【完結】紅茶が冷める前に━余命僅かな王弟とお飾り妻の秘めやかな恋━

花草青依

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2章 スミレの花は咲いて

19

 私はどんな表情をしていたのだろう。少なくとも、良いものではなかったはずだ。紳士的で大人なラルフ殿下が、私の顔を見て、あからさまに苦笑いをしたのだから。

「大丈夫。君が思っているような関係にはならないから」
「それは、どういうことでしょう?」
「僕はディアナが好きだ。でも、それは、恋愛感情なんかじゃない。……人として、好きなんだよ」
「人として……?」
 彼は頷いた。

「君は誠実で優しくて、器用で、慎ましい。その上、僕の知らない経験をたくさんしている。そんな人を好ましいと思い、妻として尊敬するのは当然じゃないかな? だから、僕は、君のことを家族として、大切にしたいと思ったんだ」
 いつになく真剣な眼差しに、力強い声。
 彼の言葉に嘘偽りはないのだろうけれど━━私には重たく感じられた。

「そう言ってもらえて、恐縮なのですが……。殿下は私の悪い部分を知らないではありませんか」
 彼は私の嫌なところを見なかったから、そう言えるのだ。

 妹に嫉妬し、時に冷たくあしらっていたのを見ていたら、幻滅するに違いない。
 好きな人に対する気持ちを制御できずに、クリフを困らせたことだって数しれない。嫌われて、彼は距離を置こうとしていたのに、しつこく追い回して、余計に嫌われて……。
 あの日々の光景が、フラッシュバックする。
 クリフに声をかけても、無視をされ、それでも縋り付くように彼の袖を握り締めたことを。振り返った彼の眉間には、皺が寄っていて━━

「ディアナ」
 呼びかけで、苦々しい思い出は、まるで霧のように散っていった。
 私はテーブルの下で、震える手をスカートに押し付けた。
「確かに君の言う通りだと思う。僕は君をよく知らないから、嫌な部分が見えてないよ。……だけどね。それでも君は誠実で優しい人だと、断言できるよ」
 安っぽい慰めの言葉なんて、欲しくなかった。
 だから、私は、意地の悪い質問をすることにした。

「何を根拠に、おっしゃっているのでしょう?」

 彼は言葉を詰まらせるはずだった。私を知らない彼は、今までの記憶の中からそれらしいものを必死に探し出し、薄っぺらい言葉で飾り立てる。
 そう思っていたのに、彼は淀みなく、こう答えた。
「パーティー会場にいたレディ達を思い出してごらん? 本当に嫌な人間は、自分のことしか考えないから。この場面で『本当の自分は嫌な人間だ』と自白しないよ」
 そう言われてすぐに彼女達の様相が浮かんだ。
 殿下に媚びへつらい、笑顔を浮かべながらも、瞳の奥からは自分勝手な欲望が溢れ出ていた。

「思い出した? みんな公爵夫人にまつわる金と権力に目がくらんで、醜い部分を押し殺そうと必死だったろう?」
「ええ。……でも、私も同じ穴のムジナだと思うのですが」
 正直に言えば、殿下は静かに首を振った。

「君は家族の生活を支えるためにやったんだ。屈辱的な条件を飲んでまで」
「それは、間違いないですが……。もしかしたら、彼女達も家族のために行っているのかもしれませんよ?」
「君のように、家門の負債を背負い込んだ令嬢がいると?」
「ええ」
 彼はふんと鼻で笑った。
「王室メンバー主催のパーティーだよ? 招待状が送られるのは、それなりの家だから」
「借金で首が回らなくなるほど切羽詰まった人間は招待されない、と?」
 彼は静かに頷いた。

「君と彼女達の違いは他にもあるよ」
「私が野暮ったいことでしょうか」
「そう? 僕はそんな風に思ったことはないけど……」
 殿下の視線が、再び、スミレの花に注がれた。
「君は高貴な女性になるために僕と結婚したわけじゃないから、自分自身のためにはお金を使わないよね。彼女達なら、公爵夫人に与えられた予算を使って過剰なまでにドレスや宝石を買っていたことだろう」
「それは……」

 必要な衣装と装飾品は、ありがたいことに用意されていたから、わざわざ買い足す必要がなかっただけ。
 そう言おうと口を開くと、彼は、分かっているとでも言いたげに頷いた。
「それでも、欲を持つ悪い人間は、『自分の好みのものが欲しい』と言うんだ。君は、そうしなかったから、この花に使ってあげられる布を用意できなかったんだろう?」
「……ええ」
 予備のドレスは多くないから、無駄にできないのもあるけれど。

「そもそも、質の良いドレスにハサミを入れるだなんて、想像できませんわ」
 苦笑すると、彼も同じように笑った。
「そうか。……そうだよね。勿体ないと思うよね」
「ええ。それに、針子の苦労を思うと胸が痛くなりますから」
「うん」
 一拍の間が開いた。
 レースカーテンの向こうで、木々の枝がゆらゆらと揺れている。その影が、テーブルの上で踊り跳ねた。

「ディアナ」
 改めて名前を呼ばれて、身が締まる。そっと姿勢を正して、彼を見つめた。
「君は、誠実さと優しさに加えて、慎ましさまで兼ね備えている。だから、多少、悪いところがあっても見逃されると思うんだ」
 彼は、相変わらず私に優しい。私を家族として愛し、妻として尊重するという意志を変えるつもりはないのだろう。でも━━
「もし、いつかどこかで、私を『そんな人間じゃなかった』と思ってしまったら……?」
 不安を口にすると、彼は「大丈夫だよ」と静かに笑った。

「大丈夫。僕の命はおそらく、あと数年。君の悪い一面を見つける前に、僕は死んでいるに違いないから」

 いつも通りの穏やかな口調。
 平然とした彼が、私の胸の奥に小さな穴を開けた。
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