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いつかはすべて、日常になる
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ちょうど次の日。私たちはだいぶ疲労が溜まっていたけれど、望と二人で遅刻ギリギリになりながらも、なんとか登校した。咲先輩はお金持ちということが想像しにくい地味な車で、いつものごとく送ってもらったらしい。彼女の家の近くに住めば、私たちも一緒に送ってもらえるだろうか。なんて、咲先輩といるといつも邪な思いが生まれてしまう。
望と話してわかったことだけれど、昨日の花火は地元で噂になっているらしい。誰かのいたずらだとか、はたまた妖怪のしわざだとか、そんなザ・田舎のような古臭い意見もちらほらと見える。でも、誰かが不幸になったわけではない。むしろ土砂降りの中あの花火を偶然見かけて、気分が晴れやかになったという人もいる。私と望、お互いに親づてで聞いた話だからどの意見も真偽は不確かだけれど、事件のようにはなっていなくて少しほっとした。
つい頭がぼーっとしてしまう退屈な数学の授業をなんとか終えて、休み時間。望はすぐに私の席へとやってくる。そのスピードはほんの数日前よりも増しているように思える。
そして傍に来るやいなや、私に抱きついてくる。おっぱいを触ってくる。特段他人に自慢できるような代物でもない私のそれ。昨日は私の方が積極的だったけれど、人前となると攻勢は簡単に変わってくる。
私が言うと、彼女はすぐに返してくる。そんな親友のような恋人のような会話を、私たちは楽しむ。
「ちょっと。くっつきすぎ」
「いいじゃーん。おっぱいは触れば触るだけ得だよ?」
「みんな見てるでしょ」
「みんな見たがってるんだよ。制服の大和なんて、あと二年ちょっとしか見られない」
「いやいや。わざわざ人目につく必要ないでしょって話」
「いやいやいや! 聞いて、大和。私たち、ずっと想いがすれ違ってて、今まで親友として過ごしてきた。そうでしょ?」
「うん」
「恋人としての時間を、とにかく紡いでかなきゃいけない。この九年間を越えるくらい、たくさん思い出を作ってかなきゃいけないんだよ。わかるよね?」
「そうだね」
「人目なんて、気にしてる暇ないの。あえてかっこよく言うなら、私たちは私たちの時間を生きればいい」
「おー。確かに、望にしてはかっこいいね」
「えー。もっと素直に褒めてよ」
「言いたいことはわかるけど。慌てる必要もないんじゃないかな、とも思うよ」
「というと?」
「例えば、すごく美味しいお寿司でも、毎日食べてたら飽きるでしょ? 週一とか月一とか、贅沢ってそのくらいのペースである方が、感じられる幸せも多いんじゃないかな」
「……」
「不満そうだね」
「だって。幸せに効率なんて必要ないでしょ。私は絶対、毎日お寿司でも幸せ!」
「でもそれが日常になっちゃったら、たぶん幸せじゃなくなっちゃうよ。望もそれが怖かったから、あのとき私を振ったんでしょ?」
「うん。気持ちが風化しちゃうのが怖かった」
「なら、べたべたするのは家にいるときだけでいいんじゃない? その方が特別感もあるし」
「大和はさ。お寿司にも焼肉にもなれる力があるよ」
「それは、喜んでいいの?」
「いっぱい喜んで! 少なくとも私にとっては、大和はずっと特別。いつ見てもいつ触っても、胸がドキドキする。だから、私たちがどこにいようと関係ない。私はずっとべたべたしていたい」
「でもいつかは、それも日常になっちゃう」
「そうだね。それは間違いない」
「どうするの?」
「どうって?」
「私と望は九年間ずっと愛し合ってて、たぶん今後もずっとそのままなんだろうってことはわかった。でも、恋人としての関係は、私と望のあいだで普通になっていく。多くの時間を紡げば紡ぐほど、特別な時間が特別じゃなくなっていく。それってすごく寂しい。望が私と付き合うのを怖がってた理由、今なら何となくわかる。私たちの人生って、まだまだ長いし。一生順風満帆にいけるほど、恋愛って甘くないと思う」
