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第八話「わたしの目線でできること」
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それでもふかふかのお布団とベッドの誘惑には抗い切れず、いつの間にか眠りの淵に落ちていたわたしが目覚めたのは、日が昇る前のことだった。
ヴィーンゴールドの家にいた頃は、使用人たちよりも早く目覚めて、厨房に立ったり屋敷の周りをお掃除したり、お洗濯をしたりしていたっけ。
だから、ピースレイヤー家でも同じことをしようと、そう思って寝巻きのまま、頭巾を被って厨房に向かおうとしたときだった。
「おはようございます。どこに行かれるおつもりですか、リリアーヌ様?」
「え、エスティさん……いつの間に……?」
「ふふっ、メイド長たる者、誰よりも早く起き、誰よりも遅く眠るのが使命ですから。それで……お着替えもされないまま、どこに行かれるおつもりだったのですか?」
いつの間にか部屋の前に立っていたエスティさんが、いたずらっぽい笑みを浮かべながら問いかけてくる。
責めているというわけではないんだろうけど、なんだか悪いことをしていたみたいでずきり、と心が痛む。着替えのことについては完全に忘れちゃってたし。
ヴィーンゴールドの家では下着くらいしか着替えるものがなかったし、それだって一通りの家事が終わってからだったから、完全にその頃の癖が体に染み付いていたのだ。
「……ちゅ、厨房に。その、家事をしなければと思いまして」
だから、私は観念したようにエスティさんへと行こうとしていた場所を打ち明けていた。
「厨房? 差し出がましいかもしれませんが、リリアーヌ様がなぜそのようなところに……?」
「……ヴィーンゴールドの家では、わたしが家事をしなければならなかったので」
「失礼ながらリリアーヌ様、それは我々のような使用人の領分では?」
エスティさんは、小首を傾げて問いかけてくる。
結論からいってしまえば、使用人たちも家事をやらなかったわけじゃない。
ただ、彼女たちが担当していたのは、いってしまえばもっと「位が高い」ことで、芋の皮剥きだとか使用人たちの着替えを洗ったりだとか、庭の雑草抜きをしたりだとか、そういうことをわたしが担当していたのだ。
そう口に出したわたしを見たエスティさんの表情は、まるで信じられないものを見たかのような驚愕に染まっていた。
さすがに、わたしを疑うような視線こそ向けてこなかったけど、それでも「こんなことが許されるのか」とでも問うかのように天を仰いで、眉間に深いシワを刻んでいる。
どうやら使用人の立場からしても、ヴィーンゴールドの家でわたしの置かれた境遇は異常なものに映るらしい。
「お事情は把握いたしました。それはさぞかしおつらかったことでしょう……ですが、恐れながら申し上げます。リリアーヌ様、芋の皮剥きは包丁を使う作業です」
「は、はい……それは、わかっています」
エスティさんは諭すようにそう言ったけど、いまいち事情が飲み込めない。
むしろどうやって包丁を使わずに芋の皮を剥けるのかが知りたかった。魔術の道は奥が深いというし、そういう魔術もあるのだろうか。
などとぼんやりした考えを頭に描いているうちに、エスティさんは恭しく一礼して言葉を続ける。
「リリアーヌ様のご厚意とご献身の高潔なお心遣いには感謝いたします、ですが……万が一リリアーヌ様に怪我をされては、私たち使用人一同の立つ瀬がないのです」
「あっ……で、では、庭の雑草を抜くのはどうでしょう? それがダメなら、お洗濯を……」
「いけません、リリアーヌ様。水仕事をしたり草に触れるなど、リリアーヌ様の綺麗な手が汚れてしまいます! それに、辺境伯様からお預かりしたお召し物を汚すようなことがあっては、やはり我々の立つ瀬がございません」
腰を折って頭を下げたまま、エスティさんはやめてほしい、とわたしの申し出を却下する。
確かに、言われてみれば事情は飲み込めるし、万一のことがあったら使用人たちの立場がないというのも理解できるけど、このままなにもしないでいるのも、わたしを娶ってくださったスターク様に申し訳がない。
