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第二話「天剣の騎士様」
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「それでは、これにてお別れでございます」
恭しく頭を下げた使用人と護衛の衛兵から、罪人のように突き出されたわたしは地面にへたり込む。
辺境領、ピースレイヤー領。
東は隣国イーステン王国との国境線、そして北は人跡未踏の地にして魔物の巣窟ともいわれている「暗闇の森」と接した過酷な地だ。
そして今、わたしが放り出されたのは辺境伯様の邸宅前ではなく、「暗闇の森」に連なる辺境の最前線だった。
「……まさか……」
気づいてしまう。お父様とお母様はわたしを事故に見せかけて亡き者にするつもりだったのだろう、と。
そして、辺境伯様には適当な言い訳をして、事前にヴィーンゴールド家に納められていた結納金だけを受け取る算段なのだろうと。
なんて。なんて、小さなことを。
怒りと悲しみに唇を噛んで、握りしめた拳を小さく振るわせる。
わたしを愛してくれなくてもいい。憎んでくれてもいい。なのに、どうして。
どうしてお父様も、お母様も、マリアンヌも。貴族としての誇りを捨てるような、恥ずかしい真似ができるのだろう。
わたしがいらない子なのはわかっていた。
愛情なんて欠片も注がれていないことに気づくのに、そう時間はかからなかった。
それでも。それでも、ヴィーンゴールドの家には、誇り高き「聖女」の家であってほしかったのだ。
わたしが忌み子であっても、それは唯一誇れることだったから。
高貴なる血を引く者の家として常に優雅で、美しく、高潔であったのなら、例え呪われた忌み子であったとしても、この家に生まれてきたことにだけは、誇れたから。
なのに、そんな誇りすら、わたしにとっての細やかな希望すら、無惨に踏み躙られて。
「……ぁ……ああ……ああああっ……」
慟哭する。もう、死んでしまいたかった。
わたしには、なんにもない。
生まれた意味も、この血にも、生きていることにも。
だけどこの場所に、「暗闇の森」に捨てられたことだけは幸運だったのかもしれない。
涙を拭って、わたしはふらふらと立ち上がる。
道もなにもわからないけど、適当に森の奥へと進んでいけば、自然と魔物に出会うことだろう。
この「暗闇の森」に棲まう魔物を相手にできるのは「騎士の中の騎士」と呼ばれるほどに腕を磨いた勇士だけだと噂は聞いている。
そんな魔物に、武術の心得も、魔術の心得もなにもないわたしが挑んだところで、結果は火を見るよりも明らかだろう。
だけど、それでいい。それくらい強い魔物に出会えるのなら、わたしはきっとそれほど苦しまずに死ねるのだろうから。
そう、死んでしまえば、きっと今よりはマシになるはずだから。
生まれたそのときから蔑まれて、愛されることなく捨てられて、生きる支えになっていた誇りも踏み躙られたこんな人生なら──生きる意味なんて、どこにもない。
ふらふらと、幽鬼のような足取りで森の中を歩いていると、走馬灯のように今までの人生がわたしの脳裏を駆け巡る。
なんにも、いいことなんてなかった。
ご飯は最低限しかもらえなかった。お勉強も、教えてもらえないから自分でなんとかするしかなかった。お誕生日になっても祝ってもらえなくて、マリアンヌの綺麗なドレスと宝石飾りをいつも羨んでいた。
ああ、神様。どうしてわたしは、生まれてしまったのでしょう。
生まれなければ、こんなに苦しまなかった。
生まれてこなければ、こんなに悲しくなることもなかった。
なのに、どうしてわざわざわたしはこの世に生まれてしまったのだろう。
声に出さず投げかけた問いに答えたのは、闇から溶け出してきたように低く悍ましい声だった。
『こんなところを一人で歩いているとは……不用心ですねぇ、人間のお嬢さん』
「……ヴァン、パイア……!」
『いかにも……私はノスフェラトゥが「黒」の氏族。痩せ細っているのは少々残念ですが、生きた乙女とこうして巡り会えたのは望外の幸運』
闇から溶け出してきたその魔物は、吸血鬼の中でも一際強力な力を持つといわれる「黒」の氏族……「ヴァンパイアシュヴァルツ」と呼ばれるものだった。
光が差さない闇の中に棲まい、人の生き血を啜る凶悪な魔物。
きっとわたしは、この魔物に血を吸い尽くされて死ぬのだろう。見窄らしく、枯れ木のようになって死ぬのだろう。
別に、それ自体は構わなかった。
だってもう、生きている意味なんていうものは、わたしにはなんにもないのだから。
だけど、願ってしまう。祈ってしまう。
最後まで誰かに絞り尽くされて死ぬのであれば、せめて──たった一度でいいから、愛というものを知ってみたかったと。
本当は愛されたかったと、愛してほしかったと。
ヴァンパイアシュヴァルツが牙を剥く中で、涙をこぼしながら頭巾を握りしめて震えていた、そのときだった。
「邪悪なる闇を討ち払え! 天剣『クラウ・ソラス』!」
『そ、その剣は──ぐあああああっ!』
「この俺が──スターク・フォン・ピースレイヤーがいる限り、貴様ら魔の者にウェスタリアの大地を踏ませはしない……!」
豪奢でいながらも優しく、太陽のような光を放つ剣閃が、魔物を真っ二つに両断した。
天剣を振るった騎士様は、ヴァンパイアシュヴァルツが塵として闇に還っていくのを見届けると同時に、その美しい剣を、「クラウ・ソラス」を鞘にしまって、わたしのところに近づいてくる。
