【完結】紅茶が冷める前に━余命僅かな王弟とお飾り妻の秘めやかな恋━

花草青依

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2章 スミレの花は咲いて

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「殿下は、甘い物がお好きなのですね」
「そうだね。毎日苦い薬を飲んでいるから、時折、強烈に甘い物が欲しくなる。でも、それも体に良くないから、あまり口に入れるなと医者に言われているけどね」
「そうでしたか」
 そこでぴたりと会話が止まった。

 次に何を話せば良いのだろう。
 甘い物を飲まないようにと進言するのは、口うるさい母親のようだからしたくない。かといって、話題をがらりと変えようと思っても、何を話せばいいのか分からなかった。
 今まで、どうやって話をしていたのかしら?
 そんな風に思えるくらい、前は自然に話せていたのだと、今さらながら気がつく。
 でも、少し間を開けただけで、これだ。

 ふと、窓から差してくる光が妙にまぶしく感じた。目を細めると、殿下は静かに立ち上がり、レースカーテンをしっかりと閉めてくれた。
「ありがとうございます」
 彼は頷き、席に戻ろうとした。けれど、何かを思い出したのか、「ああ、そうだ」とつぶやいた。そして、棚に向かったかと思うと、引き出しを開けて、青紫の小さな花を取り出した。
 私の送ったスミレの造花。彼はそれを片手に席へと戻ってきた。

「飾ろうかと思ったんだけど、汚れるのが嫌だったから仕舞ってたんだ。素敵な贈り物をありがとう」
「気に入ってもらえたのなら、何よりです」
 テーブルに置かれたスミレの花を改めて見ると、「素敵な贈り物」にはとても見えない。
 急遽、余り物で作ったから、布は安っぽい麻布で、縫い目はガタガタだ。このクオリティでは、たとえ100個作ったところで、銅貨1枚にもならないだろう。

「造花作りも内職で覚えたの?」
「ええ。とはいっても、主に作るのは妹で、私はたまの手伝いで作っていただけですが」
「そうなんだ。それでも、こうやって作れるなんて、君は器用なんだね」
 微笑みを向けられて、気恥ずかしくなった。社交辞令とはいえ、不出来な物をこうも褒められるといたたまれない気分になる。

「殿下、大変恐縮ですが、それはそんなに良い物ではないのです」
「どうして?」
「思いつきで作ってしまったので、布を手持ちの中でしか選べませんでした。それに、急いでいたせいで、雑に縫ってしまったところもあるのです」
 彼は、造花を目の高さまで持ち上げた。指で花びらをめくり、縫い目をじっくりと確認し始める。

「ああ、よく見ればそうかもしれないね。でも、こんな風に意地悪く見なければ分からないから大丈夫だよ」
 彼はそう言うと、造花をテーブルの上に置き、指先で優しく花弁を撫でた。
 私の作った不出来な花に慈しみを与えていた灰色の瞳が、今度は私に向けられた。

「ねえ……。この間の話の続きを、してもいい?」

 それはできることなら、避けたい話題だった。
 私達の関係を今以上のものにしたいとは思えない。そうはっきりと口にすることは憚られた。
 彼は黙ったまま、じっと私を見つめる。そうやって返事を待つ様は、初めて会った日と同じで━━

 ひりつくような緊張が頬を撫でる。
 気まずさを押し隠すために、紅茶に口を付けた。まだ温かく、むしろ丁度飲みやすい温度だ。
 ふと、脳裏に、あの日の紅茶のことが浮かんできた。
 冷めきって、渋みが増したあの味。白磁のカップの内側には、くっきりとした染みを作ってしまった。

 紅茶の味を損なわせたのも、白いカップを汚してしまったのも、全ては私の決断が遅かったから。
 このまま向き合わず、ずるずると先延ばしにしていたら、今の私達の白い関係も薄汚れてしまう。そんな気がした。

 私は一気に紅茶を飲み干し、カップの中身を空にした。
 そして、舌の上のざらつきが消える前に、彼に向かって言ったのだ。
「ええ。どうぞ、お話しくださいませ」
 殿下の視線が、ゆっくりと下に落ちた。長い睫毛が瞳を隠したかと思うと、再び私を見据える。数回のまばたきをした後、彼は話を始めた。

「君と会わない間に、ゆっくりと考えたんだ。君と僕の考える“夫婦”は、微妙に違うんじゃないかって」
 殿下の目線が彼の手元のカップに移った。
「僕の飲むこのお茶も、君が飲み終えたお茶も“紅茶”で、“ウバ”であることは変わりないようにね」
 殿下の飲むお茶も、渋さとコクを味わえるウバ茶ではある。けれど、ミルクによって、色はベージュに変わり、華やかな香りもミルクの臭みが加わっているはずだ。

「なるほど……」 
 ラルフ殿下の望む“夫婦”を私は知らない。そもそも、彼のことすら、よく知っているとは言えないのだから。

「あの日、僕が『夫婦』と口にした時、君はこう思ったんじゃないかな? 僕が『君ともっとになりたい』と」
「そう、ですね」
「やっぱりそうだったか……。言葉足らずですまなかった」

 本当に、ラルフ殿下は大人だ。
 勝手に勘違いをして、避けていたのは私だというのに。彼は私を立てて、自分に非があるかのように謝ってくる。それがかえって、私の幼さと愚かさを際立たせることを、彼は気づいていない。
 気恥ずかしさのあまり、彼の顔が直視できなくなった。私は俯いて、意味もなくテーブルの上をじっと見つめる。
 そうしていても、気持ちは落ち着かなくて、顔は熱く火照り、背中がじわっと汗ばんだ。

 カチャリと、陶器が僅かにぶつかる音が、静かな部屋に鳴り響いた。
 目で音の出所を辿れば、彼がカップを持ち上げていた。そして、一気にお茶を飲むと、空になったカップを受け皿に戻した。
 ふっと息を吐く音が優しく耳に残った。
 それから、彼がぽつりと漏らした言葉は━━
「まあ、半分は、間違いじゃないんだけどね」
「え……」
 真意を問おうと顔を上げると、彼はいつも通り優しく、私に微笑みかけた。

「あの日、僕は、君との関係をもう一歩、進めたいと思っていたんだ」

 そう言われて、私は数度、まばたきをすることしかできなかった。
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