「なんか、大和もやけに大人になっちゃったね。感慨深いなあ」
「茶化さないでよ。今後の付き合い方、真剣に考えてかなきゃでしょ!」
「ごめんごめん。ふざけたわけじゃないんだけど」
「それで、いわゆる〝特別感〟っていうやつ。いくらお互いのことが好きでも、そういうのってどんどん薄れていっちゃう。望が教えてくれたことだよ」
「そうだっけ?」
「そうだよ!」
「もう忘れてきちゃったなー。大和のことが好きすぎて」
「また茶化してる?」
「違うもーん。事実だもーん」
「はあ……とにかく、今べたつく必要もないでしょ。恥ずかしいし、離れてよ」
「私ね。答えがわかってきたよ。どうして大和のおっぱいを触るのが、今でなきゃならないのか」
「本当に? 納得できる気がしないんだけど」
「人間は、一瞬一瞬を大切に生きなければならぬ。ゆえに目の前にあるおなごの乳を揉めぬことなど、人生であってはならぬのだ!」
「もういいってば。ふざけてないで、さっさと離れて」
「もし明日、私が死んだらどうする?」
「え?」
「後悔する?」
「……する。でも、それはずるいじゃん。そんなの何でもアリになっちゃうよ」
「いえーい。これが答えだよ。私の勝ち。それじゃあ、遠慮なく揉んでいいよね?」
「ダメ。全然納得できてない」
「えー。いい加減諦めなよ。私だって、これ以上言うの恥ずかしいんだけど」
「何言ってんの、散々べたべたしといて」
「ほら、わかるでしょ? お母さんに日頃の感謝とか伝えられないのと一緒でさ。ノリでスキンシップとかはできるんだけど、いざ面と向かってまっすぐとってなると、やっぱ照れちゃうというか」
「もったいぶってないで、早く言ってよ。休み時間終わっちゃう」
「……大和のこと、愛してる」
「はい?」
「ほら、気まずい空気になった。今の私たち、他の人から見たらちょっとイタい人たちだ。大和のせいだー」
「いや、だって、急にそんなこと言われても……」
「明日私が死んだら、悲しいんだ? 嬉しい。愛してる。ぎゅって抱き締めてあげたい」
「や、やめてよ、もうがっつり抱き着いてきてるじゃん!」
「それとこれとは違うの。この違い、大和にわかる?」
「わかんない!」
「大和のことは大好きで、性欲もモリモリ湧くけど」
「モリモリって……」
「でも、それ以上に愛してるの。正直ね、私はもう大和にいつ振られたっていいと思ってる」
「……急に寂しいこと言うじゃん」
「だって、常識的に考えておかしいでしょ。女の子は女の子に恋をしない。それがずっと昔から続いてきた世界の心理で、私たちの遺伝子に刻まれた変えられない事実なんだから」
「あ。そういうこと言ってると逮捕されるよ。怖い時代なんだから」
「べつになにされたっていい。大和が生きていれば。大和が、私の生きがい」
「……すごく嬉しいけど。ちょっと、危険なカンジに聞こえるな。いわゆる、メンヘラ的な?」
「もっと深く考えて。息子が溺れてる。お母さんは命を懸けてそれを助けようとする。大和は、それをキケンな思想だって思うの?」
「確かに、そう言われると違う気もするけど」
「私たちは恋人以前に、九年間親友として培ってきたものがある。咲先輩も、イズニーで言ってた。お互いに信頼できる人間だとわかってるはずだって」
「それは、間違いない」
「この気持ちだけは、絶対風化しない。私にはわかる」
望は、私の胸にその額を置く。
「だから、もう恋はしなくていい。ずっと一緒にいさせて」
その愛情たっぷりな声を聞いていると、つい許したくなってしまう。
まあ、私たちはまだ付き合ったばかりだし。今日ぐらいは、このままでもいいかもしれない。
それ以上突き放すことはしなかった。二人だけの時間の中で、誰の視線も気にせずに、柔らかい彼女を感じている。
不意に、彼女が私に告白してきてくれたときのことを思い出す。きっとものすごく怖かったと思う。女の子が女の子に恋すること自体、普通とは言い難いわけだし。
