【完結/R-18】偽りの聖女の身代わり結婚

花草青依

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本編1

4 突然の迎え

「今更何をしに来たのかしら!」
 ジェシカはメイドが言い終わるや否や、声を荒げた。

 本当に、ジェシカの言う通りだ。今までずっと放っておいたのに、どういう風の吹き回しだろう。
 まさか、離婚を申し込みに来たのだろうか。そうなれば、お父様は怒り狂うだろう。今度は腕の痣では済まないはずだ。

「シアリーズ様、一先ず準備をなさってください」
 侍女の声で我に返る。
 今着ている服は客人に会うには地味すぎるものだから。もう少し着飾れと言っているのだろう。
 私は頷いて自室へと向かった。

 そして、着替えの最中にアンドリュー卿は城に到着した。彼は一先ず、お父様の所に案内されたそうで、私は着替えを終えた後、自室で待機させられた。
 私はその間、彼が離婚したいと言ってきた時、どう振る舞えばいいのかをずっと考えた。

 ━━泣いてすがればいい? それとも愛しているから嫌だと説得する? それとも……。

 考えがまとまらず、焦燥感だけが募っていく。
 そんな最中、ノックもなしにドアが開いた。
 私を馬鹿にしている使用人達ですら、行わない失礼な対応。それに驚く間もなく、アンドリュー卿が部屋に入ってきた。

 私は彼を前にした途端、頭の中が真っ白になった。さっきまで考えていた離婚を回避するための釈明と謝罪の言葉が何も出てこない。

「ただいま」
 アンドリュー卿はぽつりと呟いた。
「お、おかえりなさい」
 返事をしたらアンドリュー卿が近づいて来て、私の腕を掴んだ。
「シア、行くぞ」
「行くってどこにですか?」
「俺の領地」
「領地?」
 アンドリュー卿が領地を持っていたなんて初めて知った。

「行きたくないって言ってもだめだ」
 彼の手の力が強まる。私は彼に手を引かれて部屋を出た。そして、廊下を歩いていた所で私達は待ち構えるかのように佇んでいたジェシカと鉢合わせになった。

「お久しぶりですね、アンドリュー卿」
 彼女は7歳も年上のアンドリュー卿の前に立ち塞がり、臆さずに挨拶をした。そして、物言いたげに彼を見つめる。
「ああ。久しぶりだな」
「お姉様を連れて、どこに行こうとしているんです?」
「これから俺の領地に行くところだ」
 ジェシカは目を見開いてぽかんとした。
 でも、それは一瞬のことで、彼女の眉間には皺が寄った。

「ずっと連絡もせずに放ったらかしておいて、急に連れて行こうなんておかしいですわ!」
「……連絡しなかったのはシアも同じだ」
 アンドリュー卿は不快だと言わんばかりに顔を歪めた。
 確かに私から連絡をしなかったけれど、アンドリュー卿は居場所を教えなかった。それなのに私に責任があるような言い方をするなんて━━

「もう行かないといけない。失礼させてもらう」
 アンドリュー卿は私の腕を引いて再び歩き始めた。
「お父様の許可は取ったのですか!」
 後ろからジェシカが叫んだ。
「そんなものは必要ない」
 アンドリュー卿は振り返りもせずそう答えた。

 妻は夫のものだから、この国の法律においては、アンドリュー卿の言い分が正しい。
 でも、もしお父様に見つかってしまったら、すごく怒るに違いない。お父様は自分の所有物の管理を徹底する人だから。
 お父様はアンドリュー卿に対する怒りを私に向けてくるだろう。私は彼にとって八つ当たりをするためのちょうどいい道具でもあるから。

 ━━殴られるのはもう嫌!

 私は制止の声をあげるジェシカを無視して、必死になってアンドリュー卿について行った。
 そして、勢いで城を飛び出し、そのままアンドリュー卿の馬車に乗った。
 一息を吐く間もなく、馬車は動き始める。

「お前の荷物は後で送ってもらう」
「はい」
 そのやり取りの後、長い沈黙が訪れた。

 アンドリュー卿は何も言ってくれない。
 今まで何をしていたのか。どうして今になって私を迎えに来たのか。愛人の噂は本当なのか。アンドリュー卿の領地とは、どんな所なのか。話すことはたくさんあるはずなのに。
 彼は不機嫌そうに、目の前にいる私を見ている。私は気まずさに耐えかねて窓の外を見た。

 ━━綺麗。

 私達がさっきまでいた城はまるでおとぎ話に出てくる城のように綺麗で大きかった。
 今までそこに自分が住んでいたなんて、にわかには信じられなかった。

「城を離れるのが嫌なのか」

 アンドリュー卿に声をかけられてびくっとした。彼を見たら私の顔を睨んでいた。城を見つめていたのが気に障ったらしい。
「どうなんだ?」
 問い詰めるような口調に、身がすくんだ。
「いいえ。城の外に出たのが初めてだったので……」
「初めて?」
 怪訝そうな顔でアンドリュー卿は私を見ていた。成人をしてもなお、領地どころか城の外にすら出たことがないことをおかしいと思っているのだろう。

 お父様はいつまで経っても聖女になれない私を人目につかないようにした。能力もなく、美しくもない娘を持ったことを恥と捉えたのだ。
 だから、私は城の庭を除いては、出歩くことを禁じられていた。
 もし、アンドリュー卿が連れ出してくれなかったら、私は今でもあの城に閉じ込められていた。

 ━━あの城は、こうやって遠くで見るくらいがちょうどいい。

 あそこで過ごしていた地獄のような日々を思うと、そう思わざるを得なかった。
 これでもう、お父様に嬲られ、使用人達からは陰で馬鹿にされなくて済むのだから。そういった意味では、アンドリュー卿に感謝をした。

 馬車が進んでいくと、城がどんどん小さくなっていく。
 それが、小粒程の大きさになってから、私はようやく、これからのことを考えられるくらいに、平静を取り戻した。

「……アンドリュー卿の領地は、どんな所ですか」
「田舎だ」
 勇気を出して尋ねてみると、彼は不機嫌そうに答えた。
 城の外に出たことがないとはいえ、本で得た知識は多少なりとはある。もう少しくらい教えてくれてもいいのに。
 そう思っていたら、アンドリュー卿は溜め息を吐いた。

「西部地方のアイネ山の麓だ。領地とは言っても山の麓に小さな村が3つあるくらいのものだがな。……あとは山と森だよ」
 アイネ山は聞いたことがある。たしか、ドルト山脈に連なる山の一つで、そこの山頂付近にブラックドラゴンが住んでいたそうだ。
 だから、アンドリュー卿はドラゴンを倒すことになったのかと、合点がいった。

「ようやく俺に興味を持ったのか」

 ━━そんな風に非難をしなくてもいいじゃない。

 あなただって、今になってやっと私を引き取りに来たくせに。それに、これから暮らしていく場所を知ることの何が悪いのだろう。
 私は再び窓の外を見た。
 アンドリュー卿の質問に対して率直に答えても彼の気を悪くさせるだけだ。かといって、彼の機嫌を取るための言葉も思いつかない。
 だから、こうして窓の外を見て誤魔化すしかなかった。

 ジョルネス公爵領からアイネ山までは相当の距離がある。中間地点にある王都であっても、馬車で1ヶ月半はかかるはずだ。
 こんな悪い空気の中で、彼とずっと一緒にいないといけないと思うと気が重くなる。
 私は勢いで城を飛び出したことを後悔し始めた。
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