【完結/R-18】偽りの聖女の身代わり結婚

花草青依

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本編1

3-2 迎えは来ない

 アンドリュー卿のことを考えると、息が詰まりそうになる。
 彼は今、何をしているのか━━

 噂によると、モンスター討伐後に、彼は片田舎で村娘と暮らしているという。そして、彼女のもとで養生しているのだと。
 そんな話がまことしやかに囁かれていた。

 ━━それならどうして、私と離婚しないのかしら。

 そんなことを思いながら庭を歩いていると、噂話をする使用人達の声が、冷たい風に乗って聞こえてきた。
 私のことを話しているような気がして、そっと物陰に隠れた。

「それでね。カルベーラ卿は、ジェシカ様が治療をなさろうとしたら断ったそうよ」
「え? 何で?」
「きっと騙されていたことに気づいてしまったのよ。それで腹を立てて……」
「そうじゃなければ、聖女であるジェシカ様の治療を断るなんてしないわよね」
「それに、もしまだシアリーズ様のことを聖女だと思い込んでいるのなら……。彼女に助けを求めるはずよね」
「そうよね。音信不通にするはずがないもの」
 風が一度、庭の木々を揺らした。

 使用人達は、私が見ていることに気付いていないようだった。それから、彼らは例の女性について話を始めた。

「アンドリュー卿が囲っているという女性はとても身分が低いそうよ」
「ああ……。その話なら私も聞いたわ。平民の身分ですらないって」
「だから、シアリーズ様が“ジョルネスの娘”でないと知りながらも離婚しないのかしら?」
「お金目当てってこと?」
「そうよ」
「そもそもカルベーラ卿は、ジェシカ様と結婚したかったわけではないのかもしれないわね。彼はジョルネス公爵家の家系に入り込みたかっただけなのかも」

 ━━彼らの言っていることが事実ならどんなにいいことだろう。

 それなら、アンドリュー卿にとって私は利用価値のある存在だ。お父様と私がアンドリュー卿を騙したことにはならないから、彼が私に対して怒りを向けないだろう。
 私は通り過ぎていく使用人達の背中を見つめながら、そう思った。

「お姉様? こんな所に立ち尽くして、どうしました?」
 突然、背後から声をかけられて、身体がびくりと反応した。振り返ってみると、ジェシカはきょとんとした顔で私を見ていた。

「ジェシカ……」
 ぽつりと名前をつぶやくと、彼女は青い目を細めて微笑んだ。
 今日の彼女は、一段と美しい上に、神々しく見えた。月のような薄い金色の髪が、日に当たってきらきらと輝いていたから、そう思えたのだろう。

 私がジェシカの髪に見惚れていると、彼女はおもむろに羽織っていたショールを私にかけた。
「今日は冷え込んでいますから、そんな格好で庭を歩いてはいけませんよ」
 薄着の私を気遣っての行動。
 私と何一つ似ていない妹は、今日も美しくて親切だった。

「あら?」
 ショールを巻きつけた拍子に、ジェシカは私の腕についた痣を見つけてしまった。
「またお父様ね!」
 優しく微笑んでいたジェシカが、途端に柳眉を逆立てる。今にもお父様の所に抗議に向かおうとする彼女の手を取って引き止めた。
「違うの。棚にぶつけちゃっただけよ」
「どんな風にぶつかったら、こんなひどい痣になるのかしら!」

 怒りながらもジェシカは私の腕に手をかざして治療してくれた。たったの数秒でどす黒く変色していた私の腕は元通りになった。
「お姉様、嘘を吐かないで下さい。お父様にやられたのでしょう?」
 ジェシカの言う通り、これはお父様にやられたものだった。

 3日前の雨の夜だった。
 アンドリュー卿が田舎で愛人と共に暮らしているという噂を聞くや否やお父様は私を呼び出して杖で殴った。アンドリュー卿に恥をかかされたのは私のせいだと責め立てられたのだ。
 私が初夜でアンドリュー卿を満足させていればこんなことにはならなかったと━━

「何とか言って下さいな」
 私は首を振った。
「違うの。本当にぶつけたの。ぼんやりしていたから」
「お姉様……」
 ジェシカは納得していない。お父様の所に行くつもりだ。

 ━━やめて。ジェシカがお父様に物申した後は必ずお父様に嬲られるの。だから、何もしないで。

 そう言えたならどんなに楽だろう。でも、善良で姉思いの優しい妹にそんなことを言えるはずがなかった。

 ジェシカが私の手を振り張って、歩き出そうとした時、侍女が私の名前を呼びながら髪を振り乱して家の中から飛び出してきた。
「シアリーズ様、ああ、いらっしゃってよかった……」
 メイドはそういった後、乱れた息を整えはじめた。ジェシカは立ち止まり、何事かとメイドを見ている。
「どうしたの? そんなに慌てて」
 ジェシカが声をかけると、侍女は言った。
「アンドリュー・カルベーラ卿がもうすぐいらっしゃるようです」
 彼女の言葉に、私は戸惑いを隠せなかった。
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