愛を知らない「頭巾被り」の令嬢は最強の騎士、「氷の辺境伯」に溺愛される

守次 奏

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第一話「赤毛の灰被り」

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「リリアーヌ、お前と関わるのも今日この日が最後になる」

 わかっていた。
 お父様が言った通り、わたしが──リリアーヌ・エル・ヴィーンゴールドが、伯爵家であるヴィーンゴールド家の娘でいられるのは、十五までだということは。
 豪奢な屋敷を背にして、辺境領送りの馬車を目の前にしているわたしに向けられる視線はどれも、侮蔑や嘲笑が交じったものばかりで、誰一人として同情を寄せてくれる人なんて見当たらなかった。

 わたしはただ震える手で、ぎゅっ、と被っている頭巾を握りしめることしかできなかった。
 ウェスタリア神聖皇国。「聖女」の加護を受けて成り立つこの国で代々聖女を輩出してきたヴィーンゴールド家の娘は、皆その名に違わない美しい金色の髪をしていたという。
 現に、けらけらとお腹を抱えてわたしを嘲笑している妹──マリアンヌ・エル・ヴィーンゴールドは美しいブロンドだ。

 だけど、わたしは。

「わかっているわね、リリアーヌ? 貴女のような赤毛の出来損ないを今日まで育ててきたのは、この日のためなのよ」

 マリアンヌと同じで、美しいブロンドをくるくると縦に巻いて、豪奢なドレスに身を包んでいるお母様──エメリーヌ・エル・ヴィーンゴールドが、きつい吊り目で、釘を刺すように詰め寄ってくる。
 本当に、この人がわたしのお母様なのかと疑いたくなるほど、信じられなくなるほどに、冷たい目だ。愛情という言葉の欠片も見つけることはできない、深い侮蔑と憎悪。
 このひとは、このひとたちは、本当にわたしを愛してなんかいないんだ。わかっていたことだけど、悲しくなってしまう。

「……はい……」

 お母様が言ったように、マリアンヌが嗤っているように、頭巾に隠されたわたしの髪は美しく高貴な金色とは全く違う、醜い赤銅色だ。
 貴族の間における、忌み子の象徴。どんなに美しい髪を持つ貴族たちの間でもたまに生まれてくる、「災いの子」の烙印。
 それが代々「聖女」を輩出してきたヴィーンゴールド家に生まれたとなれば、末代までの恥なのだと、お父様はそう語っていたことを思い出す。

 俯いた視線を上げて、微かに家族たちの姿を一瞥すれば、皆が皆、豪奢な礼服に美しいドレス、そして目も眩むような宝石を身につけている姿が映る。
 一方で私は、白い布で織られた飾り気のないドレス、ただそれだけ。
 たったそれだけを与えられて私は今日、売り飛ばされるように嫁入りをするのだ。

「くすくす……お姉様も可哀想ですわね。辺境領のピースレイヤー様……『氷の辺境伯』、『血まみれ辺境伯』なんて恐ろしい呼び名で呼ばれているお方のところに嫁がなければならないなんて。確か、あのお方はひどく醜くて冷酷なのでしょう?」
「……っ……!」
「なんですの、その目は? お姉様のような出来損ないの行き先にはぴったりじゃありませんの!」

 唇を噛み締めたわたしの頬を、マリアンヌがぱしん、と鋭く打ち据える。
 別に、わたしが出来損ないなのは事実だからどうでもよかった。
 だけど、許せなかったのは、見たことも、会ったこともないピースレイヤー卿のことを悪し様に罵る、貴族らしからぬその振る舞いだった。なんて、傲慢。

 そして、悲しかった。
 辺境伯様がどれほど冷酷なお方であったとしても、わたしのような出来損ないを、生まれてくるべきでなかった忌み子を迎え入れるという事実だけで貶されてしまうのが。
 彼の噂はわたしも聞いている。妙齢の男性なのに、ただの一度も笑ったことがなく、誰かと結婚することもなく、ただ剣を振るい続ける血に飢えた恐ろしいお方なのだと。

 でも、見たことも会ったこともない人のことをどうしてそんなに、噂だけで貶められるのだろう。
 常に優雅たれと、そうマリアンヌにいつも教えていたのは、貴族としてふさわしくあれと教えていたのはお父様とお母様なのに、どうしてマリアンヌを叱らないのですか。
 なんて……そうわたしが吠えたところで、きっとまたぶたれるだけだ。だから、なにも言わずにわたしは頭巾をきゅっと握りしめる。

「……リリアーヌ、これは出来損ないとはいえお前を育ててきた慈悲だ。最後に一言だけ、発言を許可する」

 黒曜石のように美しい黒髪をかき上げながら、溜息交じりにお父様は言った。
 その鬱陶しげな視線と、苛立ちが混ざった仕草には、きっとどんな言葉も届かない。
 だけど。

「……お父様、お母様」
「なんだ」
「なにかしら」
「……わたしを、このリリアーヌを……ただの一度でも、娘だと思ってくれたことはありますか……?」

 ぽろぽろとこぼれ落ちてくる涙は止まらない。
 泣きたくなんてなかった。だって、わかっているから。泣いたら、認めてしまうのと同じだから。
 それでも、心のどこかでわたしは期待していた。期待してしまっていた。

 馬鹿だなあ、と、自分でもそう思う。
 答えなんて、最初から決まっているのに。
 生まれたときから、この赤銅の髪を神様から授けられたときから、わかりきっていたことなのに。

「愚問だな、ないにきまっておろう」
「貴女のような出来損ないを産んだことを、母は心の底から後悔していますわ」

 知っていた。
 わかっていた。
 なのに。なのに、どうして。

「……っく……ぐすっ……」
「みっともなく泣くんじゃない!」

 ばしん、と、お父様の掌がわたしの頬を打つ。まるで、虫を潰すかのように。
 ああ、わかっていたのに、知っていたのに、どうしてわたしは、期待なんかしちゃったんだろう。少しでも、望みをかけてしまったんだろう。
 ほんの僅かでも、たった一欠片だけでも──わたしを愛してくれていた、なんて。

「本当に無様ですわね、お姉様」
「……」
「わたくしは由緒正しきヴィーンゴールド家の子女として『聖女』の道を歩みますわ、だから安心して野垂れ死んできてくださいまし」

 それでは、ごきげんよう。
 そう告げてわたしに背を向けたマリアンヌをエスコートするお父様とお母様の笑顔は、ひどく慈愛に満ち溢れていた。
 そっか。そう、だよね。わたしは。

 使用人に、辺境領行きの馬車へ詰め込まれるかのように乗せられながら、ただわたしは唇を噛む。
 わたしは、娘なんかじゃない。
 生まれてくるべきじゃなかった、「忌み子」なんだから。
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