なにか、お役に立てることはないのだろうか。
ヴィーンゴールドの家にいた頃は、使用人たちよりも早く目覚めて、厨房に立ったり屋敷の周りをお掃除したり、お洗濯をしたりしていたっけ。
だから、ピースレイヤー家でも同じことをしようと、そう思って寝巻きのまま、頭巾を被って厨房に向かおうとしたときだった。
「おはようございます。どこに行かれるおつもりですか、リリアーヌ様?」
「え、エスティさん……いつの間に……?」
「ふふっ、メイド長たる者、誰よりも早く起き、誰よりも遅く眠るのが使命ですから。それで……お着替えもされないまま、どこに行かれるおつもりだったのですか?」
いつの間にか部屋の前に立っていたエスティさんが、いたずらっぽい笑みを浮かべながら問いかけてくる。
責めているというわけではないんだろうけど、なんだか悪いことをしていたみたいでずきり、と心が痛む。着替えのことについては完全に忘れちゃってたし。
ヴィーンゴールドの家では下着くらいしか着替えるものがなかったし、それだって一通りの家事が終わってからだったから、完全にその頃の癖が体に染み付いていたのだ。
「……ちゅ、厨房に。その、家事をしなければと思いまして」
だから、私は観念したようにエスティさんへと行こうとしていた場所を打ち明けていた。
「厨房? 差し出がましいかもしれませんが、リリアーヌ様がなぜそのようなところに……?」
「……ヴィーンゴールドの家では、わたしが家事をしなければならなかったので」
「失礼ながらリリアーヌ様、それは我々のような使用人の領分では?」
エスティさんは、小首を傾げて問いかけてくる。
結論からいってしまえば、使用人たちも家事をやらなかったわけじゃない。
ただ、彼女たちが担当していたのは、いってしまえばもっと「位が高い」ことで、芋の皮剥きだとか使用人たちの着替えを洗ったりだとか、庭の雑草抜きをしたりだとか、そういうことをわたしが担当していたのだ。
そう口に出したわたしを見たエスティさんの表情は、まるで信じられないものを見たかのような驚愕に染まっていた。
さすがに、わたしを疑うような視線こそ向けてこなかったけど、それでも「こんなことが許されるのか」とでも問うかのように天を仰いで、眉間に深いシワを刻んでいる。
どうやら使用人の立場からしても、ヴィーンゴールドの家でわたしの置かれた境遇は異常なものに映るらしい。
「お事情は把握いたしました。それはさぞかしおつらかったことでしょう……ですが、恐れながら申し上げます。リリアーヌ様、芋の皮剥きは包丁を使う作業です」
「は、はい……それは、わかっています」
エスティさんは諭すようにそう言ったけど、いまいち事情が飲み込めない。
むしろどうやって包丁を使わずに芋の皮を剥けるのかが知りたかった。魔術の道は奥が深いというし、そういう魔術もあるのだろうか。
などとぼんやりした考えを頭に描いているうちに、エスティさんは恭しく一礼して言葉を続ける。
「リリアーヌ様のご厚意とご献身の高潔なお心遣いには感謝いたします、ですが……万が一リリアーヌ様に怪我をされては、私たち使用人一同の立つ瀬がないのです」
「あっ……で、では、庭の雑草を抜くのはどうでしょう? それがダメなら、お洗濯を……」
「いけません、リリアーヌ様。水仕事をしたり草に触れるなど、リリアーヌ様の綺麗な手が汚れてしまいます! それに、辺境伯様からお預かりしたお召し物を汚すようなことがあっては、やはり我々の立つ瀬がございません」
腰を折って頭を下げたまま、エスティさんはやめてほしい、とわたしの申し出を却下する。
確かに、言われてみれば事情は飲み込めるし、万一のことがあったら使用人たちの立場がないというのも理解できるけど、このままなにもしないでいるのも、わたしを娶ってくださったスターク様に申し訳がない。
なにか、お役に立てることはないのだろうか。
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