愛を知らない「頭巾被り」の令嬢は最強の騎士、「氷の辺境伯」に溺愛される

守次 奏

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第十九話「夜明けの向こうへ」

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『フハハハハ……無駄だ、人間ども……! 勇者亡き今、いかに聖女がいようとも、我を止めることはできぬ……自らもがき苦しむな……死は安息ぞ、フハハハハ……!』

 王都に飛んだわたしたちが感じたのは、身の毛もよだつような悍ましい瘴気の波動だった。
 これが、邪竜王。
 ただ遠くから、ウェスタリア城を押し潰そうとしているその威容を見ているだけでも、気がおかしくなってしまいそうだ。

 だけど、邪竜王はきっと一撃で地に臥せることになるだろう。
 ぎゅっ、と胸の前で拳を握りしめて、「魂の護り石」へとありったけの加護を、わたしが持てる全ての魔力を注ぎ込んでいく。
 どうか。願うように、乞うように、心の中で神様へとそう問いかける。

 わたしの人生は、奪われてばかりのものでした。幸せを、嬉しさを、人並みの生活を。そして今、愛する人と愛する国をも失いかけております。
 ですから、どうか見ていらっしゃるのなら、この体に流れる血へと祝福をお与えくださいませんか。
 わたしもまた、聖女の血を引く者なのだと、かの邪竜王を倒すための血が、この体には巡っていると、証明させてはいただけませんか。

 そう願った言葉は果たして天に届いたのか、「魂の護り石」が、一際大きく、曇天に覆われた空を貫くように赫々とした光を放つ。
 まるで、広がる鉛の空へと別れの言葉を突きつけるかのように。
 そして、スターク様が手にしている、白銀に輝く「クラウ・ソラス」の刃が、夜明けの色に、闇を切り裂く日緋色に染まっていく。

「この光は……リリアーヌ、君が……?」
「はい、スターク様……これが、わたしの加護と、祝福です。全てを、わたしが今捧げられる全てを、お誕生日にいただいた『魂魄石』を錬成したその護り石に込めさせていただきました」

 それこそが、わたしに返せる恩義だと信じて。
 そう信じて、あの日、錬金術に役立ててほしいという言葉と共に受け取った、生まれて初めての誕生日プレゼントを錬金術で、スターク様をお護りするエンチャント・アクセサリーに生まれ変わらせたのだ。

「そうか……ありがとう、リリアーヌ。今の俺は、いや……俺たちは、誰にも、何者にも負ける気がしない!」
「はい……っ! 参りましょう、スターク様!」

 作戦を完成させるための要素はあと一つ。
 日緋色に煌めく「クラウ・ソラス」が輝いていながらも呑気に構えているあの邪竜の王が、最後までわたしたちという存在を侮ってくれること。
 その驕りこそ、傲慢こそ、引導を渡す最後の条件。

 わたしは「刻の水門」へと手をかけて、邪竜王イーヴェルの逆鱗が存在する場所を──今も尚、抜けることなく、棘のように突き刺さったかつての聖剣が食い込んでいる一点を見つめる。

『む……? なんだ、この鬱陶しい光は……?』
「今だ、リリアーヌ!」
「はい!」

 イーヴェルがその魔眼をこっちに向けようとしたその瞬間、ウェスタリア城への攻撃が緩んだ一瞬を狙って、わたしは「刻の水門」をひっくり返した。
 跳ぶべき場所は、飛ぶべき場所はただ一つ。

 ──あの邪竜の逆鱗だ!

『なんだ、貴様らは何者だ、なぜここに……まさか──』
「邪竜に名乗る名はない! 討ち払え……天晴剣、『クラウ・ソラス・ヘリオース』!」

 スターク様が咆哮すると同時に全力で振り抜かれた日緋色の光を纏った剣閃が、杭を打つ要領で邪竜王の逆鱗に突き刺さった、二百年前の勇者様が抗った証である聖剣を体内へと押し込んでいく。
 数多の時を経ても朽ちることのないオリハルコンが共鳴し、イーヴェルの逆鱗へと、夜明けを纏う二振りの聖剣が突き立てられる。
 そして、王都ウェスタリアを覆う曇天を真っ二つに、そして邪竜王の首を胴体から断ち切り分かち、「クラウ・ソラス・ヘリオース」が放つ光の刃が完全に振り抜かれた。

『ば、馬鹿な……この余が! 悠久を生きる常闇の竜王たるこのイーヴェルが、このような小さき者どもにぃぃぃ……ッ……!』
「その小さき者を……人間を一度ならず二度も侮った、それが貴様の敗因だ、邪竜王イーヴェル!」
『お、おおおおおっ……! 我が体が朽ちてゆく……だが、逃すものか……人間の騎士よ、我が死と引き換えに、貴様には尽きぬ呪いを……』
「させませんっ!」
『オオオオオオオッ!!!!!』

 再び「刻の水門」をひっくり返して、わたしたちは崩れ落ち、灰に還っていく邪竜の王を一顧だにすることなく、瘴気が及ぶことのない場所へと一瞬で跳ぶ。

「これで終わりか……」
「はい……終わりです、きっと……」
「本当に……君の錬金術は、人を幸せにするためのものだな。俺の不幸のみならず、この国をも救ったのだから」

 わたしを抱きかかえて、石畳に降り立ったスターク様がふっ、と小さく笑う。
 それに応えるように、わたしもまた、微笑みを返す。
 ああ、本当に。本当に、乗り越えられたんだ、わたしたちは。

 本能的に身を寄せ合って、ウェスタリア城をも握り潰そうとしていたその巨体が朽ちゆく姿を見届けるわたしたちを、さながら祝福するかのように、斬り裂かれた曇天の隙間からは、天使の梯子がそっと差し込んでいた。
 抱き合ったぬくもりと、生きている喜びを噛み締めながら、わたしは嬉し涙をこぼしてしまわないように、そっとスターク様の胸に顔を埋める。
 そして、なにも言わずにスターク様は、わたしの髪を。「日緋色」と、「夜明けの色」と褒めてくださった髪を、そっと撫でてくださったのだ。
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