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七月七日
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私たちは歩き出す。
無言の時間が続いた。しばらく降っていた雨のせいで、湿気は山の中を包み込んでいる。土はぬかるんでいて歩きにくい。じめじめとした汗がシャツの内側から滲んでくる。
そうしてその鳥居を見つけるまで、私たちは一度も言葉を交わさなかった。
赤い塗装が剥がれ落ちた、背の高いそれ。こんな山奥に建ててあるのだから、きっとなにか深いワケがあるのだと思う。
その下をくぐると、神社が見える。もう誰からも使われなくなっているであろう、その古い建物。木の柱はぼろぼろで、瓦もその半分以上が剥がれていて。むしろこんな状態でよく倒壊せずにいられると思う。
不意に望は言った。
「思い出した」
はっとした顔で、その古びた神社を見つめながら。
「私たち、ここでなにかを埋めたんだ」
それは、私自身も推測を立てていたこと。彼女も九年前のあの瞬間を思い出したようだ。
しかしその内容までは、未だわからない。
「なんだったっけ?」
私は言う。
「多分、あのとき作ってたなにか……」
望は答える。
あの日学校を抜け出す前、私たちはちょうど図工の授業中だった。私たちはほとんど作業を終えてしまって、ただ他の生徒の完成を待っているだけの時間だった……ような気がする。
「なに、作ってたんだっけ?」
望は言うけれど、思い出せない。七歳のときの記憶なんて、そう簡単に掘り起こせるものではない。
「探そう。望は、そっちの方掘り返してみて」
思い出すにはそれしかない。私たちは手分けして、過去に私たちが埋めた遺物を探し出すことにする。
「うん。……」
望は、乗り気でないように見える。
気持ちは痛いほどわかる。もしこの時間が終わってしまえば、きっと私たちの時間すらも終わってしまうから。
「……本当に、これで終わっちゃうの?」
二人で土を掘り返している最中、ふと望は言う。土は爪の中にまで入り込んできて、私の手を気持ち悪く汚している。
「……多分」
彼女の方を見ないままつぶやく。
感じている恐怖は種類こそ違えど、二人とも同じ。
「いっそのこと、咲先輩と付き合ってみれば? 私みたいな面倒臭い奴より、ずっといい」
「ダメだよ。私は望が好きだから」
「どうして、そんなつらいこと言うかな……」
望は、静かに言う。
時は経ち、穴はいくつも増えてくる。指先の皮が土で削れてきて、徐々に痛くなってきた。じめじめとした湿気もずっと気持ち悪い。それでもこの時間は、いつまでだって続いてほしいと思える。
望のいない生活。明日からそれが始まると思うと、その思い出が見つからないことすら願ってしまうけれど。
指先になにかが当たる。平たい石ころのような、固い感触。
これ以上掘り返すか迷った。望は未だ私の異変に気づかず、別の場所を黙々と掘り返している。
すべてを曖昧にして、また明日、何事もなかったかのように親友に戻って。そういう、小さな可能性を考えた。
……そんなこと、ありえないよね。
「あった」
言うと、望は私の方に振り向く。近くまで来て、私の掘った穴を覗き込む。
しばらく静止したのち、彼女は言った。
「こんなもの、いつ食べたんだろう」
穴の先に見えたもの。それは、円柱状のお菓子の缶だった。
私たちは二人でその周りの土を退け、汚れたその缶を取り出す。両手に収まる程度の、クッキーの絵が描かれたそれ。指でこびりついた土を取ると、筆記体アルファベットの商品名が現れる。
望はそのフタに爪を食い込ませる。強い力を加える必要はなく、少しの砂ぼこりを巻き上げながら、それはすぐに開いた。
「じゃあ、開けるよ」
彼女はそのフタを取り去ろうとする。私はその手を止める。これで終わってしまうのかと思うと、あまりにもあっさりとしていて寂しかったから。
「二人で開けよ」
望はうなずいてくれる。二人でその缶を持ち、フタに手をかけ、ゆっくりと開ける。寂しかった。それでも、私たちの手は止まってくれない。
缶の中を覗くと、なにかが丸めてねじ込んであるのが見える。指を突っ込んで触ってみると、ざらざらとした感触がある。これは、紙? おそらく画用紙かなにかだろう。
その塊を引き抜くことを、望は私に任せてくれる。私はその紙が破れないよう神経を使いながら、慎重に取り出す。動作がゆっくりになったのは、今の心理状態も関係していたかもしれない。
