愛を知らない「頭巾被り」の令嬢は最強の騎士、「氷の辺境伯」に溺愛される

守次 奏

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第三話「忌み子のわたし」

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「もう大丈夫だ。怖くはなかったか?」
「……は、はい……」
「そうか……しかし、ここは君のように年若い娘が来るべき場所ではない。もしも……命を投げ出そうとしていたのなら、踏みとどまるべきだ」

 辺境伯様は、噂とは全く違う柔らかであたたかな声音で、わたしにそう諭す。
 その言葉はきっと正しい。でも、わたしは。
 わたしには、生きている意味なんてなくて。

「……わたし、は」
「……君の目には、深い悲しみが見える」
「えっ……?」

 辺境伯様は腕を組むと、瞑目して静かに頷いた。

「なにがあったのかを聞くつもりはない……だが、君とて『暗闇の森』の噂を知らないはずはないだろう。年若い乙女がこんなところに一人でくる理由は察しがつく。さぞかし、つらい思いをしたのだろう」

 だが、もう大丈夫だ。
 辺境伯様は俯くわたしをまっすぐに見据えて、力強くそう言い放つ。

「……ありがとうございます。ですが辺境伯様……わたしにそれは、もったいないお言葉です……」

 本当に、その言葉をもらえただけで、わたしは幸せ者なのだと思う。
 でも、辺境伯様だって、わたしが何者なのかを知ればきっと、失望することだろう。
 頭巾を脱いで、忌み子の証である赤銅色の髪を露わにする。辺境伯様はきっと、ううん。間違いなく賢いお方なのだから、わたしがなにを言わんとしているのかは、それだけでわかってくれるはずだ。

「……わたしは、忌み子です。醜い赤い髪を持つ、いらない子です。だから、捨てられました。ですが、捨てられて当然なのです」

 こんなわたしに関わっていたら、辺境伯様だって不幸になってしまう。
 だから、わたしが婚姻を結んだ相手だと知る前に、ただの自殺志願者として見逃してくれることを祈って、忌み子の証を見せつける。
 ずっとわたしの人生に影を落とし続けてきた、赤銅の髪を。

「……このような醜い姿をお目に晒してしまったこと、申し訳ございません……」

 斬り捨てられるだろうか。
 それとも、見なかったことにしてこの場に置き去りにされるだろうか。
 どっちだって構わなかった。だって、わたしは、もう。

「……綺麗だ、美しい」
「えっ……?」

 だけど、辺境伯様の口から飛び出してきた言葉は、そのどっちでもなかった。
 呆気に取られたような表情で、琥珀色をした切れ長の目を見開いて、辺境伯様はただ、わたしの瞳を覗き込む。
 そこに、どんな意図があるのかはわからない。だけど、まるで妹がお誕生日のプレゼントにもらった宝石飾りを見つめるわたしみたいだと、失礼だけどそう思った。

「すまない、不躾なことを言ってしまった。ところで、君の名前を聞かせてはくれないか? ここにこれ以上留まるのは危険だ、明日にでも親元に送り届けよう」

 どうやら、わたしはまだ迷子だと勘違いされているらしい。
 こうなると、困ってしまう。だって、その答えは、わたしを保護してくれるなんて答えは、考えてもいなかったことなのだから。
 嘘の名前を名乗り出て、ただの町娘として生きていこうかと、一瞬、そんな考えが頭をよぎる。

 だけど、辺境伯様は聡明なお方であるはずだ。嘘をつけば、きっとすぐに見抜かれてしまうだろう。
 そして、なんの身分もないわたしは虚言の罪で断頭台に立たされるに違いない。
 どうせ、生きていたっていいことなんてなに一つない人生だ。罪人の烙印を押されて死んでしまうのも悪くはないかもしれなかった。

 ──だけど。

「……り……」
「り?」
「……リリアーヌ……わたしは、リリアーヌ……リリアーヌ・エル・ヴィーンゴールドと申します……」

 わたしの唇は、人生で数えるほどしか名乗ったことがない本当の名前を呟いていた。
 辺境伯様に嘘が露見してしまうのが怖いわけじゃない。その結果として断頭台に上るのが怖いわけじゃない。
 でも、どうしてか、辺境伯様の優しく、澄んだ琥珀の瞳を見つめていると、なんだか申し訳ない気がして、本当のことをつい口走ってしまったのだ。

「リリアーヌ……では、君が……!」
「はい……不束ながら、ピースレイヤー家に嫁がせていただいた者です……」
「……詳しい事情は屋敷で聞こう。立てるか?」

 大まかな事情を察したらしい辺境伯様は、地面にへたり込んだままだったわたしに手を差し伸べる。
 死ぬのなんて怖くなかったはずなのに、命なんていらなかったはずなのに、どういうわけかわたしの足は竦んで、立つことができない。
 動け、と、力を込めてもぷるぷると、生まれたての子鹿のように震えるばかりだ。

「……も、申し訳ございません! そ、その……っ!」
「いや、無理もあるまい。少しだけ、体に触れる無礼を許してくれ、リリアーヌ嬢」

 辺境伯様は小さく一礼すると、わたしを抱きかかえて、辿ってきたのであろう道を引き返していく。
 いわゆる、お姫様抱っこだった。
 小さい頃、書庫に忍び込んで密かに読んでいた童話に書かれていた、そんな抱かれ方。わたしは、夢でも見ているのだろうか。

 気づかれないように手の甲をつねると、鈍い痛みが皮膚を伝って体に走る。
 信じられないけど、これは夢でもなんでもない。
 辺境伯様は共に来たのであろう白馬に跨がると、わたしを抱きかかえているとは思えないほどに華麗な手綱捌きで走らせていく。

 本当はわたしが向かうべきだった場所へ、その邸宅である、「暗闇の森」から程近い場所に建てられた城塞へと。
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