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第2話 改めて
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それにしても天花ちゃんって本当に可愛い。
もっと今の状況を楽しめる人に彼女として過ごせる権利を譲ってあげたい。客観的に見て、かなり羨ましがられる設定だと思うから。
けっこう裕福な家に生まれた上に、真面目で心配性だけど優しい両親。割と自由に好きなコトやらせてくれる。いわゆる親ガチャで言えば、間違いなく成功の類だ。
そして本人は成績優秀な美少女。これも両親のお陰だな。
新しい学校も全国的に有名な進学校。偏差値高い学校だから要らんコトする生徒が皆無に近く、結果として校則も緩め。
これで不満なんて言ってたら罰が当たる。
冷静に考えると記憶が戻った時だって、あそこまで絶望するモンかとも思う。きっと誠の自我が強すぎて、今の自分とのギャップに打ちのめされたんだろうけど。
今こんなに嫌なのに、前世ではちょっと女体化に興味があったのは何でだろう。具体的にどうなるか分かってなかったせいか。
あと、双子の妹と、もし同性の双子だったら──なんて妄想してたせいもある。アイツは男になりたがってたけど。何でも、どんなに頑張っても筋肉が付き難いから、男が羨ましいとか。
確かに肉体的な強度における性別の壁って相当デカい。
記憶が戻ったせいで、これからは自分のイメージと現実の身体能力の差に戸惑う気がする。年齢的にも、体脂肪率が増え始める時期に差し掛かってるから余計に。
出来るだけ頑張って今の記憶とすり合わせよう。
「天花、そろそろお昼よ」
ノックの音と共に母親の声がする。
天花の母上はフリーのプログラマー。だからダンナの転勤にも平気で付いて来た。寧ろ二人共ここが出身地だから喜んでたくらいだ。
本人は「私なんて所詮使い捨ての消耗品よ」と笑ってるけど、アンタはその限りじゃねーだろ。だって相当稼いでる。
美人で優しくて実年齢より遥かに若く見えて、おまけに高給取りって最高。
結婚して養って欲しい。いや、実際にこの人と、その夫に養ってもらってるけど。
「うん。あ、そうだ。今日の晩御飯は何がいい?」
これ、俺の台詞。
何と天花は忙しい両親を気遣って、夕飯を作る時があるのだ。
マジかよヒロインすげーなとか思ったけど、俺、前世でもやってたわ。
何せ共働きの両親が揃いも揃って料理の腕がイマイチだった。それでも栄養バランスの良い自分好みの食事を摂るには、双子の妹と交替で作るのが近道だったから。
年の離れた姉ちゃんが、結婚して家を出る前に叩き込んでくれたお陰だ。マジ感謝してます。
現世の両親は、どっちも料理が上手い。父親は残業もあるし、偶にしか作る機会は無いけど。
でも何で両親揃って尽く優秀なの?
乙女ゲーのヒロインって普通こんなに恵まれてないだろ? 良く分からんが、攻略対象に酷い目に遭わされて、親友とかお助けキャラのお陰で何とか生き残るんじゃないの?
ヒロインの死因の半分以上が攻略対象って乙女ゲーム原作アニメ、前世で見たぞ。他にもヤバいのが幾つもある。特に隠し攻略キャラは危険が一杯だ。
いや、でも、家庭環境は意外と恵まれてるっぽいのもいるか。悪いのは男運だな。
それはともかく、今夜のメニューの希望を早く述べて欲しい。考えるのが面倒、いや、折角なら相手のご所望に沿いたいからね。
「いつもありがとう、本音に助かるわ。そうね、今晩は少し冷えるらしいから、何か温まる物が良いかな」
「じゃあジンジャースープとラムチョップの香草焼き、温野菜サラダにサフランライスは?」
「うん、お願いね。でも、そろそろ学校も始まるから、明日からは大丈夫よ」
宿題も無く家でゴロゴロしてるだけの中坊にこの気遣い。嬉しいけど、暇なんで色々手伝わせて下さいよ。
「今は習い事も無いし、大丈夫。遠慮しないで」
「ありがとう。でも、天花もいつか大人になって独立しちゃうでしょ? 食事を作ってあげられるのって、あと何年あるか考えると、今の内にやっておきたいのよ」
「そんなの、まだまだ先だよ」
実際あと十年以上はあると思う。気が早すぎませんか?
