13 / 63
本編1
11 教会へ
アンドリュー卿は3日ぶりに馬車に乗った。出発までの時間、重たい沈黙が胸をざわつかせる。
彼はいつにも増して怖い顔で私を見つめている。さっきの発言が、余程、気に入らなかったらしい。
「なぜあんなことを?」
馬車が動き出すと、アンドリュー卿は口火を切った。責めるような視線が痛くて目を逸らすと、彼はなおも追及してくる。
「不便をかけずに済むとはどういうことだ?」
「ごめんなさい」
「謝れとは言っていない」
アンドリュー卿は謝罪を受け入れてはくれない。
━━私如きが旅程に口を挟んだのがいけなかったのかしら。
私は身を縮こませる思いで、何とか口を開いた。
「もう、何も言いませんから」
「そういうことじゃない!」
声を荒げたアンドリュー卿に、私は思わず身震いをした。
今までとは比べ物にならないくらい、彼は怒っている。
彼の姿がお父様と重なった。握られた拳が与えられてきた“罰”を思い出す。
━━私、何を勘違いしていたのかしら。
ジョルネスの城を出て知らないうちに気が大きくなっていたらしい。あそこから出た所で、私は何も変わらないのに。
不意に、頭の中で、お父様の声が響いた。
“無能で役立たずのシアリーズ”
“口ごたえをすると、あれ程いっておろうが!”
これまでアンドリュー卿は怒鳴らず、殴りもしなかったから、私は調子に乗っていたんだ。私に意見を述べることは、許されるはずがないのに。私はただ黙って彼に従っていればいいのだ。そうすればこんなことにはならなかった。
「シア……?」
気がつけば、アンドリュー卿は怖い顔をやめていた。俯いた私の顔を困り顔でのぞき込んでいた。
「は、はい」
「何をそんなに怯えているんだ?」
「いいえ。怯えてなんか、いないわ」
そう言った私の手は震えていて、驚くほどに説得力がない。
━━これもまた、口ごたえをしたことになるのかしら?
もう私に話しかけて欲しくない。彼の問に何と答えるのが正解なのか分からないから。私は彼を不快にすることしかできない。
━━もう余計なことをしないと誓うから、私に構わないで。
私の思いとは裏腹に、アンドリュー卿はこっちに向かって手を伸ばしてきた。殴られると思ってぎゅっと目を閉じると、身体を引き寄せられた。突然のことに、転んでしまうかと思ったけれど、アンドリュー卿は器用にも私を受け止める。
「シア」
彼は耳元で優しく囁いた。抱きしめられる力強さのせいだろうか。この間の夜を思い出して、どきりとした。
「俺は怒ってなんかいない。大事な妻に対して怒る理由もないだろう?」
アンドリュー卿は私の頭を撫でた。
「だからそんなに怖がらないでくれ」
アンドリュー卿は私を向き合わせると言った。力強い彼の目に見つめられると落ち着かない。
私は目を逸らし、窓の外を見た。遠くに教会があるのが見えた瞬間、彼の言葉の矛盾に気が付いてしまった。
━━本当は“大事な妻”だなんて思っていないくせに。
教会に本当の夫婦になったのだと報告にいかないくせに。そんなことを言われても全く説得力がない。
「教会に行きたいのか」
アンドリュー卿は、低い声で言った。
答えないでいると、彼は私の手を掴んだ。
「俺は、絶対に離婚しないからな」
力強い彼の宣言に、私は驚かされた。
━━いつでも離婚できるように、教会へいかないんじゃないの?
