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Another story2 黒井小夜 編
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私たちは食べ物の屋台を回り、定番の主食系をいくつか腹に入れたのち、りんご飴を買った。私自身食べたことがなくて、けれどいつかは食べてみたかったもの。普通の飴のようなサイズではなく、相当腹持ちの良さそうなその見た目にまず驚いた。既にかなり暗くなっている空の下、お互い片手にその飴を持ちながら、私たちは再び花火の見栄えが良さそうな場所を探す。
飴を噛んで中のりんごに到達したところで、私はそれを食べきれるか不安になった。こういう祭りごとの食べ物というのは、どうやら見た目以上に腹を満たしてくる。私の腹の中は、既に先ほど食べた主食系でいっぱい。りんご飴を買おうと提案したのは私自身だ。それなのにその私が残してしまうなんて、隣の湯桃に申し訳ない。
彼女は私がなにを言うまでもなく、満腹な私の状態を察したらしい。残すなら私が食べるよ、とすぐに言ってくれた。その優しさに感動すら覚えたけれど、私はすぐに首を振る。時間さえ掛ければどうにか腹には収まりそうだと、彼女に気を使われてから気づいた。それに、なんだか少しだけ恥ずかしい気もする。
湯桃は、ちょっとだけ不機嫌そうに顔を背ける。そんなに食べたかったのだろうか。
「……もう一つ、買ってくるか?」
「ん? 大丈夫だよー、私もお腹いっぱいだし」
しかし次の瞬間には、その表情は元の明るく優しいそれに戻っている。やはり不思議だ。お腹がいっぱいなら、どうして私の飴まで食べようとしてくれたのか。それだけ優しい人間ということだろうか。自分のことを顧みず、時には他人にすべてを尽くしてしまえるような。
私も、その姿勢は見習わなければならない。
そう思った直後だった。
「こんばんわ~、姉ちゃんたち」
見知らぬ声。見知らぬ男が三人、私たちの前に立ちはだかる。
「君ら、今フリーなんでしょ? 一緒に遊ぼうよ。俺ら、すげーいい位置取ってるから」
意味がわからない。そう思った。彼らはそれぞれ違う髪色をして、私たちの進路をふさぐように横並びで立っている。どうして話しかけてきたのかもわからないし、一緒に遊んだとしても楽しいと思えるような人間にも見えない。
「いや、私たちはべつに……」
私がその誘いを断ろうとしたときだった。
彼らのはるか後ろの方に、人影が見える。見覚えのある三人組。その先頭に立っていた茶髪の彼女は私の視線に気づくと、すぐさま木の影へと逃げるように隠れる。
合点がいくと同時に、悲しくなる。
先ほど会った三人の後輩たち。おそらくは彼女たちが仕向けたのだろう。その全員が首謀者かはわからないけれど、私たちを覗き見ていた茶髪の彼女のようすから察するに、彼女たちがこの男たちに私たちの存在を教えた。動機は大体想像がつく。先ほど湯桃に追い払われた憂さ晴らしと、私へ溜まった恨みの発散といったところだろう。
私は顔を伏せる。自業自得かもしれない。私が良かれと思ってやってきたことでも、彼女がそう受け取っていないのならば仕方がない。だから、目頭が熱くなってしまうなんて図々しいはず。先輩としても情けない。まさか、後輩にここまでのことをさせてしまうなんて。ひどい人間なのは、きっと私の方。
私は文句も言わなかった。この男たちに連れて行かれるのならそれもまた運命と受け入れる。しかし唯一の懸念は、隣にいるソウルメイトの湯桃咲だ。彼女はなにも悪くない。せめて彼女だけでもここから逃がせればよかったのだけれど……。
私がそう心配をしていると。
湯桃は突如私の両腕をつかみ、私をその正面に向かせた。
「湯桃?」
私が名前を呼んでも、彼女は目を伏せたまま。そうして、絞り出すように言う。
「ごめん、私、ちょっと卑怯かも……」
彼女は顔を上げ、私に迫ってくる。
――唇に、柔らかな感触が走る。
