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1章 紅茶は冷めて
7
私は首を振って、椅子に座り直した。針と布を持って針仕事に戻ろうとしたけれど、だめだった。手に過剰に力が入るせいで、震えてしまう。
私は、針仕事を諦めて、ベッドに向かった。靴を乱暴に脱ぎ捨ててベッドに上がると、そのまま横になる。ワンピースに皺がついてしまったらみっともないけれど、今はそんなことはどうでもいいように思えた。
━━私の騎士様は、いつから私を見てくれなくなったのかしら?
天井に映った影を見ながら、そんなことを考える。
私達は、同い年ということもあって、すぐに仲良くなった。彼は毎日のように我が家を訪れては、私達姉妹と一緒に遊んだのだ。
最初の頃の彼は、確かに私に会いに来てくれていた。我が家の門を叩いた彼は、開口一番に「ディアナはいますか」と尋ねていたから。
でも、いつの間にか、彼は私の名前を言わなくなった。その代わりに呼ばれるようになったのがシンシアだった。
それに気がついたのは、13歳の秋だったかしら。まだまだ幼い少女だった私は、その時になって、ようやく自分の気持ちを自覚したのだ。
クリフに会いたい。
笑いかけてもらいたい。
私だけを見てほしい。
欲望は日に日に大きくなり、それと同時に自分が意地悪になっていったのを覚えている。
私は、私の欲しいものを簡単に手に入れたシンシアを許せなかった。
それなのに、彼女はクリフからの愛情を見せつけるかのように、私を彼に会わせたがっていた。まるで、私など「相手にもならない」とでもいうように。
意地の悪いその行動に腹を立てながらも、私は彼女に感謝をしなくてはいけなかった。クリフが、シンシアと二人きりで会いたがっていたからだ。そうならずに、私も仲間に入れてもらえていたのは、シンシアの温情があってこそだった。
「お姉様と一緒がいい」
彼女がそうやってごねると、彼は渋々といった様子で私を受け入れた。私はその様子を見て、いつも胸が張り裂けそうな思いをしていた。
けれど、気持ちを顔に出すことはしなかった。それを二人に勘づかれてしまったら、きっと惨めな気分になるから。そして、何より、私はクリフに嫌われたくなかった。
だから、今の今まで、私は彼に想いを伝えられていない。
10年経っても彼の気持ちはシンシアに向かったままで、私なんて彼の眼中に映っていないのだ。振られることを覚悟で「好き」と告げる勇気を、私は持てなかった。
ゆらゆらと揺れる影を見つめるのをやめて、寝返りを打った。
「シンシアが、クリフと付き合えばいいのよ」
衝動的に、心にもないことを口にした。
本当にそうなってしまったら、私の彼女に対する態度は「意地悪」では済まなくなるだろう。それこそ、昔話の嫌な姉のようになるかもしれない。
嫉妬に駆られて妹を虐めて、理不尽な理由で罵り、自分の思い通りにならないと癇癪を起こす。そんな物語の姉にはなりたくないと思う一方で、彼女達には心底同情する。
物語の主人公になりたくても、なれなかった彼女の気持ちを私は痛いほど理解できるのだ。
私は、身体を起こすとベッドから降りた。
いつまでもメソメソしていても何も始まらない。初恋なんてさっさと忘れてしまわないと━━
私は再びデスクの前に座ると、針仕事に戻った。今度こそ、真剣に。余計なことを考えないようにと細心の注意を払いながら、一つ一つ丁寧に針を落としていった。
※
シンシアは最後の日になっても、私の結婚に納得してくれなかった。
最後の晩餐は、マーサが腕によりをかけて料理を振る舞ってくれたというのに、彼女だけは暗い顔で俯いていた。
それと真反対の反応をしていたのは、ダニエルだった。彼はご馳走に目を輝かせていた。そして、幼児の拙い言葉でありながらも、私の結婚を祝福してくれる。
お母様も、口元に力を入れてぎこちない笑顔を作っていた。胸に思うところはあったのかもしれないけれど、きっと湿っぽい気持ちで送り出したくはなかったのだろう。
私は終始、笑顔を絶やさなかった。マーサの作ってくれた料理を平らげると、街一番のケーキ屋で買ったという特大のホールケーキをみんなのお皿に取り分けた。
「今日だけじゃ食べきれないわね。明日のお茶菓子がケーキだなんて、羨ましい」
何気なく言った言葉が、空気を一変させた。
私は明日にはいなくなるのだと。そう暗に伝えてしまったのだ。
気まずい雰囲気を変えたのは、ダニエルだった。彼は、にこにこと私を見つめながら言った。
「おねえさまは、おひめさまになるのだから、毎日ケーキをたべられるでしょう?」
愛らしい彼の想像力に、私は笑いながら頷いた。
「そうね。豪華なケーキをいつでも用意してと、殿下におねだりしなくちゃ」
「ディアナ、わがままを言うと、殿下に嫌われてしまうわよ?」
お母様は笑顔で私の冗談を受け流すと、紅茶を飲んだ。
また食卓に明るさが戻ると、私はケーキを頬張り、紅茶を口にした。
ケーキに合わせて出された紅茶は、ウバで、しっかりとした酸味と渋味を感じた。
それはまるで、今の雰囲気のようだと思いながら、私はカップを傾ける。
立ち上る湯気の向こうにある家族の笑顔を見つめる。これが私達家族にとっての、最後の紅茶なのだと思うと、胸の奥がひりつくように痛んだ。
けれど、そんな思いも飲み込んで━━
私はしっかりと舌で味わいながら、ゆっくりと紅茶を飲み干したのだ。
私は、針仕事を諦めて、ベッドに向かった。靴を乱暴に脱ぎ捨ててベッドに上がると、そのまま横になる。ワンピースに皺がついてしまったらみっともないけれど、今はそんなことはどうでもいいように思えた。
━━私の騎士様は、いつから私を見てくれなくなったのかしら?