その画用紙の塊を持って、缶を地面に置く。九年前の代物ゆえに、ただ広げるだけでも繊維がぽろぽろと崩れてしまいそうで怖かった。むしろここまで形が残っていること自体、奇跡なのかもしれない。
わずかな月の光を頼りに、手のひらの上に広げたその紙を見てみると。
「なにこれ」
望は言う。私も同じ感想を抱く。
それは、七歳の頃の私たちが描いた拙い絵。画用紙はページがめくれるようになっていて、それぞれの紙に描かれた絵を組み合わせることによって、ひとつの物語として成立している。
絵本。あのとき図工の授業で作っていたのはそれだった。私たち二人で、ひとつの作品を作ったのだ。そうしてわざわざこの場所まで来て、お菓子の缶を使って土の中へと埋めた。
そのとき抱いた私たちの気持ちを、いつまでも保存しておけるように。
『ずっとしまっておこう。この気持ちを忘れないように』
九年前の七月七日、私たちは神社のすぐ傍で、夜空の花火の音を聞きながら。二人で穴を掘って、その缶を隠した。誰にも見られないように、気づかれないように。
だって、女の子が女の子に恋するなんて。きっと馬鹿にされてしまう。その歳の私たちにとっては、あまりに繊細な問題だったから。
『でも、こんなに好きなのに、忘れちゃうことなんてあるのかな』
幼い私は言った。
『毎日一緒にいるんだもん。そういうこともあるよ、きっと』
幼い望は言った。彼女が提案してきてくれた。今のままでは、きっと周りには隠し通せないし。かといって、私たちはお互いに愛し合っていて。その気持ちに嘘をつくことなんて、できなかったから。
だから私たちは、設計図を描いた。将来の設計図。私たちが出会ってもう一度この気持ちを思い出して、結婚するまでの。二人で同じ学校に進学して、大人になって。その頃にはきっと、もう女の子同士でも結婚できるようになっていて。
私たちは夢を見た。この恋がずっと続いて、二人で幸せになれますように。いつか誰にも隠す必要もなく、良い家庭を築けますように。
『いつか絶対、もう一度。たくさん、こいしようね!』
幼い望は言った。私も嬉しくなった。だってそのときからずっと、私も望のことが好きだった。
願っていた。いつまでもこんな時間が続いて、たとえ別れることがあっても、またちゃんと元通りになる。
望となら、そんな夢も夢でないと。
無言の時間が続いた。しばらく降っていた雨のせいで、湿気は山の中を包み込んでいる。土はぬかるんでいて歩きにくい。じめじめとした汗がシャツの内側から滲んでくる。
そうしてその鳥居を見つけるまで、私たちは一度も言葉を交わさなかった。
赤い塗装が剥がれ落ちた、背の高いそれ。こんな山奥に建ててあるのだから、きっとなにか深いワケがあるのだと思う。
その下をくぐると、神社が見える。もう誰からも使われなくなっているであろう、その古い建物。木の柱はぼろぼろで、瓦もその半分以上が剥がれていて。むしろこんな状態でよく倒壊せずにいられると思う。
不意に望は言った。
「思い出した」
はっとした顔で、その古びた神社を見つめながら。
「私たち、ここでなにかを埋めたんだ」
それは、私自身も推測を立てていたこと。彼女も九年前のあの瞬間を思い出したようだ。
しかしその内容までは、未だわからない。
「なんだったっけ?」
私は言う。
「多分、あのとき作ってたなにか……」
望は答える。
あの日学校を抜け出す前、私たちはちょうど図工の授業中だった。私たちはほとんど作業を終えてしまって、ただ他の生徒の完成を待っているだけの時間だった……ような気がする。
「なに、作ってたんだっけ?」
望は言うけれど、思い出せない。七歳のときの記憶なんて、そう簡単に掘り起こせるものではない。
「探そう。望は、そっちの方掘り返してみて」
思い出すにはそれしかない。私たちは手分けして、過去に私たちが埋めた遺物を探し出すことにする。
「うん。……」
望は、乗り気でないように見える。
気持ちは痛いほどわかる。もしこの時間が終わってしまえば、きっと私たちの時間すらも終わってしまうから。
「……本当に、これで終わっちゃうの?」
二人で土を掘り返している最中、ふと望は言う。土は爪の中にまで入り込んできて、私の手を気持ち悪く汚している。
「……多分」
彼女の方を見ないままつぶやく。
感じている恐怖は種類こそ違えど、二人とも同じ。
「いっそのこと、咲先輩と付き合ってみれば? 私みたいな面倒臭い奴より、ずっといい」
「ダメだよ。私は望が好きだから」
