愛を知らない「頭巾被り」の令嬢は最強の騎士、「氷の辺境伯」に溺愛される

守次 奏

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第七話「名前を呼んではくれないか」

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「構わない。ただ、一つだけ俺から君に提案がある」

 穏やかな顔をしていたのが打って変わって、辺境伯様は険しく細い眉根にシワを寄せる。
 なにか、粗相をしてしまったのだろうか。
 もしかして、ベッドを使わずに床で寝ろと、屋根裏に藁でも敷いて寝ていろと、お父様と同じことを言われるのだろうかと身構えてしまう。

「も、申し訳ありません……わたしは、なにか粗相を……?」
「いや……ただ、君は俺の妻なのだろう、リリアーヌ嬢?」
「……は、はい……そのようになっていると、聞き及んでいます」
「ならば……辺境伯様、などと他人行儀な呼び方はよしてほしい。俺は、君の伴侶なのだから」

 そっと震えるわたしの肩に手を置いて、辺境伯様は小さく笑う。
 ならば、どう呼べばいいのだろう。
 家を追われたに等しいわたしなんかが、本当にその名を呼んでいいのだろうか。

 震えるわたしの頬に、そっと辺境伯様の手が触れる。
 叩かれるのかと思った。思わず目を瞑ってしまう。
 辺境伯様がそんなことをするようなお方じゃないのはわかっていても、誰かがわたしの頬に触れるときは、いつだってそうだったから。

 ──でも。

「……やはり、君は美しい。アインハルトとエスティにせっつかれての婚姻だったが……そのような理由で君を妻に娶ったことを、心の底から詫びたいほどだ。リリアーヌ嬢」
「辺境伯、様……」
「すまなかった。だからこれは……そうだな。願い出という形になる。どうか、これからは俺の名を呼んでくれないか」

 こぼれ落ちた涙をそっと、ごつごつと骨張った力強い指先が拭い去る。
 いいのだろうか。わたしが、忌み子のわたしなんかが。
 その名を呼ぶことを、許されても。

「……承知いたしました。す、す……」
「……」
「……スターク、様……」

 しどろもどろになりながらも、ようやくわたしの舌先が、辺境伯様の──スターク・フォン・ピースレイヤー様のその名を紡ぎ出す。
 スターク様はふむ、と満足したように小さく頷いて、わたしの部屋のドアを開ける。
 どうだったのだろう。変な声音だったりしなかったかな。心配になるわたしに、スターク様は。

「……感謝する、リリアーヌ嬢」
「スターク、様」
「いや……俺も君をこう呼ぶべきか。リリアーヌ」
「……は、はぅ!?」

 つい、変な声が出てしまった。
 リリアーヌ。そう親しみを込めてわたしの名を呼ばれたのは、初めてだったから。
 お父様はいつだって、わたしの名前を呼ぶときは苛立っていた。お母様は、いつだってわたしの名前を呼ぶときは蔑んでいた。

 だけど、スターク様がわたしの名前を呼んでくれたときは、まるで春風が頬を撫でたかのようにそわそわして、でも、心地よくて。

「おやすみ、リリアーヌ。よい夢を」
「……ぁ、ありがとうございます。スターク、様……」

 なんでだろう。
 自分でもよくわからないけど、顔が真っ赤で、頬っぺたがかあっと熱を帯びていて。
 そしてとくん、とくんと跳ねる心臓がうるさくて、眠れそうもなかった。藁で作ったのとは大違いなふかふかのベッドに寝転んだ感動も、薄れてしまうほどに。

 わたしは、リリアーヌと……スターク様に優しく名前を呼んでいただいたことで胸に灯ったあたたかな火を抱きしめながら、しばらくごろごろとベッドでのたうち回っていた。
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