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本編1
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アンドリュー卿は3日ぶりに馬車に乗った。出発までの時間、重たい沈黙が胸をざわつかせる。
彼はいつにも増して怖い顔で私を見つめている。さっきの発言が、余程、気に入らなかったらしい。
「なぜあんなことを?」
馬車が動き出すと、アンドリュー卿は口火を切った。責めるような視線が痛くて目を逸らすと、彼はなおも追及してくる。
「不便をかけずに済むとはどういうことだ?」
「ごめんなさい」
「謝れとは言っていない」
アンドリュー卿は謝罪を受け入れてはくれない。
━━私如きが旅程に口を挟んだのがいけなかったのかしら。
私は身を縮こませる思いで、何とか口を開いた。
「もう、何も言いませんから」
「そういうことじゃない!」
声を荒げたアンドリュー卿に、私は思わず身震いをした。
今までとは比べ物にならないくらい、彼は怒っている。
彼の姿がお父様と重なった。握られた拳が与えられてきた“罰”を思い出す。
━━私、何を勘違いしていたのかしら。
ジョルネスの城を出て知らないうちに気が大きくなっていたらしい。あそこから出た所で、私は何も変わらないのに。
不意に、頭の中で、お父様の声が響いた。
“無能で役立たずのシアリーズ”
“口ごたえをすると、あれ程いっておろうが!”
これまでアンドリュー卿は怒鳴らず、殴りもしなかったから、私は調子に乗っていたんだ。私に意見を述べることは、許されるはずがないのに。私はただ黙って彼に従っていればいいのだ。そうすればこんなことにはならなかった。
「シア……?」
気がつけば、アンドリュー卿は怖い顔をやめていた。俯いた私の顔を困り顔でのぞき込んでいた。
「は、はい」
「何をそんなに怯えているんだ?」
「いいえ。怯えてなんか、いないわ」
そう言った私の手は震えていて、驚くほどに説得力がない。
━━これもまた、口ごたえをしたことになるのかしら?
もう私に話しかけて欲しくない。彼の問に何と答えるのが正解なのか分からないから。私は彼を不快にすることしかできない。
━━もう余計なことをしないと誓うから、私に構わないで。
私の思いとは裏腹に、アンドリュー卿はこっちに向かって手を伸ばしてきた。殴られると思ってぎゅっと目を閉じると、身体を引き寄せられた。突然のことに、転んでしまうかと思ったけれど、アンドリュー卿は器用にも私を受け止める。
「シア」
彼は耳元で優しく囁いた。抱きしめられる力強さのせいだろうか。この間の夜を思い出して、どきりとした。
「俺は怒ってなんかいない。大事な妻に対して怒る理由もないだろう?」
アンドリュー卿は私の頭を撫でた。
「だからそんなに怖がらないでくれ」
アンドリュー卿は私を向き合わせると言った。力強い彼の目に見つめられると落ち着かない。
私は目を逸らし、窓の外を見た。遠くに教会があるのが見えた瞬間、彼の言葉の矛盾に気が付いてしまった。
━━本当は“大事な妻”だなんて思っていないくせに。
教会に本当の夫婦になったのだと報告にいかないくせに。そんなことを言われても全く説得力がない。
「教会に行きたいのか」
アンドリュー卿は、低い声で言った。
答えないでいると、彼は私の手を掴んだ。
「俺は、絶対に離婚しないからな」
力強い彼の宣言に、私は驚かされた。
━━いつでも離婚できるように、教会へいかないんじゃないの?
「だから、そんなに教会を見たってだめだ。行かせない」
離婚したくないのに、教会に行かないなんて、腑に落ちない。彼は何かを誤解しているのかもしれない。
「待って……。離婚は私も望んでないわ」
「ならどうして教会に行きたそうにしているんだ」
一瞬、正直に言っても大丈夫かのと思い悩んだ。私の勘違いだったら、また怒らせてしまいそうだから。
「シア、頼む。教えてくれないか」
真剣な眼差しで乞われると、心が揺らいだ。
彼は本当に、私を妻として大切にしたいと思ってくれているのかもしれない。
そんな期待が胸の中に満ちた。私は意を決して話してみることにした。
「本当の夫婦になりたいから、教会に報告をしに行きたかったの」
期待と不安が入り乱れて、彼の顔がまともに見れない。私は俯き、彼の答えを待った。
一拍間を置いて、彼はぽつりとつぶやいた。
「“本当の夫婦”って、……何だ?」
私は思わず顔を上げた。
「教えてくれ」
食い気味に言われて、私は慌てて説明をする。
「貴族はそんな面倒なことをするんだな」
話を聞き終えた彼はそう言うなり、窓を開けた。そして、御者に向かって指示を出す。
「あそこに見える教会に寄れ」
突然の彼の要求に反応したのは、馬車に並走して馬を走らせていた騎士だった。
「隊長? どうしたんです?」
「何だっていいだろ! とにかくあの教会に向かうんだ!」
アンドリュー卿は、ぴしゃりと言い放つと、勢いよく窓を閉めた。騎士は、怪訝そうな顔をしながらも、他の人にそれを伝えているようだった。
「無理に予定を変えなくてもいいのよ」
私のせいで、もっと旅程が延びるのではないかと思うと、気が気でなかった。
「領地に着くのが遅くなっちゃうわ」
「これくらいの寄り道なら大丈夫だ。心配しなくていい」
アンドリュー卿はそう言うと私の手を握った。そして、その手は教会に到着するまで離れることはなかったのだ。
彼はいつにも増して怖い顔で私を見つめている。さっきの発言が、余程、気に入らなかったらしい。
「なぜあんなことを?」
馬車が動き出すと、アンドリュー卿は口火を切った。責めるような視線が痛くて目を逸らすと、彼はなおも追及してくる。
「不便をかけずに済むとはどういうことだ?」
「ごめんなさい」
「謝れとは言っていない」
アンドリュー卿は謝罪を受け入れてはくれない。
━━私如きが旅程に口を挟んだのがいけなかったのかしら。
私は身を縮こませる思いで、何とか口を開いた。
「もう、何も言いませんから」
「そういうことじゃない!」
声を荒げたアンドリュー卿に、私は思わず身震いをした。
今までとは比べ物にならないくらい、彼は怒っている。
彼の姿がお父様と重なった。握られた拳が与えられてきた“罰”を思い出す。
━━私、何を勘違いしていたのかしら。
ジョルネスの城を出て知らないうちに気が大きくなっていたらしい。あそこから出た所で、私は何も変わらないのに。
不意に、頭の中で、お父様の声が響いた。
“無能で役立たずのシアリーズ”
“口ごたえをすると、あれ程いっておろうが!”
