26 / 47
2章 スミレの花は咲いて
25
彼は、ふっとこちらに向き直ったかと思うと、微笑んだ。
「病気のことは、これくらいにしよう」
今はピクニックを楽しみたいから。そう言われたような気がして、私は晴れない気持ちを胸に押し込めて笑顔を作った。
手付かずのサンドウィッチを口に運ぶ。甘いたまごサンドの優しい味に、懐かしさを感じた。
「どこの家でも、ピクニックの時のたまごサンドは甘いものなのでしょうか」
「うん?」
「マーサの作るたまごサンドは、普段は甘くないんです。砂糖も安くないですし、取りすぎると体に悪いですから、入れないようにしていたんです。でも、ピクニックの時だけは特別で」
「思い出の味なんだ」
頷くと、彼は微笑んだ。意図的に作った笑いではなく、自然な優しい笑顔。それが、いつもの私達に戻る合図だった。
それから、私が食事を終えるまでの間、私達は、思い出話に花を咲かせて笑い合った。
話が一段落付くと、各々の時間に入った。
ラルフ殿下は、持ってきた本を寝転んで読み始め、私は隣でスミレの造花を作った。
私がこうして、またスミレの花を作るのは、彼があの後も頻りにプレゼントを褒めてきたから。
“飾りたいけれど、汚れてしまうのが嫌だから飾れない。でも、机の引き出しに仕舞いっぱなしにするのは、それはそれで勿体ない”
よく分からないことを繰り返して言う彼のために、私は新たにスミレの花束を作ることを約束した。
一日五つずつ作るのが日課になっていて、今日もそのノルマをこなすために、裁縫道具を持ってきた。
あらかじめ型紙通りに切り、染色しておいた布に目打ちで穴を開けて、白い紙を巻いたワイヤーを通していく。そうして、花芯を作ったら、布を摘み、花の形を作る。それを固定するために、糸で縫えば完成だ。
三つ目の花を完成させた時、ラルフ殿下と目が合った。彼は本を開いたまま胸の上に乗せて、こちらに顔を向けていたのだ。
「読書にもう、飽きられたのですか」
「ううん」
彼は手を伸ばし、今作り終えた花に触れた。
「綺麗だね」
「ええ。今回は、布の染色をしていますから。格段にスミレの花に近づいたと思います」
「そうだね。まさか、こんなに本物に似るものとは思わなかった」
彼はそう言って花弁を撫でた。
「完成が楽しみだ」
彼はそう言うと、本を手に取り、再び読書に戻った。
だから私も、スミレの花作りに戻った。
五つ目を作り終えると、彼は本を閉じて起き上がった。
「少し歩いたら帰ろうか」
「はい」
殿下とともに立ち上がると、シートから下りた。殿下が目配せをすると、侍従達は片付けを始め、お昼休憩の時間は終わりになった。
「本当は、日が暮れるまで遊んでいたいのだけれどね」
空を見て独り言をこぼす彼の腕を私は取った。
「もう冬も近くなっていますから。夕方まで遊ぶといっても、それ程の時間はありませんよ?」
「それはそうだけど……」
「いつまでも遊びたいだなんて、ダニエルと変わらないですわ」
そう言うと殿下はあははと声を出して笑った。
「逆に考えるんだ。僕がダニエル君に似ているのではなくて、彼が僕に似ているんだ。ダニエル君は、活発で、将来を期待される男に育っているという証拠なんじゃないのか」
よく分からない理屈を並べ立てる彼がおかしくて、私は吹き出した。
「もう、本当に子供っぽいですよ?」
笑って言うと、彼は否定をしないどころか、むしろ頷いた。
「今日は久しぶりに童心に帰れた。楽しかったよ」
彼は柔らかな微笑みを浮かべた。私も微笑み返すと、私達は来た道に沿って歩き始めた。
※
ピクニックから1週間程経つと、気温は一気に冷え込んだ。例年よりも2週間も早い冬の訪れに、使用人達はてんやわんやしていた。
そんな中でも、ありがたいことに、暖炉に火を入れてくれる。私は暖炉の火に当たりながら、家族から来た手紙を読んだ。
お母様は、私の結婚生活を心配していた。社交界でのやっかみの噂が、遅ればせながら王都の端にいる我が家にも届いたらしい。
その大体のことが、ありもしない作り話だと、お母様は理解していた。けれど、私が貴族達や使用人達から虐められていないかと不安でならないらしい。
そして、家族の生活のために尽力した私に対して、何もしてあげられないことが申し訳ないと書かれていた。
私は、ラルフ殿下や王宮の使用人達は親切で問題なく過ごしていることを伝えないといけない。そう思いながら、続きに目を通した。
お母様は、追伸で、ダニエルからの手紙を同封したことを記していた。
“状況を理解できないあの子の手紙を同封することを、どうか許してほしいわ。どうしても、お姉様に手紙を書くと聞かなくて……。先生が来る前から、頑張って自習をして字を覚えたのよ?”