でも、そんな普通じゃないこと。日常じゃ感じられないこと。私が気づけていない当たり前の幸せも、きっとあるのだと思う。
そういう幸せを尊べる人間。些細なことにも、感謝を忘れない人間。
そういうふうに、望となっていけたら。
望と話してわかったことだけれど、昨日の花火は地元で噂になっているらしい。誰かのいたずらだとか、はたまた妖怪のしわざだとか、そんなザ・田舎のような古臭い意見もちらほらと見える。でも、誰かが不幸になったわけではない。むしろ土砂降りの中あの花火を偶然見かけて、気分が晴れやかになったという人もいる。私と望、お互いに親づてで聞いた話だからどの意見も真偽は不確かだけれど、事件のようにはなっていなくて少しほっとした。
つい頭がぼーっとしてしまう退屈な数学の授業をなんとか終えて、休み時間。望はすぐに私の席へとやってくる。そのスピードはほんの数日前よりも増しているように思える。
そして傍に来るやいなや、私に抱きついてくる。おっぱいを触ってくる。特段他人に自慢できるような代物でもない私のそれ。昨日は私の方が積極的だったけれど、人前となると攻勢は簡単に変わってくる。
私が言うと、彼女はすぐに返してくる。そんな親友のような恋人のような会話を、私たちは楽しむ。
「ちょっと。くっつきすぎ」
「いいじゃーん。おっぱいは触れば触るだけ得だよ?」
「みんな見てるでしょ」
「みんな見たがってるんだよ。制服の大和なんて、あと二年ちょっとしか見られない」
「いやいや。わざわざ人目につく必要ないでしょって話」
「いやいやいや! 聞いて、大和。私たち、ずっと想いがすれ違ってて、今まで親友として過ごしてきた。そうでしょ?」
「うん」
「恋人としての時間を、とにかく紡いでかなきゃいけない。この九年間を越えるくらい、たくさん思い出を作ってかなきゃいけないんだよ。わかるよね?」
「そうだね」
「人目なんて、気にしてる暇ないの。あえてかっこよく言うなら、私たちは私たちの時間を生きればいい」
「おー。確かに、望にしてはかっこいいね」
「えー。もっと素直に褒めてよ」
「言いたいことはわかるけど。慌てる必要もないんじゃないかな、とも思うよ」
「というと?」
「例えば、すごく美味しいお寿司でも、毎日食べてたら飽きるでしょ? 週一とか月一とか、贅沢ってそのくらいのペースである方が、感じられる幸せも多いんじゃないかな」
「……」
「不満そうだね」
「だって。幸せに効率なんて必要ないでしょ。私は絶対、毎日お寿司でも幸せ!」
「でもそれが日常になっちゃったら、たぶん幸せじゃなくなっちゃうよ。望もそれが怖かったから、あのとき私を振ったんでしょ?」
「うん。気持ちが風化しちゃうのが怖かった」
「なら、べたべたするのは家にいるときだけでいいんじゃない? その方が特別感もあるし」
「大和はさ。お寿司にも焼肉にもなれる力があるよ」
「それは、喜んでいいの?」
「いっぱい喜んで! 少なくとも私にとっては、大和はずっと特別。いつ見てもいつ触っても、胸がドキドキする。だから、私たちがどこにいようと関係ない。私はずっとべたべたしていたい」
「でもいつかは、それも日常になっちゃう」
「そうだね。それは間違いない」
「どうするの?」
「どうって?」
「私と望は九年間ずっと愛し合ってて、たぶん今後もずっとそのままなんだろうってことはわかった。でも、恋人としての関係は、私と望のあいだで普通になっていく。多くの時間を紡げば紡ぐほど、特別な時間が特別じゃなくなっていく。それってすごく寂しい。望が私と付き合うのを怖がってた理由、今なら何となくわかる。私たちの人生って、まだまだ長いし。一生順風満帆にいけるほど、恋愛って甘くないと思う」
「なんか、大和もやけに大人になっちゃったね。感慨深いなあ」
「茶化さないでよ。今後の付き合い方、真剣に考えてかなきゃでしょ!」
「ごめんごめん。ふざけたわけじゃないんだけど」