「どうして、そんなつらいこと言うかな……」
望は、静かに言う。
時は経ち、穴はいくつも増えてくる。指先の皮が土で削れてきて、徐々に痛くなってきた。じめじめとした湿気もずっと気持ち悪い。それでもこの時間は、いつまでだって続いてほしいと思える。
望のいない生活。明日からそれが始まると思うと、その思い出が見つからないことすら願ってしまうけれど。
指先になにかが当たる。平たい石ころのような、固い感触。
これ以上掘り返すか迷った。望は未だ私の異変に気づかず、別の場所を黙々と掘り返している。
すべてを曖昧にして、また明日、何事もなかったかのように親友に戻って。そういう、小さな可能性を考えた。
……そんなこと、ありえないよね。
「あった」
言うと、望は私の方に振り向く。近くまで来て、私の掘った穴を覗き込む。
しばらく静止したのち、彼女は言った。
「こんなもの、いつ食べたんだろう」
穴の先に見えたもの。それは、円柱状のお菓子の缶だった。
私たちは二人でその周りの土を退け、汚れたその缶を取り出す。両手に収まる程度の、クッキーの絵が描かれたそれ。指でこびりついた土を取ると、筆記体アルファベットの商品名が現れる。
望はそのフタに爪を食い込ませる。強い力を加える必要はなく、少しの砂ぼこりを巻き上げながら、それはすぐに開いた。
「じゃあ、開けるよ」
彼女はそのフタを取り去ろうとする。私はその手を止める。これで終わってしまうのかと思うと、あまりにもあっさりとしていて寂しかったから。
「二人で開けよ」
望はうなずいてくれる。二人でその缶を持ち、フタに手をかけ、ゆっくりと開ける。寂しかった。それでも、私たちの手は止まってくれない。
缶の中を覗くと、なにかが丸めてねじ込んであるのが見える。指を突っ込んで触ってみると、ざらざらとした感触がある。これは、紙? おそらく画用紙かなにかだろう。
その塊を引き抜くことを、望は私に任せてくれる。私はその紙が破れないよう神経を使いながら、慎重に取り出す。動作がゆっくりになったのは、今の心理状態も関係していたかもしれない。
その画用紙の塊を持って、缶を地面に置く。九年前の代物ゆえに、ただ広げるだけでも繊維がぽろぽろと崩れてしまいそうで怖かった。むしろここまで形が残っていること自体、奇跡なのかもしれない。
わずかな月の光を頼りに、手のひらの上に広げたその紙を見てみると。
「なにこれ」
望は言う。私も同じ感想を抱く。
それは、七歳の頃の私たちが描いた拙い絵。画用紙はページがめくれるようになっていて、それぞれの紙に描かれた絵を組み合わせることによって、ひとつの物語として成立している。
絵本。あのとき図工の授業で作っていたのはそれだった。私たち二人で、ひとつの作品を作ったのだ。そうしてわざわざこの場所まで来て、お菓子の缶を使って土の中へと埋めた。
そのとき抱いた私たちの気持ちを、いつまでも保存しておけるように。
『ずっとしまっておこう。この気持ちを忘れないように』
九年前の七月七日、私たちは神社のすぐ傍で、夜空の花火の音を聞きながら。二人で穴を掘って、その缶を隠した。誰にも見られないように、気づかれないように。
だって、女の子が女の子に恋するなんて。きっと馬鹿にされてしまう。その歳の私たちにとっては、あまりに繊細な問題だったから。
『でも、こんなに好きなのに、忘れちゃうことなんてあるのかな』
幼い私は言った。
『毎日一緒にいるんだもん。そういうこともあるよ、きっと』
幼い望は言った。彼女が提案してきてくれた。今のままでは、きっと周りには隠し通せないし。かといって、私たちはお互いに愛し合っていて。その気持ちに嘘をつくことなんて、できなかったから。
だから私たちは、設計図を描いた。将来の設計図。私たちが出会ってもう一度この気持ちを思い出して、結婚するまでの。二人で同じ学校に進学して、大人になって。その頃にはきっと、もう女の子同士でも結婚できるようになっていて。
私たちは夢を見た。この恋がずっと続いて、二人で幸せになれますように。いつか誰にも隠す必要もなく、良い家庭を築けますように。
『いつか絶対、もう一度。たくさん、こいしようね!』
幼い望は言った。私も嬉しくなった。だってそのときからずっと、私も望のことが好きだった。
願っていた。いつまでもこんな時間が続いて、たとえ別れることがあっても、またちゃんと元通りになる。
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