私は、四つに折りたたまれた紙を広げた。
そこには、大きなガタガタの文字で、こう書かれていた。
“親愛なるお姉様
お元気ですか。
毎日ケーキは食べていますか。
愛しています。
ダニエル”
スペルを所々間違えている上、ペンを使うことに不慣れなせいで、インクを漏らしている。
でも、不器用さの中に彼からの愛情を確かに感じて、私は顔を綻ばせずにはいられなかった。
返事は何と書こうかしら。
毎日ケーキを食べて過ごしているとダニエルは信じている。けれど、結婚してからは、一度もケーキを食べていない。
私は、ダニエルの手紙を持って立ち上がった。そして、ラルフ殿下の待つ彼の寝室へと向かった。
「病気のことは、これくらいにしよう」
今はピクニックを楽しみたいから。そう言われたような気がして、私は晴れない気持ちを胸に押し込めて笑顔を作った。
手付かずのサンドウィッチを口に運ぶ。甘いたまごサンドの優しい味に、懐かしさを感じた。
「どこの家でも、ピクニックの時のたまごサンドは甘いものなのでしょうか」
「うん?」
「マーサの作るたまごサンドは、普段は甘くないんです。砂糖も安くないですし、取りすぎると体に悪いですから、入れないようにしていたんです。でも、ピクニックの時だけは特別で」
「思い出の味なんだ」
頷くと、彼は微笑んだ。意図的に作った笑いではなく、自然な優しい笑顔。それが、いつもの私達に戻る合図だった。
それから、私が食事を終えるまでの間、私達は、思い出話に花を咲かせて笑い合った。
話が一段落付くと、各々の時間に入った。
ラルフ殿下は、持ってきた本を寝転んで読み始め、私は隣でスミレの造花を作った。
私がこうして、またスミレの花を作るのは、彼があの後も頻りにプレゼントを褒めてきたから。
“飾りたいけれど、汚れてしまうのが嫌だから飾れない。でも、机の引き出しに仕舞いっぱなしにするのは、それはそれで勿体ない”
よく分からないことを繰り返して言う彼のために、私は新たにスミレの花束を作ることを約束した。
一日五つずつ作るのが日課になっていて、今日もそのノルマをこなすために、裁縫道具を持ってきた。
あらかじめ型紙通りに切り、染色しておいた布に目打ちで穴を開けて、白い紙を巻いたワイヤーを通していく。そうして、花芯を作ったら、布を摘み、花の形を作る。それを固定するために、糸で縫えば完成だ。
三つ目の花を完成させた時、ラルフ殿下と目が合った。彼は本を開いたまま胸の上に乗せて、こちらに顔を向けていたのだ。
「読書にもう、飽きられたのですか」
「ううん」
彼は手を伸ばし、今作り終えた花に触れた。
「綺麗だね」
「ええ。今回は、布の染色をしていますから。格段にスミレの花に近づいたと思います」
「そうだね。まさか、こんなに本物に似るものとは思わなかった」
彼はそう言って花弁を撫でた。
「完成が楽しみだ」
彼はそう言うと、本を手に取り、再び読書に戻った。
だから私も、スミレの花作りに戻った。
五つ目を作り終えると、彼は本を閉じて起き上がった。
「少し歩いたら帰ろうか」
「はい」
殿下とともに立ち上がると、シートから下りた。殿下が目配せをすると、侍従達は片付けを始め、お昼休憩の時間は終わりになった。
「本当は、日が暮れるまで遊んでいたいのだけれどね」
空を見て独り言をこぼす彼の腕を私は取った。
「もう冬も近くなっていますから。夕方まで遊ぶといっても、それ程の時間はありませんよ?」
「それはそうだけど……」
「いつまでも遊びたいだなんて、ダニエルと変わらないですわ」
そう言うと殿下はあははと声を出して笑った。
「逆に考えるんだ。僕がダニエル君に似ているのではなくて、彼が僕に似ているんだ。ダニエル君は、活発で、将来を期待される男に育っているという証拠なんじゃないのか」
よく分からない理屈を並べ立てる彼がおかしくて、私は吹き出した。
「もう、本当に子供っぽいですよ?」
笑って言うと、彼は否定をしないどころか、むしろ頷いた。
「今日は久しぶりに童心に帰れた。楽しかったよ」
彼は柔らかな微笑みを浮かべた。私も微笑み返すと、私達は来た道に沿って歩き始めた。
※
ピクニックから1週間程経つと、気温は一気に冷え込んだ。例年よりも2週間も早い冬の訪れに、使用人達はてんやわんやしていた。
そんな中でも、ありがたいことに、暖炉に火を入れてくれる。私は暖炉の火に当たりながら、家族から来た手紙を読んだ。
お母様は、私の結婚生活を心配していた。社交界でのやっかみの噂が、遅ればせながら王都の端にいる我が家にも届いたらしい。
その大体のことが、ありもしない作り話だと、お母様は理解していた。けれど、私が貴族達や使用人達から虐められていないかと不安でならないらしい。
そして、家族の生活のために尽力した私に対して、何もしてあげられないことが申し訳ないと書かれていた。
