紅茶が冷める前に━余命僅かな王弟とお飾り妻の秘めやかな恋━

花草青依

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2章 スミレの花は咲いて

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 あれは、15歳になって間もない頃だった。
 クリフが私のために、数週間遅れの誕生日祝いをしてくれる。私はそのことに心躍らせていた。
 その約束を、誰にも邪魔されたくなかった。だから、私は奮闘した。「思い出に残る素敵な一日」にするために。お祝いの日にシンシアが私達のもとに来ないようにと試みたのだ。

 クリフと約束をしたその日のうちに、私はシンシアにおつかいを頼んだ。
「来週末に、隣町で本を買ってきて欲しいの。アンダーソンの短編集で、海老茶色の表紙のものなのだけれど……」
 本のタイトルを伝えると、シンシアは怪訝そうに首を傾げた。
「来週末、ですか」
「そうよ。何か予定があった?」
「いいえ。でも、どうしてその日なのでしょう? 明日にでも買いに行けますよ」

 彼女は善意で言っただけだった。けれど、あの時の私は、それを疎ましいと感じた。
 私は薄暗い気持ちを隠すために、笑顔を作った。
「明日はお友達の家に遊びに行くのでしょう?」
 そう言って、優しい姉を演じたのだ。

 シンシアは、笑顔の下に隠れた悪意に気がつかなかったらしい。今度は不審がることはなく、穏やかな調子で返事をした。
「ええ。でも、遅くても夕方には解散になるので、その後に行けばいいと思うのです」
「ダメよ。若い女の子が、日が落ちてからも一人歩きするのは危険だわ」
「それは、そうかもしれませんけど……」
「急ぎで必要なものでもないし、来週末でいいから。ね?」
 そう言うと、シンシアは少し不服そうにしながらも頷いた。

 上手くいった。そう思ってほっと息を吐いたのも束の間、シンシアは言った。
「そういえば、今度、クリフとお誕生日会をするのですよね」
 ドクンと鼓動が耳に響いた。
 クリフとの約束を、私は誰にも話すつもりがなかった。彼との約束は、舞い上がる程の喜びを与えた一方で、大切に胸に抱えておきたいと思ったから。
 けれど、彼はあっさりとシンシアに話した。彼にとっては、大したことではなかったのだ。

「お姉様?」
 気が付けば、シンシアは不思議そうな顔で私を見ていた。
「ああ……。ごめんね。ちょっと頭痛がしたの……」
 笑って誤魔化せば、善良な彼女は薬を取ってこようと立ち上がった。
「大丈夫よ。後で少し横になるわ」
「そうですか」
 彼女は眉を下げながら、座り直した。そして、ちらちらと私の様子を見たかと思うと、言った。
「あのね、お姉様」
 彼女の猫なで声は、あからさまなまでに媚びていた。
「私もクリフと一緒に、お姉様のお誕生日を祝いたいなって思ってまして……」
 上目遣いで、どこか甘えるような表情。
 胸の内側から湧き出たもやもやは、あっという間に喉元にまで到達し、反吐が出そうになった。

 ━━クリフもシンシアも、一緒にいることを望んでいる。おかしいのは、きっと私なんだ。

 そう頭では、分かっていた。けれど、あの時の私は、目の前にいるシンシアが憎らしくて堪らなかった。

「お祝いなら、もうしてくれたじゃない?」
 シンシアは既に私を祝ってくれていた。
 誕生日の夜、家族だけのささやかなホームパーティーで、彼女は毛糸で作った手編みのクマのぬいぐるみを私にプレゼントしてくれたのだ。それを私はデスクの上に飾っているというのに、まだ満足できないのかしら?

 私はいつの間にか、怖い顔をしていたらしい。シンシアが顔を引き攣らせて俯いたことで、私はそのことにようやく気が付いた。

「ごめんなさい……。そうですよね」
 悲しげに言った彼女に、私は何も声をかけなかった。
 無言の時が、ただただ流れた。
 そうして、しばらくしてからシンシアは立ち上がったかと思うと、笑顔を作った。その場にそぐわない程の明るい表情。きっと、あれは、彼女なりの誤魔化しだったのだと思う。

「庭の花にお水をあげてきます」
 彼女はそう言うと、静かに私に背を向けた。
 そんなシンシアを見て、私はなおも彼女を憎んだ。西日に照らされた彼女の背が、彼女の気持ちを代弁しているかのように思えて、堪らなく腹立たしかったのをよく覚えている。

 ぶりっ子。大嫌い。
 彼女が部屋から出る間際、私がそう心の中で罵っていたことを彼女は知らない。そして、私がクリフと二人で一緒にいたいと切実に願っていたことも。

 そうして、迎えた約束の日。家にやって来たクリフは酷く不機嫌だった。
 庭に用意していた席に案内すると、彼はティーポットからお茶が注がれる前に、紙袋をテーブルの上に置いた。
「誕生日おめでとう」
 ふてぶてしく棘のある口調で言われて、私は身が竦んだ。
「ありがとう」
 彼が不機嫌な理由は分からなかったけれど、一先ずお礼を言った。

 それから、用意したお茶を淹れるべく、ティーポットを手にした。彼のカップに注ごうとポットを近づけると、彼はテーブルの上の紙袋を、わざとらしいくらい、私の前に押し付けた。
 プレゼントであるはずのものが、ぞんざいに扱われている。それは、私を祝う気がないと言われているようなものだった。
 私は震える手で、ティーポットをテーブルの上に戻すと、紙袋を手に取った。
 寂しい気持ちを飲み込んで、笑顔を作った。
 これから明るい雰囲気になるようにと願っていたから。そして、「あなたからのプレゼントは特別なのよ」と彼に伝えるために、私は微笑みを向けたのだ。
 けれど、そんな行動は無駄だった。

「……開けさせてもらうね」
 中身を見て改めてお礼を言おう。そう思いながら袋を開けた。そして、中身を取り出して、私は固まってしまった。
 海老茶の表紙の本。そのタイトルには見覚えがあって……。私は静かに本をテーブルに置き、顔を上げた。
 私を見るクリフの視線は、ナイフのように鋭く、冷たかった。
 その目を見て、私は確信をした。クリフはわざとこれを贈ったのだ。
 その本は、私が、シンシアに買ってくるようにと頼んだものだった。彼女をこの場に呼ばないための言い訳に使ったもの。
 クリフはシンシアからおつかいの話を聞いたのだろう。そして、彼は小賢しい私のやり口を察し、醜い気持ちに気がついたのだ。
 彼は、私をじっと睨みつけながら言った。

「シンシアをわざと除け者にするだなんて、間違ってる!」

 彼はそう言うと、立ち上がった。そして、私の制止を振り払って帰っていった。
 その日を境に、私とクリフの関係は変わってしまった。
 彼とは何とか、友達のままでいられた。あの日のことについて触れることはなく、それ以上、私を非難することもなかった。
 けれど、彼はどこかよそよそしく、家に来る機会も目に見えて減っていったのだ。

 “クリフが私を嫌っている”

 その事実に耐え難くて、私はしつこいくらいに彼を遊びに誘った。勿論、彼は嫌な顔をして、断り続けていたのだけれど。それが逆効果になると分かっていても、やめられなかった━━
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