【完結】紅茶が冷める前に━余命僅かな王弟とお飾り妻の秘めやかな恋━

花草青依

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1章 紅茶は冷めて

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 次の日の朝、私は鳥のさえずりを聞きながら、王宮の馬車にトランク二つ分のわずかな荷物を詰め込んだ。
「今までお世話になりました」
 そう言って門前で私の出発を見守ってくれている家族に向かってお辞儀をすると、お母様は涙を流した。
 ハンカチで涙を拭うお母様に寄り添うマーサも、涙目になって鼻をすすっていた。

 唯一笑顔で見送ってくれたのは、ダニエルだった。彼は、嫁ぐ私のために、庭から採った花でブーケを作ってくれていた。
「ありがとう」
 そう言って、彼を抱きしめると、いよいよ別れなのだと思って涙が溢れそうになった。
 それを何とか押し留めると、私は最後に不満げなシンシアと。そして、隣で彼女を慰めようとするクリフに向き合った。

「それじゃあ、元気でね……」
 シンシアに向けて言った短い別れの言葉。それに反応したのは彼女ではなく、クリフの方だった。
「ああ、幸せにな」
 その一言が、胸の奥深くにまで刺すような痛みを与えたことを、彼は知らない。
 私は必死になって、笑顔を作ると、もう一度お辞儀をして馬車に乗り込んだ。
 そして、みんなが見えなくなるまでずっと、窓の外に向かって手を振り続けたのだった。







 王宮にたどり着くと、私は例の応接室へと案内された。
 部屋の中には、ラルフ殿下がいて、彼は私を見るなり立ち上がった。
「久しぶりだね。元気にしていたかい?」
 そう言った彼は青白く、少しも元気そうに見えなかった。

「はい、おかげさまで。いただいたお金で家族との有意義な時間を過ごせましたわ」
「そう」
 彼は静かに言うと、私の手に持つブーケに目をやった。
「それは?」
「ああ……。弟が結婚祝いに作ってくれたブーケです。ちゃちな物に見えるかもしれませんが、枯れるまで大事に取っておきたいので、捨てないでもらえると助かります」

 王族の方からしてみれば、こんな花束などくだらないガラクタに見えるだろう。だから、遠回しにゴミではないと主張したのだけれど━━
「それは、大切なものだね。勝手に処分しないように」
 殿下は灰色の目を使用人に向けて周知をさせた。
 彼らが静かに頷くと、また私に向き合う。

「折角だから、それを使うといい」
「何にです?」
「結婚式」
 彼は一言、そう言った。
「結婚式があるだなんて、聞いていませんでした」
「僕もだよ」
 殿下は苦笑する。

「陛下が勝手に用意をしたんだ。もっとも、式とは言っても名ばかりで、司祭の祝福の言葉を聞くだけだけどね」
 そう言って彼は笑うと、「ついてきて」と言った。
 私はラルフ殿下の後をついて王宮の廊下を歩き、そのまま一室に入っていった。
 中にはすでに白い祭服を纏った司祭様がいて、私達の到着を待ちわびていた。

 私と殿下は向かい合って立つように言われて、その指示に従うと、結婚式は始まった。
 胸の前でブーケを持つ手に、不思議と力が籠もっていく。
 司祭様は、静かな声で祝福の言葉を述べていった。鐘も讃美歌もなく、見届ける者は他にいない。ただ形式だけの婚姻の儀。
 殿下は終始沈黙し、私もまた声を出さなかった。やがて司祭様が一礼すると、結婚式は終わった。
 足音も立てずに去っていく司祭様を見送ると、殿下は手を差し出した。

「さあ、次は陛下への挨拶だ」
「急すぎませんか」
 本音をつぶやくと、彼は苦笑した。
「本当に……。でも、僕の妻になったのなら、兄上の身勝手さには慣れてもらわなければ困る」
 「陛下」ではなく、「兄上」と言ったことから推測するに、兄弟としてのありふれたやり取りなのだろう。陛下は昔から強引に、殿下を振り回していたのかもしれない。

 そんなことを思い浮かべながら、殿下と並んで向かった謁見の間。そこには、国王陛下がいて、私達を見下ろしていた。
 陛下の白髪の混じった黒髪がラルフ殿下との年の差を浮き彫りにする。そして、殿下と同じ灰色の瞳からは、座っているだけで威厳を感じた。

 彼を前にして、私達は夫婦揃って頭を垂れる。
 陛下は祝福の言葉もなく、ただ短く「よく務めよ」とだけ告げた。
 それはきっと、私に向けられた言葉だった。私は、何に務めるかも理解せずに、「仰せのままに」と答えた。
 それに対して陛下は、何も言ってくれなかった。ただ冷ややかな目で私を見下ろすばかり。彼の視線に息苦しさを感じながらも、私は頭を垂れるしかなかった。
「よい。下がれ」
 陛下のその一言で、謁見の時間は終了した。

 廊下に出たところで緊張が解け、ようやく呼吸が楽になった。
「お疲れ様」
 殿下は、静かに私を労ってくれた。
「君の部屋に案内するから、ゆっくり休むといい」
 彼はそう言うと、私をエスコートして、部屋へと向かった。

 こうして私は、王弟ラルフ殿下の妻としての暮らしを始めた。
 広大な王宮の中に用意された私室は、豪奢で、贅沢で、それでいてどこか寂しい。
 そこでの暮らしが、私の日常となったのだ。
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