「だから、そんなに教会を見たってだめだ。行かせない」
離婚したくないのに、教会に行かないなんて、腑に落ちない。彼は何かを誤解しているのかもしれない。
「待って……。離婚は私も望んでないわ」
「ならどうして教会に行きたそうにしているんだ」
一瞬、正直に言っても大丈夫かのと思い悩んだ。私の勘違いだったら、また怒らせてしまいそうだから。
「シア、頼む。教えてくれないか」
真剣な眼差しで乞われると、心が揺らいだ。
彼は本当に、私を妻として大切にしたいと思ってくれているのかもしれない。
そんな期待が胸の中に満ちた。私は意を決して話してみることにした。
「本当の夫婦になりたいから、教会に報告をしに行きたかったの」
期待と不安が入り乱れて、彼の顔がまともに見れない。私は俯き、彼の答えを待った。
一拍間を置いて、彼はぽつりとつぶやいた。
「“本当の夫婦”って、……何だ?」
私は思わず顔を上げた。
「教えてくれ」
食い気味に言われて、私は慌てて説明をする。
「貴族はそんな面倒なことをするんだな」
話を聞き終えた彼はそう言うなり、窓を開けた。そして、御者に向かって指示を出す。
「あそこに見える教会に寄れ」
突然の彼の要求に反応したのは、馬車に並走して馬を走らせていた騎士だった。
「隊長? どうしたんです?」
「何だっていいだろ! とにかくあの教会に向かうんだ!」
アンドリュー卿は、ぴしゃりと言い放つと、勢いよく窓を閉めた。騎士は、怪訝そうな顔をしながらも、他の人にそれを伝えているようだった。
「無理に予定を変えなくてもいいのよ」
私のせいで、もっと旅程が延びるのではないかと思うと、気が気でなかった。
「領地に着くのが遅くなっちゃうわ」
「これくらいの寄り道なら大丈夫だ。心配しなくていい」
アンドリュー卿はそう言うと私の手を握った。そして、その手は教会に到着するまで離れることはなかったのだ。
彼はいつにも増して怖い顔で私を見つめている。さっきの発言が、余程、気に入らなかったらしい。
「なぜあんなことを?」
馬車が動き出すと、アンドリュー卿は口火を切った。責めるような視線が痛くて目を逸らすと、彼はなおも追及してくる。
「不便をかけずに済むとはどういうことだ?」
「ごめんなさい」
「謝れとは言っていない」
アンドリュー卿は謝罪を受け入れてはくれない。
━━私如きが旅程に口を挟んだのがいけなかったのかしら。
私は身を縮こませる思いで、何とか口を開いた。
「もう、何も言いませんから」
「そういうことじゃない!」
声を荒げたアンドリュー卿に、私は思わず身震いをした。
今までとは比べ物にならないくらい、彼は怒っている。
彼の姿がお父様と重なった。握られた拳が与えられてきた“罰”を思い出す。
━━私、何を勘違いしていたのかしら。
ジョルネスの城を出て知らないうちに気が大きくなっていたらしい。あそこから出た所で、私は何も変わらないのに。
不意に、頭の中で、お父様の声が響いた。
“無能で役立たずのシアリーズ”
“口ごたえをすると、あれ程いっておろうが!”
これまでアンドリュー卿は怒鳴らず、殴りもしなかったから、私は調子に乗っていたんだ。私に意見を述べることは、許されるはずがないのに。私はただ黙って彼に従っていればいいのだ。そうすればこんなことにはならなかった。
「シア……?」
気がつけば、アンドリュー卿は怖い顔をやめていた。俯いた私の顔を困り顔でのぞき込んでいた。
「は、はい」
「何をそんなに怯えているんだ?」
「いいえ。怯えてなんか、いないわ」
そう言った私の手は震えていて、驚くほどに説得力がない。
━━これもまた、口ごたえをしたことになるのかしら?
