【完結】紅茶が冷める前に━余命僅かな王弟とお飾り妻の秘めやかな恋━

花草青依

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2章 スミレの花は咲いて

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 彼は、ふっとこちらに向き直ったかと思うと、微笑んだ。
「病気のことは、これくらいにしよう」
 今はピクニックを楽しみたいから。そう言われたような気がして、私は晴れない気持ちを胸に押し込めて笑顔を作った。

 手付かずのサンドウィッチを口に運ぶ。甘いたまごサンドの優しい味に、懐かしさを感じた。
「どこの家でも、ピクニックの時のたまごサンドは甘いものなのでしょうか」
「うん?」
「マーサの作るたまごサンドは、普段は甘くないんです。砂糖も安くないですし、取りすぎると体に悪いですから、入れないようにしていたんです。でも、ピクニックの時だけは特別で」
「思い出の味なんだ」
 頷くと、彼は微笑んだ。意図的に作った笑いではなく、自然な優しい笑顔。それが、いつもの私達に戻る合図だった。
 それから、私が食事を終えるまでの間、私達は、思い出話に花を咲かせて笑い合った。

 話が一段落付くと、各々の時間に入った。
 ラルフ殿下は、持ってきた本を寝転んで読み始め、私は隣でスミレの造花を作った。
 私がこうして、またスミレの花を作るのは、彼があの後も頻りにプレゼントを褒めてきたから。

 “飾りたいけれど、汚れてしまうのが嫌だから飾れない。でも、机の引き出しに仕舞いっぱなしにするのは、それはそれで勿体ない”

 よく分からないことを繰り返して言う彼のために、私は新たにスミレの花束を作ることを約束した。
 一日五つずつ作るのが日課になっていて、今日もそのノルマをこなすために、裁縫道具を持ってきた。

 あらかじめ型紙通りに切り、染色しておいた布に目打ちで穴を開けて、白い紙を巻いたワイヤーを通していく。そうして、花芯を作ったら、布をつまみ、花の形を作る。それを固定するために、糸で縫えば完成だ。

 三つ目の花を完成させた時、ラルフ殿下と目が合った。彼は本を開いたまま胸の上に乗せて、こちらに顔を向けていたのだ。
「読書にもう、飽きられたのですか」
「ううん」
 彼は手を伸ばし、今作り終えた花に触れた。

「綺麗だね」
「ええ。今回は、布の染色をしていますから。格段にスミレの花に近づいたと思います」
「そうだね。まさか、こんなに本物に似るものとは思わなかった」
 彼はそう言って花弁を撫でた。
「完成が楽しみだ」
 彼はそう言うと、本を手に取り、再び読書に戻った。
 だから私も、スミレの花作りに戻った。

 五つ目を作り終えると、彼は本を閉じて起き上がった。
「少し歩いたら帰ろうか」
「はい」
 殿下とともに立ち上がると、シートから下りた。殿下が目配せをすると、侍従達は片付けを始め、お昼休憩の時間は終わりになった。

「本当は、日が暮れるまで遊んでいたいのだけれどね」
 空を見て独り言をこぼす彼の腕を私は取った。
「もう冬も近くなっていますから。夕方まで遊ぶといっても、それ程の時間はありませんよ?」
「それはそうだけど……」
「いつまでも遊びたいだなんて、ダニエルと変わらないですわ」
 そう言うと殿下はあははと声を出して笑った。

「逆に考えるんだ。僕がダニエル君に似ているのではなくて、彼が僕に似ているんだ。ダニエル君は、活発で、将来を期待される男に育っているという証拠なんじゃないのか」
 よく分からない理屈を並べ立てる彼がおかしくて、私は吹き出した。
「もう、本当に子供っぽいですよ?」
 笑って言うと、彼は否定をしないどころか、むしろ頷いた。
「今日は久しぶりに童心に帰れた。楽しかったよ」
 彼は柔らかな微笑みを浮かべた。私も微笑み返すと、私達は来た道に沿って歩き始めた。







 ピクニックから1週間程経つと、気温は一気に冷え込んだ。例年よりも2週間も早い冬の訪れに、使用人達はてんやわんやしていた。
 そんな中でも、ありがたいことに、暖炉に火を入れてくれる。私は暖炉の火に当たりながら、家族から来た手紙を読んだ。

 お母様は、私の結婚生活を心配していた。社交界でのやっかみの噂が、遅ればせながら王都の端にいる我が家にも届いたらしい。
 その大体のことが、ありもしない作り話だと、お母様は理解していた。けれど、私が貴族達や使用人達から虐められていないかと不安でならないらしい。
 そして、家族の生活のために尽力した私に対して、何もしてあげられないことが申し訳ないと書かれていた。

 私は、ラルフ殿下や王宮の使用人達は親切で問題なく過ごしていることを伝えないといけない。そう思いながら、続きに目を通した。
 お母様は、追伸で、ダニエルからの手紙を同封したことを記していた。

 “状況を理解できないあの子の手紙を同封することを、どうか許してほしいわ。どうしても、お姉様に手紙を書くと聞かなくて……。先生が来る前から、頑張って自習をして字を覚えたのよ?”

 私は、四つに折りたたまれた紙を広げた。
 そこには、大きなガタガタの文字で、こう書かれていた。

 “親愛なるお姉様

 お元気ですか。
 毎日ケーキは食べていますか。
 愛しています。

 ダニエル”

 スペルを所々間違えている上、ペンを使うことに不慣れなせいで、インクを漏らしている。
 でも、不器用さの中に彼からの愛情を確かに感じて、私は顔を綻ばせずにはいられなかった。

 返事は何と書こうかしら。
 毎日ケーキを食べて過ごしているとダニエルは信じている。けれど、結婚してからは、一度もケーキを食べていない。
 私は、ダニエルの手紙を持って立ち上がった。そして、ラルフ殿下の待つ彼の寝室へと向かった。
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