この人まさか病気とかではないよね?
「親にとっては子供の成長って、あっと言う間なのよ」
前世でも独身だった俺には、その感覚は分からない。でも確かに、甥っ子達の成長の早さには驚かされたものだ。
この先、俺が親になることは無いだろう。しかし幸いにして、天花には弟がいる。あの子次第だけど、この両親も孫の顔を見られる可能性が残ってる。良かった良かった。
それでも俺が何かと心配をかけるだろうから、せめて出来る範囲で親孝行したい。
少しは本来の娘を育てられない二人への罪滅ぼしになるかな。
「ご馳走様でした!」
母上の手料理マジ美味しい。
今のお袋の味、記憶にはちゃんと残ってたんだ。でも、甦った前世の記憶に邪魔されて、何だかぼやけてたからね。もうしっかり思い出した!
勿論、前世の両親も良い人達だし大好きだぞ。手料理以外は。
「そんなの良いのに」
食器を片付けてると、お母さんが声をかける。
でも、この家は食洗機非対応の繊細な食器が多い。今から又仕事に戻る母親のために、この程度はって思う。
さっきの、この人の言葉じゃないけど、親孝行はいつまで出来るか分からないから。
「大丈夫だから仕事に戻って。後でお茶持って行くよ」
「そう? ならお言葉に甘えて」
こっちが引かないと分かると、無駄に言い合いをせずに好きにやらせてくれる。ありがたい。
少し荒れていた心が、お母さんと過ごしていると、どんどん落ち着きを取り戻す。記憶が戻ってからこんなにも早く、安らぎを覚えるなんて。
性転換についてはともかく、この家の子供になれたのは幸せだと思う。
さっきより落ち着いて天花としての記憶と向き合える。
そうなって改めて思い返してみると、物心つく頃には既に自分自身に違和感が付き纏ってたな。
小学生の時分に親に聞いたけど、言葉を話す前には既に女の子らしい物を拒絶していたらしい。
それに、確か初恋は近所の綺麗なお姉さんだった。
記憶が完全に戻る前からとは我ながら驚く。それだけ前世に引きずられているなら、最初から男と恋愛や結婚なんて無理だったと思う。
でも幸い、玩具は乗り物系と可愛い人形のどちらも与えて貰えた上に、そもそも子供の遊びに熱中するタイプじゃない。おまけに三つ年下の弟がいるから、一緒に男の子の遊びも出来た。
可愛い物は心を癒やしてくれるので、ぬいぐるみも嫌いじゃない。前世では妹と一緒に可愛いぬいぐるみと恐竜の玩具で決闘ゴッコなんてやってたし、おままごとだって平気。
ほんの少し女の子っぽい遊びをする程度なら、自尊心は無傷のままでいられたんだ。
でもスカートは別!