初めての感触。人生で感じたことのないそれ。口の中を、甘いりんごの香りが包む。瞬間、滲み出るような熱が私の全身を包む。まるで電流に打たれたかのように、私は麻痺して動けなくなる。
それは、私たちのようすを見ている男たちも同様だった。湯桃は私から離れると、この空間を牛耳る女神のような妖艶な顔つきで、男たちに言う。
「ごめんなさい。私たち、付き合ってるんです。男の人には、ぜんぜん興味無いので」
その言葉で、男たちは渋々と去っていく。その後ろに見えたはずの後輩たちの姿は既にない。
私は、呆然とする。
「ゆ、湯桃……」
現実感がない。今起きた出来事が信じられない。だって、まさか、キスで撃退するだなんて。今の私の心理を、この心の中のぐちゃぐちゃ具合を説明できる者は、おそらく誰もいない。
全身が汗ばんでくる。シャットダウンしていた私の脳みそは、ようやく体の熱を認識し始める。なんだか少し、呼吸も苦しいような気がする。こんな気持ちは初めてだった。小学生のときに交際していると勘違いしていた男の子と、初めて手を繋いだとき。この胸の苦しさは、そのときにも勝るような気がする。
「本当、ごめんなさい」
湯桃は突如、私に深く頭を下げる。一瞬、なんのことを言っているのかわからなくなる。しかし容易に想像はついた。いくら友だちといえど、あれだけ突然キスを交わすのは、人としてあまりに不自然。
といっても、私に残る不快感は少しもない。
「謝らないでくれ。私のせいで、お前まで危ない目に遭うところだった。にしても、機転が効いたな。まさかキスで追い払うとは……」
「機転なんかじゃないよ」
どうして彼女は、そんな顔をするのだろう。
女の子同士なのに。
暗くなった空の下、僅かな光の中で、その頬はりんご飴のように赤く映えている。
「ずっと、こうしたいと思ってたから」
「……どういう意味だ?」
純粋に、考えるより先に、そう質問する。
「……なんでもないっ!」
彼女はそっぽを向いてしまった。
そうして数分互いに目も合わせず歩いたところで、彼女はまた、まったく元通りになったかのように話しかけてくる。私がそう思い込んでいるだけかもしれない。心の中に本物の優しさを飼っているからこそ彼女は常に笑顔でいてくれるけれど、その内側はきっと繊細で。私に動揺が悟られないよう、隠しているだけなのかも。
飴を噛んで中のりんごに到達したところで、私はそれを食べきれるか不安になった。こういう祭りごとの食べ物というのは、どうやら見た目以上に腹を満たしてくる。私の腹の中は、既に先ほど食べた主食系でいっぱい。りんご飴を買おうと提案したのは私自身だ。それなのにその私が残してしまうなんて、隣の湯桃に申し訳ない。
彼女は私がなにを言うまでもなく、満腹な私の状態を察したらしい。残すなら私が食べるよ、とすぐに言ってくれた。その優しさに感動すら覚えたけれど、私はすぐに首を振る。時間さえ掛ければどうにか腹には収まりそうだと、彼女に気を使われてから気づいた。それに、なんだか少しだけ恥ずかしい気もする。
湯桃は、ちょっとだけ不機嫌そうに顔を背ける。そんなに食べたかったのだろうか。
「……もう一つ、買ってくるか?」
「ん? 大丈夫だよー、私もお腹いっぱいだし」
しかし次の瞬間には、その表情は元の明るく優しいそれに戻っている。やはり不思議だ。お腹がいっぱいなら、どうして私の飴まで食べようとしてくれたのか。それだけ優しい人間ということだろうか。自分のことを顧みず、時には他人にすべてを尽くしてしまえるような。
私も、その姿勢は見習わなければならない。
そう思った直後だった。
「こんばんわ~、姉ちゃんたち」
見知らぬ声。見知らぬ男が三人、私たちの前に立ちはだかる。
「君ら、今フリーなんでしょ? 一緒に遊ぼうよ。俺ら、すげーいい位置取ってるから」
意味がわからない。そう思った。彼らはそれぞれ違う髪色をして、私たちの進路をふさぐように横並びで立っている。どうして話しかけてきたのかもわからないし、一緒に遊んだとしても楽しいと思えるような人間にも見えない。