私は、ラルフ殿下や王宮の使用人達は親切で問題なく過ごしていることを伝えないといけない。そう思いながら、続きに目を通した。
お母様は、追伸で、ダニエルからの手紙を同封したことを記していた。
“状況を理解できないあの子の手紙を同封することを、どうか許してほしいわ。どうしても、お姉様に手紙を書くと聞かなくて……。先生が来る前から、頑張って自習をして字を覚えたのよ?”
私は、四つに折りたたまれた紙を広げた。
そこには、大きなガタガタの文字で、こう書かれていた。
“親愛なるお姉様
お元気ですか。
毎日ケーキは食べていますか。
愛しています。
ダニエル”
スペルを所々間違えている上、ペンを使うことに不慣れなせいで、インクを漏らしている。
でも、不器用さの中に彼からの愛情を確かに感じて、私は顔を綻ばせずにはいられなかった。
返事は何と書こうかしら。
毎日ケーキを食べて過ごしているとダニエルは信じている。けれど、結婚してからは、一度もケーキを食べていない。
私は、ダニエルの手紙を持って立ち上がった。そして、ラルフ殿下の待つ彼の寝室へと向かった。
あなたにおすすめの小説
片想い婚〜今日、姉の婚約者と結婚します〜
橘しづき
恋愛
姉には幼い頃から婚約者がいた。両家が決めた相手だった。お互いの家の繁栄のための結婚だという。
私はその彼に、幼い頃からずっと恋心を抱いていた。叶わぬ恋に辟易し、秘めた想いは誰に言わず、二人の結婚式にのぞんだ。
だが当日、姉は結婚式に来なかった。 パニックに陥る両親たち、悲しげな愛しい人。そこで自分の口から声が出た。
「私が……蒼一さんと結婚します」
姉の身代わりに結婚した咲良。好きな人と夫婦になれるも、心も体も通じ合えない片想い。
【完結】王子妃候補をクビになった公爵令嬢は、拗らせた初恋の思い出だけで生きていく
たまこ
恋愛
10年の間、王子妃教育を受けてきた公爵令嬢シャーロットは、政治的な背景から王子妃候補をクビになってしまう。
多額の慰謝料を貰ったものの、婚約者を見つけることは絶望的な状況であり、シャーロットは結婚は諦めて公爵家の仕事に打ち込む。
もう会えないであろう初恋の相手のことだけを想って、生涯を終えるのだと覚悟していたのだが…。
報われなかった姫君に、弔いの白い薔薇の花束を
さくたろう
恋愛
その国の王妃を決める舞踏会に招かれたロザリー・ベルトレードは、自分が当時の王子、そうして現王アルフォンスの婚約者であり、不遇の死を遂げた姫オフィーリアであったという前世を思い出す。
少しずつ蘇るオフィーリアの記憶に翻弄されながらも、17年前から今世まで続く因縁に、ロザリーは絡め取られていく。一方でアルフォンスもロザリーの存在から目が離せなくなり、やがて二人は再び惹かれ合うようになるが――。
20話です。小説家になろう様でも公開中です。
魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました【完結】
iru
恋愛
第19回 恋愛小説大賞エントリーしています。ぜひ1票お願いします。
小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。
両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。
両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。
しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。
魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。
自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。
一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。
初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。
恋人になりたいが、年上で雇い主。
もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。
そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。
そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。
レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか?