これまでアンドリュー卿は怒鳴らず、殴りもしなかったから、私は調子に乗っていたんだ。私に意見を述べることは、許されるはずがないのに。私はただ黙って彼に従っていればいいのだ。そうすればこんなことにはならなかった。
「シア……?」
気がつけば、アンドリュー卿は怖い顔をやめていた。俯いた私の顔を困り顔でのぞき込んでいた。
「は、はい」
「何をそんなに怯えているんだ?」
「いいえ。怯えてなんか、いないわ」
そう言った私の手は震えていて、驚くほどに説得力がない。
━━これもまた、口ごたえをしたことになるのかしら?
もう私に話しかけて欲しくない。彼の問に何と答えるのが正解なのか分からないから。私は彼を不快にすることしかできない。
━━もう余計なことをしないと誓うから、私に構わないで。
私の思いとは裏腹に、アンドリュー卿はこっちに向かって手を伸ばしてきた。殴られると思ってぎゅっと目を閉じると、身体を引き寄せられた。突然のことに、転んでしまうかと思ったけれど、アンドリュー卿は器用にも私を受け止める。
「シア」
彼は耳元で優しく囁いた。抱きしめられる力強さのせいだろうか。この間の夜を思い出して、どきりとした。
「俺は怒ってなんかいない。大事な妻に対して怒る理由もないだろう?」
アンドリュー卿は私の頭を撫でた。
「だからそんなに怖がらないでくれ」
アンドリュー卿は私を向き合わせると言った。力強い彼の目に見つめられると落ち着かない。
私は目を逸らし、窓の外を見た。遠くに教会があるのが見えた瞬間、彼の言葉の矛盾に気が付いてしまった。
━━本当は“大事な妻”だなんて思っていないくせに。
教会に本当の夫婦になったのだと報告にいかないくせに。そんなことを言われても全く説得力がない。
「教会に行きたいのか」
アンドリュー卿は、低い声で言った。
答えないでいると、彼は私の手を掴んだ。
「俺は、絶対に離婚しないからな」
力強い彼の宣言に、私は驚かされた。
━━いつでも離婚できるように、教会へいかないんじゃないの?
「だから、そんなに教会を見たってだめだ。行かせない」
離婚したくないのに、教会に行かないなんて、腑に落ちない。彼は何かを誤解しているのかもしれない。
「待って……。離婚は私も望んでないわ」
「ならどうして教会に行きたそうにしているんだ」
一瞬、正直に言っても大丈夫かのと思い悩んだ。私の勘違いだったら、また怒らせてしまいそうだから。
「シア、頼む。教えてくれないか」
真剣な眼差しで乞われると、心が揺らいだ。
彼は本当に、私を妻として大切にしたいと思ってくれているのかもしれない。
そんな期待が胸の中に満ちた。私は意を決して話してみることにした。
「本当の夫婦になりたいから、教会に報告をしに行きたかったの」
期待と不安が入り乱れて、彼の顔がまともに見れない。私は俯き、彼の答えを待った。
一拍間を置いて、彼はぽつりとつぶやいた。
「“本当の夫婦”って、……何だ?」
私は思わず顔を上げた。
「教えてくれ」
食い気味に言われて、私は慌てて説明をする。
「貴族はそんな面倒なことをするんだな」
話を聞き終えた彼はそう言うなり、窓を開けた。そして、御者に向かって指示を出す。
「あそこに見える教会に寄れ」
突然の彼の要求に反応したのは、馬車に並走して馬を走らせていた騎士だった。
「隊長? どうしたんです?」
「何だっていいだろ! とにかくあの教会に向かうんだ!」
アンドリュー卿は、ぴしゃりと言い放つと、勢いよく窓を閉めた。騎士は、怪訝そうな顔をしながらも、他の人にそれを伝えているようだった。
「無理に予定を変えなくてもいいのよ」
私のせいで、もっと旅程が延びるのではないかと思うと、気が気でなかった。
「領地に着くのが遅くなっちゃうわ」
「これくらいの寄り道なら大丈夫だ。心配しなくていい」
アンドリュー卿はそう言うと私の手を握った。そして、その手は教会に到着するまで離れることはなかったのだ。
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