俺たちの方に振り向いた。

「みんな、俺……!」

 希望に満ちたその瞳。俺がずっと見たかったその顔は、今目の前にある。
「行ってこいよ」
 ケグは、俺のその言葉が意外なようだった。
「君のやりたいようにやるんだ。居場所は俺たちが残しておく」
 ケグは俺たち全員を見回す。最後に俺を見て、微笑んで言う。
「ありがとう」
 しばらく俺たちは見つめ合う。きっとお互いにわかっていることだ。これは決して人生最後の尊い時間なんかじゃない。分かれ道はいつか一本道になる。互いの道を進んでいけば、俺たちは必ずまたどこかで巡り会う。
 ケグはミニィクを背負ったまま振り返り、アーサーが走り去っていった方向へ飛んでいく。俺は彼が空と木々の水平線に隠れて見えなくなるまで、そのようすを見守った。いつかまた、共にライブができたなら。
 そのつながりさえあれば。俺は、いつまでもやっていける。
「うっし」
 俺は、前脚で自身の顔を叩く。熱くなった目頭を引き締め、仲間たちに振り向く。音大生の本分は練習だ。新しい基地へ行ってもやることは変わらない。翼にはまだ包帯が巻かれていて、そこに辿り着くまでに時間は掛かるだろうけれど、みんなと歩く時間はきっと愛おしい。
 次のライブに備えての練習に励むべく、俺は号令をかける。

「やるか!」

 仲間たちの準備は、もうできている。
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