「いや、私たちはべつに……」
私がその誘いを断ろうとしたときだった。
彼らのはるか後ろの方に、人影が見える。見覚えのある三人組。その先頭に立っていた茶髪の彼女は私の視線に気づくと、すぐさま木の影へと逃げるように隠れる。
合点がいくと同時に、悲しくなる。
先ほど会った三人の後輩たち。おそらくは彼女たちが仕向けたのだろう。その全員が首謀者かはわからないけれど、私たちを覗き見ていた茶髪の彼女のようすから察するに、彼女たちがこの男たちに私たちの存在を教えた。動機は大体想像がつく。先ほど湯桃に追い払われた憂さ晴らしと、私へ溜まった恨みの発散といったところだろう。
私は顔を伏せる。自業自得かもしれない。私が良かれと思ってやってきたことでも、彼女がそう受け取っていないのならば仕方がない。だから、目頭が熱くなってしまうなんて図々しいはず。先輩としても情けない。まさか、後輩にここまでのことをさせてしまうなんて。ひどい人間なのは、きっと私の方。
私は文句も言わなかった。この男たちに連れて行かれるのならそれもまた運命と受け入れる。しかし唯一の懸念は、隣にいるソウルメイトの湯桃咲だ。彼女はなにも悪くない。せめて彼女だけでもここから逃がせればよかったのだけれど……。
私がそう心配をしていると。
湯桃は突如私の両腕をつかみ、私をその正面に向かせた。
「湯桃?」
私が名前を呼んでも、彼女は目を伏せたまま。そうして、絞り出すように言う。
「ごめん、私、ちょっと卑怯かも……」
彼女は顔を上げ、私に迫ってくる。
――唇に、柔らかな感触が走る。
初めての感触。人生で感じたことのないそれ。口の中を、甘いりんごの香りが包む。瞬間、滲み出るような熱が私の全身を包む。まるで電流に打たれたかのように、私は麻痺して動けなくなる。
それは、私たちのようすを見ている男たちも同様だった。湯桃は私から離れると、この空間を牛耳る女神のような妖艶な顔つきで、男たちに言う。
「ごめんなさい。私たち、付き合ってるんです。男の人には、ぜんぜん興味無いので」
その言葉で、男たちは渋々と去っていく。その後ろに見えたはずの後輩たちの姿は既にない。
私は、呆然とする。
「ゆ、湯桃……」
現実感がない。今起きた出来事が信じられない。だって、まさか、キスで撃退するだなんて。今の私の心理を、この心の中のぐちゃぐちゃ具合を説明できる者は、おそらく誰もいない。
全身が汗ばんでくる。シャットダウンしていた私の脳みそは、ようやく体の熱を認識し始める。なんだか少し、呼吸も苦しいような気がする。こんな気持ちは初めてだった。小学生のときに交際していると勘違いしていた男の子と、初めて手を繋いだとき。この胸の苦しさは、そのときにも勝るような気がする。
「本当、ごめんなさい」
湯桃は突如、私に深く頭を下げる。一瞬、なんのことを言っているのかわからなくなる。しかし容易に想像はついた。いくら友だちといえど、あれだけ突然キスを交わすのは、人としてあまりに不自然。
といっても、私に残る不快感は少しもない。
「謝らないでくれ。私のせいで、お前まで危ない目に遭うところだった。にしても、機転が効いたな。まさかキスで追い払うとは……」
「機転なんかじゃないよ」
どうして彼女は、そんな顔をするのだろう。
女の子同士なのに。
暗くなった空の下、僅かな光の中で、その頬はりんご飴のように赤く映えている。
「ずっと、こうしたいと思ってたから」
「……どういう意味だ?」
純粋に、考えるより先に、そう質問する。
「……なんでもないっ!」
彼女はそっぽを向いてしまった。
そうして数分互いに目も合わせず歩いたところで、彼女はまた、まったく元通りになったかのように話しかけてくる。私がそう思い込んでいるだけかもしれない。心の中に本物の優しさを飼っているからこそ彼女は常に笑顔でいてくれるけれど、その内側はきっと繊細で。私に動揺が悟られないよう、隠しているだけなのかも。
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