「それで、いわゆる〝特別感〟っていうやつ。いくらお互いのことが好きでも、そういうのってどんどん薄れていっちゃう。望が教えてくれたことだよ」
「そうだっけ?」
「そうだよ!」
「もう忘れてきちゃったなー。大和のことが好きすぎて」
「また茶化してる?」
「違うもーん。事実だもーん」
「はあ……とにかく、今べたつく必要もないでしょ。恥ずかしいし、離れてよ」
「私ね。答えがわかってきたよ。どうして大和のおっぱいを触るのが、今でなきゃならないのか」
「本当に? 納得できる気がしないんだけど」
「人間は、一瞬一瞬を大切に生きなければならぬ。ゆえに目の前にあるおなごの乳を揉めぬことなど、人生であってはならぬのだ!」
「もういいってば。ふざけてないで、さっさと離れて」
「もし明日、私が死んだらどうする?」
「え?」
「後悔する?」
「……する。でも、それはずるいじゃん。そんなの何でもアリになっちゃうよ」
「いえーい。これが答えだよ。私の勝ち。それじゃあ、遠慮なく揉んでいいよね?」
「ダメ。全然納得できてない」
「えー。いい加減諦めなよ。私だって、これ以上言うの恥ずかしいんだけど」
「何言ってんの、散々べたべたしといて」
「ほら、わかるでしょ? お母さんに日頃の感謝とか伝えられないのと一緒でさ。ノリでスキンシップとかはできるんだけど、いざ面と向かってまっすぐとってなると、やっぱ照れちゃうというか」
「もったいぶってないで、早く言ってよ。休み時間終わっちゃう」
「……大和のこと、愛してる」
「はい?」
「ほら、気まずい空気になった。今の私たち、他の人から見たらちょっとイタい人たちだ。大和のせいだー」
「いや、だって、急にそんなこと言われても……」
「明日私が死んだら、悲しいんだ? 嬉しい。愛してる。ぎゅって抱き締めてあげたい」
「や、やめてよ、もうがっつり抱き着いてきてるじゃん!」
「それとこれとは違うの。この違い、大和にわかる?」
「わかんない!」
「大和のことは大好きで、性欲もモリモリ湧くけど」
「モリモリって……」
「でも、それ以上に愛してるの。正直ね、私はもう大和にいつ振られたっていいと思ってる」
「……急に寂しいこと言うじゃん」
「だって、常識的に考えておかしいでしょ。女の子は女の子に恋をしない。それがずっと昔から続いてきた世界の心理で、私たちの遺伝子に刻まれた変えられない事実なんだから」
「あ。そういうこと言ってると逮捕されるよ。怖い時代なんだから」
「べつになにされたっていい。大和が生きていれば。大和が、私の生きがい」
「……すごく嬉しいけど。ちょっと、危険なカンジに聞こえるな。いわゆる、メンヘラ的な?」
「もっと深く考えて。息子が溺れてる。お母さんは命を懸けてそれを助けようとする。大和は、それをキケンな思想だって思うの?」
「確かに、そう言われると違う気もするけど」
「私たちは恋人以前に、九年間親友として培ってきたものがある。咲先輩も、イズニーで言ってた。お互いに信頼できる人間だとわかってるはずだって」
「それは、間違いない」
「この気持ちだけは、絶対風化しない。私にはわかる」
望は、私の胸にその額を置く。
「だから、もう恋はしなくていい。ずっと一緒にいさせて」
その愛情たっぷりな声を聞いていると、つい許したくなってしまう。
まあ、私たちはまだ付き合ったばかりだし。今日ぐらいは、このままでもいいかもしれない。
それ以上突き放すことはしなかった。二人だけの時間の中で、誰の視線も気にせずに、柔らかい彼女を感じている。
不意に、彼女が私に告白してきてくれたときのことを思い出す。きっとものすごく怖かったと思う。女の子が女の子に恋すること自体、普通とは言い難いわけだし。
でも、そんな普通じゃないこと。日常じゃ感じられないこと。私が気づけていない当たり前の幸せも、きっとあるのだと思う。
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