もう私に話しかけて欲しくない。彼の問に何と答えるのが正解なのか分からないから。私は彼を不快にすることしかできない。
━━もう余計なことをしないと誓うから、私に構わないで。
私の思いとは裏腹に、アンドリュー卿はこっちに向かって手を伸ばしてきた。殴られると思ってぎゅっと目を閉じると、身体を引き寄せられた。突然のことに、転んでしまうかと思ったけれど、アンドリュー卿は器用にも私を受け止める。
「シア」
彼は耳元で優しく囁いた。抱きしめられる力強さのせいだろうか。この間の夜を思い出して、どきりとした。
「俺は怒ってなんかいない。大事な妻に対して怒る理由もないだろう?」
アンドリュー卿は私の頭を撫でた。
「だからそんなに怖がらないでくれ」
アンドリュー卿は私を向き合わせると言った。力強い彼の目に見つめられると落ち着かない。
私は目を逸らし、窓の外を見た。遠くに教会があるのが見えた瞬間、彼の言葉の矛盾に気が付いてしまった。
━━本当は“大事な妻”だなんて思っていないくせに。
教会に本当の夫婦になったのだと報告にいかないくせに。そんなことを言われても全く説得力がない。
「教会に行きたいのか」
アンドリュー卿は、低い声で言った。
答えないでいると、彼は私の手を掴んだ。
「俺は、絶対に離婚しないからな」
力強い彼の宣言に、私は驚かされた。
━━いつでも離婚できるように、教会へいかないんじゃないの?
「だから、そんなに教会を見たってだめだ。行かせない」
離婚したくないのに、教会に行かないなんて、腑に落ちない。彼は何かを誤解しているのかもしれない。
「待って……。離婚は私も望んでないわ」
「ならどうして教会に行きたそうにしているんだ」
一瞬、正直に言っても大丈夫かのと思い悩んだ。私の勘違いだったら、また怒らせてしまいそうだから。
「シア、頼む。教えてくれないか」
真剣な眼差しで乞われると、心が揺らいだ。
彼は本当に、私を妻として大切にしたいと思ってくれているのかもしれない。
そんな期待が胸の中に満ちた。私は意を決して話してみることにした。
「本当の夫婦になりたいから、教会に報告をしに行きたかったの」
期待と不安が入り乱れて、彼の顔がまともに見れない。私は俯き、彼の答えを待った。
一拍間を置いて、彼はぽつりとつぶやいた。
「“本当の夫婦”って、……何だ?」
私は思わず顔を上げた。
「教えてくれ」
食い気味に言われて、私は慌てて説明をする。
「貴族はそんな面倒なことをするんだな」
話を聞き終えた彼はそう言うなり、窓を開けた。そして、御者に向かって指示を出す。
「あそこに見える教会に寄れ」
突然の彼の要求に反応したのは、馬車に並走して馬を走らせていた騎士だった。
「隊長? どうしたんです?」
「何だっていいだろ! とにかくあの教会に向かうんだ!」
アンドリュー卿は、ぴしゃりと言い放つと、勢いよく窓を閉めた。騎士は、怪訝そうな顔をしながらも、他の人にそれを伝えているようだった。
「無理に予定を変えなくてもいいのよ」
私のせいで、もっと旅程が延びるのではないかと思うと、気が気でなかった。
「領地に着くのが遅くなっちゃうわ」
「これくらいの寄り道なら大丈夫だ。心配しなくていい」
アンドリュー卿はそう言うと私の手を握った。そして、その手は教会に到着するまで離れることはなかったのだ。
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢にされたので婚約破棄を受け入れたら、なぜか全員困っています
かきんとう
恋愛
王城の大広間は、いつも以上に華やいでいた。
磨き上げられた床は燭台の光を反射し、色とりどりのドレスが揺れるたびに、まるで花畑が動いているかのように見える。貴族たちの笑い声、楽団の優雅な旋律、そして、ひそやかな噂話が、空気を満たしていた。
その中心に、私は立っていた。
――今日、この瞬間のために。
「エレノア・フォン・リーベルト嬢」
高らかに呼ばれた私の名に、ざわめきがぴたりと止む。