心は男なんだから苦痛でしかないだろ。
今の両親が言うには、二歳の時には泣き叫んで断固拒否していたらしい。覚えてないけど。
あまりにも嫌がるので普通にズボンを穿かせてくれて、色味もそんなに甘くない物で固めていた。花柄や雪の結晶モチーフとか、他の女の子が身に纏うのは楽しく見ていたけれど、自分に勧められたら聞こえない振りでやり過ごす日々。
サラサラの緑の黒髪はショートヘア、勿論わざわざ手入れなんてしない。
せっかく授かった娘の可愛らしい姿を愛でたい両親に「少しぐらい長くしてみない?」と訊かれて渋々伸ばしても、肩より少し長くなったらベリーショートに逆戻り。長髪の男も存在するから妥協してみても良いかなって思ったりしたけど、やっぱりゴメンだ。
だって面倒臭いから。
せめて今はショートボブ程度で保ってる。これでも俺にとっては最大限の譲歩だ。
振り返ってみたら、俺、実は意外と憶えていたんじゃないかとも思う。
それで自分の意識と現実の姿との乖離に対応しきれず、自衛のために誠の意識を一時的に封印した。そんな気がする。
今なら対応できるから戻ったのかな。現に、ものの数時間で落ち着いたし。
落ち着いたついでに、そろそろ夕食の買い出しに行こうかな。
今の家族との思い出を沢山作りたいから。
もっと今の状況を楽しめる人に彼女として過ごせる権利を譲ってあげたい。客観的に見て、かなり羨ましがられる設定だと思うから。
けっこう裕福な家に生まれた上に、真面目で心配性だけど優しい両親。割と自由に好きなコトやらせてくれる。いわゆる親ガチャで言えば、間違いなく成功の類だ。
そして本人は成績優秀な美少女。これも両親のお陰だな。
新しい学校も全国的に有名な進学校。偏差値高い学校だから要らんコトする生徒が皆無に近く、結果として校則も緩め。
これで不満なんて言ってたら罰が当たる。
冷静に考えると記憶が戻った時だって、あそこまで絶望するモンかとも思う。きっと誠の自我が強すぎて、今の自分とのギャップに打ちのめされたんだろうけど。
今こんなに嫌なのに、前世ではちょっと女体化に興味があったのは何でだろう。具体的にどうなるか分かってなかったせいか。
あと、双子の妹と、もし同性の双子だったら──なんて妄想してたせいもある。アイツは男になりたがってたけど。何でも、どんなに頑張っても筋肉が付き難いから、男が羨ましいとか。
確かに肉体的な強度における性別の壁って相当デカい。
記憶が戻ったせいで、これからは自分のイメージと現実の身体能力の差に戸惑う気がする。年齢的にも、体脂肪率が増え始める時期に差し掛かってるから余計に。
出来るだけ頑張って今の記憶とすり合わせよう。
「天花、そろそろお昼よ」
ノックの音と共に母親の声がする。
天花の母上はフリーのプログラマー。だからダンナの転勤にも平気で付いて来た。寧ろ二人共ここが出身地だから喜んでたくらいだ。
本人は「私なんて所詮使い捨ての消耗品よ」と笑ってるけど、アンタはその限りじゃねーだろ。だって相当稼いでる。
美人で優しくて実年齢より遥かに若く見えて、おまけに高給取りって最高。
結婚して養って欲しい。いや、実際にこの人と、その夫に養ってもらってるけど。
「うん。あ、そうだ。今日の晩御飯は何がいい?」
これ、俺の台詞。
何と天花は忙しい両親を気遣って、夕飯を作る時があるのだ。
マジかよヒロインすげーなとか思ったけど、俺、前世でもやってたわ。
何せ共働きの両親が揃いも揃って料理の腕がイマイチだった。それでも栄養バランスの良い自分好みの食事を摂るには、双子の妹と交替で作るのが近道だったから。
年の離れた姉ちゃんが、結婚して家を出る前に叩き込んでくれたお陰だ。マジ感謝してます。
現世の両親は、どっちも料理が上手い。父親は残業もあるし、偶にしか作る機会は無いけど。
でも何で両親揃って尽く優秀なの?
乙女ゲーのヒロインって普通こんなに恵まれてないだろ? 良く分からんが、攻略対象に酷い目に遭わされて、親友とかお助けキャラのお陰で何とか生き残るんじゃないの?
ヒロインの死因の半分以上が攻略対象って乙女ゲーム原作アニメ、前世で見たぞ。他にもヤバいのが幾つもある。特に隠し攻略キャラは危険が一杯だ。
いや、でも、家庭環境は意外と恵まれてるっぽいのもいるか。悪いのは男運だな。
それはともかく、今夜のメニューの希望を早く述べて欲しい。考えるのが面倒、いや、折角なら相手のご所望に沿いたいからね。
「いつもありがとう、本音に助かるわ。そうね、今晩は少し冷えるらしいから、何か温まる物が良いかな」
「じゃあジンジャースープとラムチョップの香草焼き、温野菜サラダにサフランライスは?」
「うん、お願いね。でも、そろそろ学校も始まるから、明日からは大丈夫よ」
宿題も無く家でゴロゴロしてるだけの中坊にこの気遣い。嬉しいけど、暇なんで色々手伝わせて下さいよ。
「今は習い事も無いし、大丈夫。遠慮しないで」
「ありがとう。でも、天花もいつか大人になって独立しちゃうでしょ? 食事を作ってあげられるのって、あと何年あるか考えると、今の内にやっておきたいのよ」
「そんなの、まだまだ先だよ」
実際あと十年以上はあると思う。気が早すぎませんか?