天井に映った影を見ながら、そんなことを考える。
私達は、同い年ということもあって、すぐに仲良くなった。彼は毎日のように我が家を訪れては、私達姉妹と一緒に遊んだのだ。
最初の頃の彼は、確かに私に会いに来てくれていた。我が家の門を叩いた彼は、開口一番に「ディアナはいますか」と尋ねていたから。
でも、いつの間にか、彼は私の名前を言わなくなった。その代わりに呼ばれるようになったのがシンシアだった。
それに気がついたのは、13歳の秋だったかしら。まだまだ幼い少女だった私は、その時になって、ようやく自分の気持ちを自覚したのだ。
クリフに会いたい。
笑いかけてもらいたい。
私だけを見てほしい。
欲望は日に日に大きくなり、それと同時に自分が意地悪になっていったのを覚えている。
私は、私の欲しいものを簡単に手に入れたシンシアを許せなかった。
それなのに、彼女はクリフからの愛情を見せつけるかのように、私を彼に会わせたがっていた。まるで、私など「相手にもならない」とでもいうように。
意地の悪いその行動に腹を立てながらも、私は彼女に感謝をしなくてはいけなかった。クリフが、シンシアと二人きりで会いたがっていたからだ。そうならずに、私も仲間に入れてもらえていたのは、シンシアの温情があってこそだった。
「お姉様と一緒がいい」
彼女がそうやってごねると、彼は渋々といった様子で私を受け入れた。私はその様子を見て、いつも胸が張り裂けそうな思いをしていた。
けれど、気持ちを顔に出すことはしなかった。それを二人に勘づかれてしまったら、きっと惨めな気分になるから。そして、何より、私はクリフに嫌われたくなかった。
だから、今の今まで、私は彼に想いを伝えられていない。
10年経っても彼の気持ちはシンシアに向かったままで、私なんて彼の眼中に映っていないのだ。振られることを覚悟で「好き」と告げる勇気を、私は持てなかった。
ゆらゆらと揺れる影を見つめるのをやめて、寝返りを打った。
「シンシアが、クリフと付き合えばいいのよ」
衝動的に、心にもないことを口にした。
本当にそうなってしまったら、私の彼女に対する態度は「意地悪」では済まなくなるだろう。それこそ、昔話の嫌な姉のようになるかもしれない。
嫉妬に駆られて妹を虐めて、理不尽な理由で罵り、自分の思い通りにならないと癇癪を起こす。そんな物語の姉にはなりたくないと思う一方で、彼女達には心底同情する。
物語の主人公になりたくても、なれなかった彼女の気持ちを私は痛いほど理解できるのだ。
私は、身体を起こすとベッドから降りた。
いつまでもメソメソしていても何も始まらない。初恋なんてさっさと忘れてしまわないと━━
私は再びデスクの前に座ると、針仕事に戻った。今度こそ、真剣に。余計なことを考えないようにと細心の注意を払いながら、一つ一つ丁寧に針を落としていった。
※
シンシアは最後の日になっても、私の結婚に納得してくれなかった。
最後の晩餐は、マーサが腕によりをかけて料理を振る舞ってくれたというのに、彼女だけは暗い顔で俯いていた。
それと真反対の反応をしていたのは、ダニエルだった。彼はご馳走に目を輝かせていた。そして、幼児の拙い言葉でありながらも、私の結婚を祝福してくれる。
お母様も、口元に力を入れてぎこちない笑顔を作っていた。胸に思うところはあったのかもしれないけれど、きっと湿っぽい気持ちで送り出したくはなかったのだろう。
私は終始、笑顔を絶やさなかった。マーサの作ってくれた料理を平らげると、街一番のケーキ屋で買ったという特大のホールケーキをみんなのお皿に取り分けた。
「今日だけじゃ食べきれないわね。明日のお茶菓子がケーキだなんて、羨ましい」
何気なく言った言葉が、空気を一変させた。
私は明日にはいなくなるのだと。そう暗に伝えてしまったのだ。
気まずい雰囲気を変えたのは、ダニエルだった。彼は、にこにこと私を見つめながら言った。
「おねえさまは、おひめさまになるのだから、毎日ケーキをたべられるでしょう?」
愛らしい彼の想像力に、私は笑いながら頷いた。
「そうね。豪華なケーキをいつでも用意してと、殿下におねだりしなくちゃ」
「ディアナ、わがままを言うと、殿下に嫌われてしまうわよ?」
お母様は笑顔で私の冗談を受け流すと、紅茶を飲んだ。
また食卓に明るさが戻ると、私はケーキを頬張り、紅茶を口にした。
ケーキに合わせて出された紅茶は、ウバで、しっかりとした酸味と渋味を感じた。
それはまるで、今の雰囲気のようだと思いながら、私はカップを傾ける。
立ち上る湯気の向こうにある家族の笑顔を見つめる。これが私達家族にとっての、最後の紅茶なのだと思うと、胸の奥がひりつくように痛んだ。
けれど、そんな思いも飲み込んで━━
私はしっかりと舌で味わいながら、ゆっくりと紅茶を飲み干したのだ。
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