【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております
紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。
二年後にはリリスと交代しなければならない。
そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。
普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
石塔に幽閉って、私、石の聖女ですけど
ハツカ
恋愛
私はある日、王子から役立たずだからと、石塔に閉じ込められた。
でも私は石の聖女。
石でできた塔に閉じ込められても何も困らない。
幼馴染の従者も一緒だし。
婚約解消されたら隣にいた男に攫われて、強請るまで抱かれたんですけど?〜暴君の暴君が暴君過ぎた話〜
紬あおい
恋愛
婚約解消された瞬間「俺が貰う」と連れ去られ、もっとしてと強請るまで抱き潰されたお話。
連れ去った強引な男は、実は一途で高貴な人だった。
「25歳OL、異世界で年上公爵の甘々保護対象に!? 〜女神ルミエール様の悪戯〜」
透子(とおるこ)
恋愛
25歳OL・佐神ミレイは、仕事も恋も完璧にこなす美人女子。しかし本当は、年上の男性に甘やかされたい願望を密かに抱いていた。
そんな彼女の前に現れたのは、気まぐれな女神ルミエール。理由も告げず、ミレイを異世界アルデリア王国の公爵家へ転移させる。そこには恐ろしく気難しいと評判の45歳独身公爵・アレクセイが待っていた。
最初は恐怖を覚えるミレイだったが、公爵の手厚い保護に触れ、次第に心を許す。やがて彼女は甘く溺愛される日々に――。
仕事も恋も頑張るOLが、異世界で年上公爵にゴロニャン♡ 甘くて胸キュンなラブストーリー、開幕!
---
遺産は一円も渡さない 〜強欲な夫と義実家に捨てられた私、真の相続人と手を組み全てを奪い返す~ (全10話)
スカッと文庫
恋愛
「お前の価値なんて、その遺産くらいしかないんだよ」
唯一の肉親だった祖父を亡くした夜、夫の健一と義母から放たれたのは、あまりにも無慈悲な言葉だった。
四十九日も待たず、祖父が遺した1億2000万円の遺産をアテに贅沢三昧を目論む夫。だが、彼には隠し通している「裏切り」があった――。
絶望の淵に立たされた由美の前に現れたのは、亡き祖父が差し向けた若き凄腕弁護士・蓮。
「おじい様は、すべてお見通しでしたよ」
明かされる衝撃の遺言内容。そして、強欲な夫たちを地獄へ叩き落とすための「相続条件」とは?
虐げられてきた妻による、一発逆転の遺産争奪&復讐劇がいま幕を開ける!
冷酷騎士団長に『出来損ない』と捨てられましたが、どうやら私の力が覚醒したらしく、ヤンデレ化した彼に執着されています
放浪人
恋愛
平凡な毎日を送っていたはずの私、橘 莉奈(たちばな りな)は、突然、眩い光に包まれ異世界『エルドラ』に召喚されてしまう。 伝説の『聖女』として迎えられたのも束の間、魔力測定で「魔力ゼロ」と判定され、『出来損ない』の烙印を押されてしまった。
希望を失った私を引き取ったのは、氷のように冷たい瞳を持つ、この国の騎士団長カイン・アシュフォード。 「お前はここで、俺の命令だけを聞いていればいい」 物置のような部屋に押し込められ、彼から向けられるのは侮蔑の視線と冷たい言葉だけ。
元の世界に帰ることもできず、絶望的な日々が続くと思っていた。
──しかし、ある出来事をきっかけに、私の中に眠っていた〝本当の力〟が目覚め始める。 その瞬間から、私を見るカインの目が変わり始めた。
「リリア、お前は俺だけのものだ」 「どこへも行かせない。永遠に、俺のそばにいろ」
かつての冷酷さはどこへやら、彼は私に異常なまでの執着を見せ、甘く、そして狂気的な愛情で私を束縛しようとしてくる。 これは本当に愛情なの? それともただの執着?
優しい第二王子エリアスは私に手を差し伸べてくれるけれど、カインの嫉妬の炎は燃え盛るばかり。 逃げ場のない城の中、歪んだ愛の檻に、私は囚われていく──。