この人まさか病気とかではないよね?
「親にとっては子供の成長って、あっと言う間なのよ」
前世でも独身だった俺には、その感覚は分からない。でも確かに、甥っ子達の成長の早さには驚かされたものだ。
この先、俺が親になることは無いだろう。しかし幸いにして、天花には弟がいる。あの子次第だけど、この両親も孫の顔を見られる可能性が残ってる。良かった良かった。
それでも俺が何かと心配をかけるだろうから、せめて出来る範囲で親孝行したい。
少しは本来の娘を育てられない二人への罪滅ぼしになるかな。
「ご馳走様でした!」
母上の手料理マジ美味しい。
今のお袋の味、記憶にはちゃんと残ってたんだ。でも、甦った前世の記憶に邪魔されて、何だかぼやけてたからね。もうしっかり思い出した!
勿論、前世の両親も良い人達だし大好きだぞ。手料理以外は。
「そんなの良いのに」
食器を片付けてると、お母さんが声をかける。
でも、この家は食洗機非対応の繊細な食器が多い。今から又仕事に戻る母親のために、この程度はって思う。
さっきの、この人の言葉じゃないけど、親孝行はいつまで出来るか分からないから。
「大丈夫だから仕事に戻って。後でお茶持って行くよ」
「そう? ならお言葉に甘えて」
こっちが引かないと分かると、無駄に言い合いをせずに好きにやらせてくれる。ありがたい。
少し荒れていた心が、お母さんと過ごしていると、どんどん落ち着きを取り戻す。記憶が戻ってからこんなにも早く、安らぎを覚えるなんて。
性転換についてはともかく、この家の子供になれたのは幸せだと思う。
さっきより落ち着いて天花としての記憶と向き合える。
そうなって改めて思い返してみると、物心つく頃には既に自分自身に違和感が付き纏ってたな。
小学生の時分に親に聞いたけど、言葉を話す前には既に女の子らしい物を拒絶していたらしい。
それに、確か初恋は近所の綺麗なお姉さんだった。
記憶が完全に戻る前からとは我ながら驚く。それだけ前世に引きずられているなら、最初から男と恋愛や結婚なんて無理だったと思う。
でも幸い、玩具は乗り物系と可愛い人形のどちらも与えて貰えた上に、そもそも子供の遊びに熱中するタイプじゃない。おまけに三つ年下の弟がいるから、一緒に男の子の遊びも出来た。
可愛い物は心を癒やしてくれるので、ぬいぐるみも嫌いじゃない。前世では妹と一緒に可愛いぬいぐるみと恐竜の玩具で決闘ゴッコなんてやってたし、おままごとだって平気。
ほんの少し女の子っぽい遊びをする程度なら、自尊心は無傷のままでいられたんだ。
でもスカートは別!
心は男なんだから苦痛でしかないだろ。
今の両親が言うには、二歳の時には泣き叫んで断固拒否していたらしい。覚えてないけど。
あまりにも嫌がるので普通にズボンを穿かせてくれて、色味もそんなに甘くない物で固めていた。花柄や雪の結晶モチーフとか、他の女の子が身に纏うのは楽しく見ていたけれど、自分に勧められたら聞こえない振りでやり過ごす日々。
サラサラの緑の黒髪はショートヘア、勿論わざわざ手入れなんてしない。
せっかく授かった娘の可愛らしい姿を愛でたい両親に「少しぐらい長くしてみない?」と訊かれて渋々伸ばしても、肩より少し長くなったらベリーショートに逆戻り。長髪の男も存在するから妥協してみても良いかなって思ったりしたけど、やっぱりゴメンだ。
だって面倒臭いから。
せめて今はショートボブ程度で保ってる。これでも俺にとっては最大限の譲歩だ。
振り返ってみたら、俺、実は意外と憶えていたんじゃないかとも思う。
それで自分の意識と現実の姿との乖離に対応しきれず、自衛のために誠の意識を一時的に封印した。そんな気がする。
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