両片思いのすれ違いのお話です。
すべてはあなたの為だった~狂愛~
矢野りと
恋愛
膨大な魔力を有する魔術師アレクサンダーは政略結婚で娶った妻をいつしか愛するようになっていた。だが三年経っても子に恵まれない夫妻に周りは離縁するようにと圧力を掛けてくる。
愛しているのは君だけ…。
大切なのも君だけ…。
『何があってもどんなことをしても君だけは離さない』
※設定はゆるいです。
※お話が合わないときは、そっと閉じてくださいませ。
一途な皇帝は心を閉ざした令嬢を望む
浅海 景
恋愛
幼い頃からの婚約者であった王太子より婚約解消を告げられたシャーロット。傷心の最中に心無い言葉を聞き、信じていたものが全て偽りだったと思い込み、絶望のあまり心を閉ざしてしまう。そんな中、帝国から皇帝との縁談がもたらされ、侯爵令嬢としての責任を果たすべく承諾する。
「もう誰も信じない。私はただ責務を果たすだけ」
一方、皇帝はシャーロットを愛していると告げると、言葉通りに溺愛してきてシャーロットの心を揺らす。
傷つくことに怯えて心を閉ざす令嬢と一途に想い続ける青年皇帝の物語
辺境伯夫人は領地を紡ぐ
やまだごんた
恋愛
王命によりヴァルデン辺境伯に嫁ぐことになった、前ベルンシュタイン公爵令嬢のマルグリット。
しかし、彼女を待っていたのは60年にも及ぶ戦争で荒廃し、冬を越す薪すら足りない現実だった。
物資も人手も足りない中、マルグリットは領地の立て直しに乗り出す。
戦しか知らなかったと自省する夫と向き合いながら、少しずつ築かれていく夫婦の距離。
これは、1人の女性が領地を紡ぎ、夫と共に未来を作る「内政×溺愛」の物語です。
全50話の予定です
※表紙はイメージです
※アルファポリス先行公開(なろうにも転載予定です)
夫に欠陥品と吐き捨てられた妃は、魔法使いの手を取るか?
里見
恋愛
リュシアーナは、公爵家の生まれで、容姿は清楚で美しく、所作も惚れ惚れするほどだと評判の妃だ。ただ、彼女が第一皇子に嫁いでから三年が経とうとしていたが、子どもはまだできなかった。
そんな時、夫は陰でこう言った。
「完璧な妻だと思ったのに、肝心なところが欠陥とは」
立ち聞きしてしまい、失望するリュシアーナ。そんな彼女の前に教え子だった魔法使いが現れた。そして、魔法使いは、手を差し出して、提案する。リュシアーナの願いを叶える手伝いをするとーー。
リュシアーナは、自身を子を産む道具のように扱う夫とその周囲を利用してのしあがることを決意し、その手をとる。様々な思惑が交錯する中、彼女と魔法使いは策謀を巡らして、次々と世論を操っていく。
男尊女卑の帝国の中で、リュシアーナは願いを叶えることができるのか、魔法使いは本当に味方なのか……。成り上がりを目論むリュシアーナの陰謀が幕を開ける。
***************************
本編完結済み。番外編を不定期更新中。