スターク・フォン・ピースレイヤー。それは、わたしが今日お嫁にいくはずだった辺境伯様のお名前だった。
恭しく頭を下げた使用人と護衛の衛兵から、罪人のように突き出されたわたしは地面にへたり込む。
辺境領、ピースレイヤー領。
東は隣国イーステン王国との国境線、そして北は人跡未踏の地にして魔物の巣窟ともいわれている「暗闇の森」と接した過酷な地だ。
そして今、わたしが放り出されたのは辺境伯様の邸宅前ではなく、「暗闇の森」に連なる辺境の最前線だった。
「……まさか……」
気づいてしまう。お父様とお母様はわたしを事故に見せかけて亡き者にするつもりだったのだろう、と。
そして、辺境伯様には適当な言い訳をして、事前にヴィーンゴールド家に納められていた結納金だけを受け取る算段なのだろうと。
なんて。なんて、小さなことを。
怒りと悲しみに唇を噛んで、握りしめた拳を小さく振るわせる。
わたしを愛してくれなくてもいい。憎んでくれてもいい。なのに、どうして。
どうしてお父様も、お母様も、マリアンヌも。貴族としての誇りを捨てるような、恥ずかしい真似ができるのだろう。
わたしがいらない子なのはわかっていた。
愛情なんて欠片も注がれていないことに気づくのに、そう時間はかからなかった。
それでも。それでも、ヴィーンゴールドの家には、誇り高き「聖女」の家であってほしかったのだ。
わたしが忌み子であっても、それは唯一誇れることだったから。
高貴なる血を引く者の家として常に優雅で、美しく、高潔であったのなら、例え呪われた忌み子であったとしても、この家に生まれてきたことにだけは、誇れたから。
なのに、そんな誇りすら、わたしにとっての細やかな希望すら、無惨に踏み躙られて。
「……ぁ……ああ……ああああっ……」
慟哭する。もう、死んでしまいたかった。
わたしには、なんにもない。
生まれた意味も、この血にも、生きていることにも。
だけどこの場所に、「暗闇の森」に捨てられたことだけは幸運だったのかもしれない。
涙を拭って、わたしはふらふらと立ち上がる。
道もなにもわからないけど、適当に森の奥へと進んでいけば、自然と魔物に出会うことだろう。
この「暗闇の森」に棲まう魔物を相手にできるのは「騎士の中の騎士」と呼ばれるほどに腕を磨いた勇士だけだと噂は聞いている。
そんな魔物に、武術の心得も、魔術の心得もなにもないわたしが挑んだところで、結果は火を見るよりも明らかだろう。
だけど、それでいい。それくらい強い魔物に出会えるのなら、わたしはきっとそれほど苦しまずに死ねるのだろうから。
そう、死んでしまえば、きっと今よりはマシになるはずだから。
生まれたそのときから蔑まれて、愛されることなく捨てられて、生きる支えになっていた誇りも踏み躙られたこんな人生なら──生きる意味なんて、どこにもない。
ふらふらと、幽鬼のような足取りで森の中を歩いていると、走馬灯のように今までの人生がわたしの脳裏を駆け巡る。
なんにも、いいことなんてなかった。
ご飯は最低限しかもらえなかった。お勉強も、教えてもらえないから自分でなんとかするしかなかった。お誕生日になっても祝ってもらえなくて、マリアンヌの綺麗なドレスと宝石飾りをいつも羨んでいた。
ああ、神様。どうしてわたしは、生まれてしまったのでしょう。
生まれなければ、こんなに苦しまなかった。
生まれてこなければ、こんなに悲しくなることもなかった。
なのに、どうしてわざわざわたしはこの世に生まれてしまったのだろう。
声に出さず投げかけた問いに答えたのは、闇から溶け出してきたように低く悍ましい声だった。
『こんなところを一人で歩いているとは……不用心ですねぇ、人間のお嬢さん』
「……ヴァン、パイア……!」
『いかにも……私はノスフェラトゥが「黒」の氏族。痩せ細っているのは少々残念ですが、生きた乙女とこうして巡り会えたのは望外の幸運』
闇から溶け出してきたその魔物は、吸血鬼の中でも一際強力な力を持つといわれる「黒」の氏族……「ヴァンパイアシュヴァルツ」と呼ばれるものだった。
光が差さない闇の中に棲まい、人の生き血を啜る凶悪な魔物。
きっとわたしは、この魔物に血を吸い尽くされて死ぬのだろう。見窄らしく、枯れ木のようになって死ぬのだろう。
別に、それ自体は構わなかった。
だってもう、生きている意味なんていうものは、わたしにはなんにもないのだから。
だけど、願ってしまう。祈ってしまう。
最後まで誰かに絞り尽くされて死ぬのであれば、せめて──たった一度でいいから、愛というものを知ってみたかったと。
本当は愛されたかったと、愛してほしかったと。
ヴァンパイアシュヴァルツが牙を剥く中で、涙をこぼしながら頭巾を握りしめて震えていた、そのときだった。
「邪悪なる闇を討ち払え! 天剣『クラウ・ソラス』!」
『そ、その剣は──ぐあああああっ!』
「この俺が──スターク・フォン・ピースレイヤーがいる限り、貴様ら魔の者にウェスタリアの大地を踏ませはしない……!」
豪奢でいながらも優しく、太陽のような光を放つ剣閃が、魔物を真っ二つに両断した。
天剣を振るった騎士様は、ヴァンパイアシュヴァルツが塵として闇に還っていくのを見届けると同時に、その美しい剣を、「クラウ・ソラス」を鞘にしまって、わたしのところに近づいてくる。
スターク・フォン・ピースレイヤー。それは、わたしが今日お嫁にいくはずだった辺境伯様のお名前だった。
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